地球のどこかで起きたかもしれないSF(すこしふしぎな)×SS(ショートショート)集
聖なるニート
その男はなんとなく入学した三流大学を卒業したあと、この十数年もの間まったく働いていなかった。実家で暮らし、掃除も洗濯も料理も生活に必要なことはすべて母親が自動的にやってくれる悠々自適な生活を送っていた。
日がな一日やることといえば、寝るかゲームをするかだけ。何らかの目標や生きる意義などなく、ただ時間を消化していく毎日だった。
そんな、ある日。
「アルバイトでも何でもいいから、少しは働いたらどうだ」
ちっとも働く気配を見せず、毎日家でだらだらと過ごしている息子に、とうとう父親が痺れを切らした。
「家にいるからといって、家事を手伝うこともなく、毎日まいにちゲーム三昧。少しは周りの役に立つことをしたらどうだ」
いつもは黙ってご飯を出し、優しく話しかけてくれる母親も、父親の意見に賛同しているのか、この時ばかりは黙って顔を伏せるばかりだった。
男は、困り果てた。
学生時代にアルバイトをしたことはあるものの、上司からの理不尽な仕打ちや同僚から仲間外れにされた苦い経験から、働くことがすっかり嫌になっていたのである。
しかし、父親の指摘もまた図星。このまま老いていく両親の下で、衣食住に不自由しない生活を続けられる保証はない。
でも、働く気はまったくない。
「うーん」
困った男は考えた末、近所にある神社へ向かった。神頼みをしようというのである。どこまでも他力本願な人間だった。
「どうか、神様。働かなくても不自由しない生活をお願いします」
財布からなけなしの300円を取り出し、葛藤しながらも苦渋の表情で賽銭箱へと入れる。そして力強く柏手を打ち鳴らし、社へ深々と頭を下げた。
その途端、不思議なことが起こった。目の前の社からからまばゆい光が放たれ出したのである。そして扉が内側からぎぎぎっとぎこちない音を立てながらゆっくりと開いていき、扉が開かれていくにつれて内側から放たれる光が外へあふれ出していく。光はとうとう男の全身を覆うほどになり、あまりの眩しさに男はたまらず目を瞑った。
しばらくして、瞼に感じる明るさが徐々に収まっていき、もう大丈夫かと恐る恐る男が目を開けると、目の前にはまるで物語の中に出てくる仙人のような白くて長いひげを垂らした優しげな老人が、輝く光のなかで小さな雲の上に座ってふわふわと浮いていた。
「働かなくていいようにだと?神であるワシですら、日々人間を守り、願いを聞き届けることで忙しいというのに。それをお前は働きたくないと申すか」
神と名乗る老人は眉をひそめ、少しばかり怒気がにじみ出ながらも、本来の優しい気立てを感じられる穏やかな声音で男に尋ねた。
「はい、働きたくありません。僕には夢も目標もないし、大金が欲しいわけでもない。ただ、日々をなんとなしに平穏に過ごせればいいんです。強いて言えば、病気などの辛い目には合いたくない。それ以上は本当になにも望まないのです」
男の返答に、神様は少し考えてこう答えた。
「わかった。お前は根っからのぐうたら者だと見える。では、お前にワシからご神気を授けてやろう。これをどう使うかはお前次第だ」
神が男の方へまっすぐと右腕を伸ばすと、開かれた手のひらからパーっと輝く光が男へまっすぐと飛んでいき、全身を包み込む。光を直に浴びた男は眩しさに顔をしかめ、再び目を瞑った。
やや時間がたったあと、眩しさを感じなくなった男が恐る恐る目を開けると、そこには元通りの神社の風景が広がっていた。目の前には固く扉が閉ざされた社があり、開かれたような形跡はない。境内の中もしんと静まり返っている。一応、自分の体を見回してみるが、なにか変化が起きているようにも感じられなかった。
「騙されたかな?」
そう呟くと、男は賽銭箱に入れた300円を恨めし気に思いながら、重い足取りで家へと帰った。
