甘い昼休み
一緒に登校する際は手を繋ぎたいのを我慢して少し距離を開けながら歩いた。男同士の自分達の交際を周囲が暖かく見てくれるはずがない。だから暗黙の了解でこの関係を隠す事を決めた。影は優真の為に、優真は影の為に、それぞれの相手を思いやる心があったからこそ皆の前では普通の友人として接する事も納得できた。
昼休み、いつものように優真は共に昼食を食べる為影を迎えに来た。今日は恋人になってから初めて一緒に弁当を食べる日。優真の手には二人分の弁当箱が。
「影、外でいい?」
「いいよ」
昨日と同じ場所、校庭のベンチに座り、優真は片方の弁当箱を影に差し出す。おずおずと申し訳なさそうにそれを受け取る影に、「大丈夫、母さん自分から作ってくれたんだよ」と安心してほしくて言葉を続ける。
「ほんと⋯?」
「俺の母さん知ってるだろ?影に食べさせてあげたいって言って作ってくれた」
「優しいな⋯優真のお母さん⋯」
「なんつーか⋯ほんとは俺が弁当も作りたかったんだけど難易度高かった」
「ふは、難易度ってなんだよ」
「これから修行する。影の為なら何だって出来るよ」
「⋯ありがとう⋯いただきます」
慎重に弁当箱を開けると中身が色とりどりの野菜やおかずで彩られていて、なんだかもうお腹いっぱいになりそうだ。誰かが自分の為に作ってくれるだけでも嬉しいのにこんなに豪華な弁当を用意してくれて感動して視界が滲み始めた。一度涙が零れるともうそれを止める事が困難になり、今まで我慢してきたものが涙となって流れ落ちる。
「影⋯影⋯大丈夫か⋯?」
「お、れ⋯本当はずっと手料理食べてみたかった⋯ずっとこういうの憧れてた⋯ありがとう⋯」
「⋯母さんに伝えとくよ。影、今まで辛かったよな⋯よく一人で頑張ったよ。影は偉いよ」
優しい声色で囁かれながらぽんぽんと頭を撫でられる。
もう高校生だ。子供扱いするなって普通は思うんだろうけど⋯優真が大好きな俺にとっては全てがご褒美みたいで甘やかされるのが心地よく感じる。
「なんか⋯優真といると甘えたくなる⋯」
甘えた事がないから甘えるってどうすればいいのか分からないけど、此処が学校じゃなかったら間違いなく抱きついていた。
「甘えていいよ。俺、お前の彼氏だから」
「改めて言われると恥ずかしい⋯」
「少しずつ慣れていこ。じゃ、弁当食べようか」
「うん⋯」
感情が落ち着いてきた頃に俺達は弁当を食べ始めた。どれもこれも美味しくて俺なんかには勿体ないくらい。唐揚げも卵焼きも金平も全てが新鮮でもっと食べたいなって初めて思った。いつも少食で必要最低限も食べてない食生活を送っていた自分には考えられない思考。
「どう?」
「優真のお母さんって凄いんだな⋯」
「昨日の俺と同じ事言ってる」
俺の返事を聞いて優真がクスクス笑っている。俺達思わぬ所で以心伝心していたのか。でも本当に凄いって思ったんだ。優真だけじゃなくて俺の為にも頑張ってくれて感謝してる。今度会えたらお礼言わなきゃ。
「同情⋯してくれたのかな⋯」
「家族同然だと思ってるからだよ、昨日料理も教えてもらったんだけど俺に影の力になってあげてほしいって言われたよ」
「ごめん⋯俺ひねくれてるから⋯よくない事言った」
「何年一緒にいると思ってるんだよ、そんな影も好きだよ」
俺なんかのどこが良くてそう言ってくれるのか分からない。ひねくれてるし、ネガティブで暗い性格の俺と正反対な優真。だから惹かれ合ったのかもしれないけど⋯。
ずっと欲しかった言葉を自然にくれる優真。愛情にも優しさにも縁がなかった俺を救ってくれた彼。どうやったらこの感謝と愛おしさを伝えられるだろうか。