59 触らぬ神に祟りなし
ヘルヴィンは顔を上げて覚悟を決めたように口を開いた。
「じゃあ『神のこと』について話すね」
エーデルは頷いた。
「まず、エーデルが会ったのは僕を含め四人の神だ。ドイルド、テルビア、ルミス、そして僕、ヘルヴィンだ。神は全部で十二人いる。そして十二人の神には名前がある。その名は『オリゴス』と呼ばれている」
「オリゴス……初めて聞いたよ」
「これは神か神と関わりのある者しか知らない名だ。そしてオリゴスの中で特別な神が一人いる、それが最高神――ゼラドリス・サンダーだ」
エーデルは息を呑んだ。
「最高神、ゼラドリス……君もオリゴスなんだね?」
ヘルヴィンは下を向き頷く。
「うん。そして今神々の中では、最高神ゼラドリスを殺そうとしているんだ」
「殺そうと? それは何故?」
「理由は沢山あるんだけど、まず最高神ていうのはこの世界の支配者でなくてはならない存在。最高神によって天候が決められ、世界秩序を保つ存在なんだよ。だが、ゼラドリスはそれを放棄した。まあ、前最高神の下ろし方も悪くて、元々神々の中で反対は多かったんだ。彼の性格は傲慢で浮気性、隠しきれない悪行の数々。世界秩序どころか、オリゴスの統一もできない神でね。彼は恨みをかいすぎた」
「それはひどいな……そんな神がいるんだね」
「うん。そして最高神殺すことに反対派と賛成派がいる。反対派が四人、賛成派が六人だ。このアカデミーにいる僕とドイルド、ルミスは賛成派だ。そして奇襲を仕掛けたテルビアは反対派だ。まああいつはかなりイカれているから、遊び感覚だと思うけどね」
神殺しか……
危険な行動だ。神を殺すなんて。
僕は祟られたくないし、触らぬ神に祟りなしだな。
でも気になるのは反対派テルビアの仲間だ。
また僕を殺しに来るかもしれない。
「ヘルヴィンもゼラドリスを殺すことに賛成なんだね。でも神は十二人なんだよね? 一人足りなくない? それと反対派の神の名前教えてくれないかな?」
「そうだね。僕も死んで欲しいって思ってるよ。僕が生まれてからオリゴス全員で集まったことがないんだ。会ったことがない人は顔も知らなければ、そいつが反対派か賛成派かもわからないんだ」
ヘルヴィンは顔を上げることなく話を続けた。
「エーデル。覚えているかい? ドイルドに言われた『何を成すか』について」
勿論覚えている。
それが使命だとも言われた。だが、僕には全く身に覚えがない。どれだけ考えても答えに辿り着けなかった。
「今から伝えるから、よく聞いてエーデル」
「うん」
「君が成すこと、それは『ゼラドリスを殺すこと』なんだ」
「…………は?」
「ドイルドはもう既に僕が伝えているかと思っていたみたいだね。でもそれが君が転生した理由なんだ」
「いや、ちょっと待って。ヘルヴィン何を言っているの? 何故僕がゼラドリスを殺すんだ? それが転生した理由ってどう言うこと? それにドイルドどの対戦を見ただろ? 僕は神に勝てない。多分君にも勝てない。直感でわかるんだ」
「そうだね、今の君ならね。だからドイルドはこれから君を鍛えるつもりだろう。勿論君を神々の争いに巻き込んでしまったのは悪いと思っている。でもそれがこの世界に来た君の運命であり宿命であり義務なんだ」
「いやいや、おかしいって。はいそうですかって言える話じゃないよヘルヴィン。宿命で義務って……ごめん全然わからないんだけど」
「『君を殺したのも転生させたのも神だ。神が雷を落としてあっちの世界で君をを殺したんだ』」
…………意味がわからない。
いや、分かりたくない。
わかってたまるものか。
この時、エーデルはは頭が真っ白になった。
そしてプツンと何かが切れた気がした――
気がつくと立ち上がり、座っていた椅子が倒れ、机越しにヘルヴィンの胸ぐらを使っていた。
「………………ふざけんなよ…………お前ら。ふざけんなよ! 雷を落とした? そのせいで百合まで死んだんだぞ! お前ら神の争いに百合まで巻き込んだのか? 最高神を殺す? そんなの勝手にやれよ。お前が人間を嫌っているのはわかる。でもだからって関係ない人間まで巻き込むんじゃねえよ!」
ヘルヴィンは何の抵抗もせず、胸ぐらを掴まれたまま下を向いている。
むかつく。
腹が立つ。
憎い。
殴ってやりたい。
そんな感情がエーデルの中で暴れている。
百歩譲って僕はいい。
前世は僕にとって地獄のような日々だった。転生してからの方が幸せを感じることは多い。寧ろ感謝したい気持ちもある。
神殺しが勝手な使命や義務だと言われ、腹は立つけど、そんなことは後からどうにでもなる話だ。
でも、百合は違う。
百合は友達も居て、勉強もできて、毎日楽しそうに学校へ行っていた。
僕とは違う生き方をしていた。
たった十五歳の少女の人生をこいつら神は奪ったんだ。
「おい! 何とか言えよ糞神!」
「…………ごめん」
「なんでお前が悲しそうな顔をするんだよ……」
するとすごい勢いで教室の扉が開いた。