家に帰ると、リビングには母親とその友人と思しき女性がお茶会を開いていた。二人はなにやら深刻そうな顔をして話し合っており、友人の女性は顔を伏せてすすり泣いている。
リビングの先の台所には、母親が毎日用意してくれるおやつが置いてあるというのに、これでは取りに行けない。男は二人の前に置かれた食べかけのケーキを羨ましく思いながらも、諦めて上階の自分の部屋に戻ろうとしたとき、先ほどは気づかなかったが女性の後ろにもうひとり知らない人間が立っているのに目がとまった。
よく見ると、それは人間などではなかった。まるで黒いもやが集まって人の姿をとっているような不気味で薄ぼんやりとした人型の影が、座っている女性の顔を横から覗き込み何やらぶつぶつと耳元に囁き続けている。その囁きは言葉になっていなかったが、憎悪を煮詰めたような暗い声音と不快な音の羅列からは女性へのすさまじい執念と愛着が感じられた。
「あら、けんちゃん。お帰り。悪いけど、お客様が来ているからおやつは自分で持っていってちょうだい」
廊下に立っている男に気づいた母親が、台所にある戸棚へと指をさす。どうやら友人の背後にいる不気味な影には気がついていないらしい。もう一人の女性も男に向かって、顔を伏せたまま軽く会釈をした。
「わかった」
よく気づいてくれた、ナイス母親!と心の中で思いながら、おやつにありつけるチャンスを逃すまいと、男が意気揚々と二人の座るダイニングテーブルの横を通り、台所へと向かおうとすると、ふと影の動く気配がした。ちらりと見ると、人影が女性から離れてテーブルから最も離れた対角線上の部屋の隅に移動している。先ほどまで女性への異常な執着を見せていたにも関わらず、今はまるで自分の存在を認識されたくないかのように、部屋の隅で静かに息を潜めていた。
それを見て、男はある考えが頭をよぎり影に近づいてみた。すると、影は男から離れようとするかのように壁へ身を寄せる。男がどんどん影に近づいていくと、それに比例して影も一心不乱に壁へと身をめり込ませていく。やはり、男から逃げようとしているようだった。
その様子を見て、男は試しに人影の肩のあたりへぽんと手を置いてみた。
「ぎゃああああああああああああああ!」
その瞬間。
まるで全身を火あぶりにされたかのような大絶叫を上げ、影がその場で激しく身をよじり始めた。男に触れられた左肩を抑え、右へ左へともがき転がっている。
それを見て、男はもう反対の肩にもぽんと手を置いてみた。
すると、
「やめてくれぇえええええ!許してくれ!」
さらなる絶叫を上げて、影がより激しく床をのたうち回る。苦しんでいる人影をよく見ると、男が手を置いた左右の肩から徐々に影が薄くなり消えていっている。その影響は波紋上に全身へ広がっていき、やがて「許さない」という捨て台詞ともに、とうとう全身が丸ごとその場から消え去った。
その途端、俯いていた女性がぱっと顔をあげ、
「あら?なにか悲しい気持ちが飛んでいちゃった」
と、きょとんとした顔をした。
先ほどまで纏っていた重苦しい雰囲気がウソのように、晴れやかで穏やかな顔をしている。
男の母親も友人の急な変化に驚きつつ、
「どうしたのかしら。でも、元気が戻ってきてよかったわ」
とほっとした様子で答えた。
男は自分の両手をしげしげと眺めた。仕事も家事もしておらず、日々ゲームをしているだけの何の苦労もしていないつるりとした滑らかな手。見た目はいつもと変わらず、なにか特別な力が宿っているようには見えないが、いま明らかに男が触れたことで不気味な影を撃退した。
「これは、いい力を授けてもらったかもしれない」
男はひとりほくそ笑むと、さっそく次の日から街の不動産屋を回り始めた。
自分のことを『神から力を授けてもらった生きる除霊装置』だと触れ込み、どんな事故物件も男が住むことで、その後二度と心霊現象に悩まされることはない、と不動産屋に売り込んだのである。
最初は変な新興宗教団体に目を付けられたとげんなりしていた不動産屋も、
