手料理
誰かに、それも好きな人に、初めて妹より優先してもらえた事が嬉しくて泣いてしまう影。優真にとっては当たり前の事をしただけで些細な事なのに、こんな風に泣いてしまう影を見て胸が痛くなる。
今まで一体どんな扱いを受けていたんだ⋯と無性に腹が立った。
「影⋯帰ろうか。早く抱き締めたい」
「うん⋯俺も同じ気持ち⋯」
お互いがお互いを抱き締めたいという気持ちに駆られている。此処が外じゃなかったら躊躇なく触れ合っていただろう。少し早歩きで買い物した食材を優真が持ちながら影の部屋へ向かう。鍵を開けて一旦荷物を置いてから玄関で靴を履いたまま、足りないものを補うかのように抱き合う。
「どうしよう俺⋯優真がいないとダメになっちゃった⋯さっきも凄く嬉しかった⋯」
「影はもっと俺を独占していいんだよ。恋人の特権だ」
「優真⋯」
先程の約束通り影から少し身長の高い優真に口付けをする。優真を独占してもいいと言われ、嬉しさで色んな感情が込み上げてくる。彼に大切にされてるのがこれでもかというくらいに伝わってきて涙も堪えきれない。泣いてばかりでごめん⋯強くならなきゃいけないのに優真といるとどうしても甘えてしまう。
舌を入れるキスは自分からはまだする勇気が出なくて小鳥のような小さなキスを繰り返す。
「ん⋯優真大好き⋯」
「俺も大好きだよ影」
「⋯昨日から思ってる事があるんだけど⋯」
「ん?何?」
「俺達昨日からキスし過ぎかなって⋯」
密かにずっと思ってた。両想いだと知って恋人になってキスを何度も何度もした。勿論喜ばしい事だし正直気持ちいい、でも普通の恋人もこんな風にキスを沢山するんだろうか。“普通”が分からない自分にとってどこまでが恋人として許される範囲なんだろうか。
「俺はもっとしたいけど」
「⋯いいの?こんなにキスして飽きない⋯?」
多分それが一番怖い事だと思う。光子の事もあって本当は穏やかでいられなかった。飽きられて捨てられるっていう恐ろしい未来を想像してしまうんだ。優真に大事にされればされるほど失った時の消失感は凄まじいものだと、考えただけで不安になる。
「影、そんなに心配する必要ないよ。前に言ってくれたよな?俺がお前の救世主だって。その言葉そのまま返すよ。影、俺にとってもお前は救世主だよ。俺の人生を変えてくれた」
これが藤堂優真、俺の好きな人。自分が優真の救世主だなんて、なんて勿体ない言葉なんだろう。俺には幸せ過ぎるよ。
その後「じゃ料理作るから座ってて」と言われて大人しくその通りにした。
「簡単なのしか作れないけど少し待っててくれ」
狭い台所で申し訳なくなるけど優真は張り切っていてどんな料理を作ってくれるのか楽しみになる。
15分くらい経った頃かな、優真がお待たせって俺の前に運んできたのは麻婆豆腐だった。
「わ⋯中華料理めっちゃ好き」
「だよな、お前が好きなの知ってた。簡単だけど気持ちはこもってるよ」
「ありがとう⋯食べていい?」
「どうぞ」
「いただきます」
流石幼なじみ、俺の好物も把握している。小さい頃、家には家政婦さんがいた。その人がよく作ってくれていたのが中華料理だった。優真にもそれを話した事はあるけどまさか覚えてくれていたとは。
一口ずつ味を噛み締めながら食べる麻婆豆腐はとても美味しくてお腹だけじゃなくて心まで満たされる。家政婦さんが作る事務的な料理じゃなくて、優真が俺の事を想って作ってくれた料理がこんなに美味しいものだって初めて実感した。
「ご馳走様でした。優真ありがとう」
「まだデザートがあるよ、チーズタルト」
「俺の好きなスイーツだ⋯どんだけ俺の事覚えてくれてるんだよ⋯」
優真の完璧な手料理によって胃袋まで掴まれた。身も心も優真でいっぱいで幸福感でこの部屋が包まれている。