「まずはタダで構わない。もし効果を実感できなければ、こちらが家賃の2倍の金額を払う」
との男の言葉に、試しに長年悩みの種となっていた一軒の事故物件に住まわせてみることにした。
そこは当時住んでいた親子3人が無理心中をしており、父親が妻と息子を刃物でめった刺しにして殺したあと首つり自殺をした曰く付きの物件だった。築浅で値段も破格だったことから、その後すぐに買い手が付いたものの、住人からは「寝ている間に首を絞められた」「夜中、刃物を持った知らない男に追いかけまわされた」と心霊現象の報告が相次ぎ、不動産屋に何件ものクレームが入った。それでも安さに釣られて次から次へと人が入るものの、すぐに退去してしまうため、近所でも有名な心霊物件となり、とうとう買い手がつかなくなってしまった。
元はとても居心地のいい家だったのだろう。日当たりも良く、大きな窓から差し込む朝日が室内全体を明るく照らし、むしろ眩しいほどだ。リフォームが施され、綺麗に清掃された部屋からは、凄惨な事件の気配を一切感じられない。しかし、家を取り囲む冷えた重苦しい空気が本能的に「ここは危険だ」と脳に知らせてきていた。
「じゃあ、明日の朝に様子を見に来ますので」
そう言うと、不動産業者は家の中へ入ることなく、そそくさと帰っていた。今までも誰一人として一日もった者はおらず、半分諦めの境地だったからだ。
――次の日の朝。
不動産屋は、家を訪れて驚愕した。
食べかけのポテチの袋にカップラーメンの容器の山、大量のエナジードリンクの空き缶にパソコンから大音量で流れる萌えアニメの映像―――
事故物件は一夜にして、見事ニートの巣窟と化していた。
そしてゴミ山の真ん中に、寝袋から厚い脂肪をまとった巨体をはみ出させ、大きないびきをかいて呑気に寝ている男がいる。
「ちょっと、朝ですよ!起きてください!」
驚いた不動産屋が急いで声をかけると、
「ああ~」
と巨体を重そうにゆらしながら、男が怠そうに起き上がった。その様子は、まるでゴミの王様のようだ。
そして不動産屋を見るなり、
「あ、除霊しておきましたよ。これでどうですか?」
と、あくびをしながら何てことないように軽く話す。
「え?」
虚を突かれた不動屋は、ややしてこの男にこの物件の除霊を頼んだことを思い出した。
部屋はラーメンと男の汗が入り混じったひどい匂いが漂っているが、たしかに今まで家中を取り巻いていた重苦しくて冷たい空気が一掃されているような気がする。大きな窓から入る朝日も温かいと感じられていた。
しかし、自分には霊感がない。本当にいなくなったか確認ができないと不動産屋が不安がっていると、
「だって、あなた家の中に入っていますよ?」
男にそう言われて不動産屋は気づいた。たしかに、あれだけ入りたくないと本能で感じ取り、一歩も入らなかった家の中へあっさり入っていたのだった。
不動産業界でも悩みの種として有名だったその物件を使えるようにしたことで、男の噂はあっという間に業界全体に出回った。
「うちに住んでください!」
「うちにも!」
全国から曰くつきの土地や物件を抱える金持ちからの依頼が止まらなくなり、いつしか男は月に会社の部長クラスの金額を楽に稼げるようになっていった。
その噂はネット上でも話題になり、やがてテレビにも呼ばれ、著名な霊能力者とタッグを組んだ心霊系の冠番組をもった。そして、そこで共演した駆け出しのアイドルと結婚もた。
男の噂は噂を呼び、いつしか誰かが男を神様と呼び始めた。
それを聞き、自分のもつ多数の物件を除霊してもらった地主が男の偉業を称え、自分の土地に社を立てて男を祀った。
その神社は男の経歴から立身出世や心願成就にも効果があるパワースポットとして、連日多くの人が訪れる有名な場所なった。日々、訪れる人が賽銭箱へ自動的にお金を落とし、お守りなどのグッズを購入していく。
――ついに男は夢だった働かなくていい生活を手に入れたのである。
【おしまい】




