55 第三者の記憶
ヘルヴィンは体に闇の神力を纏わせ術を唱えた。
「『神闇』」
彼の出した神力は第二ホール全体を包み、青い空までも夜のように暗くした。
(これが……闇の神力……)
闇から更に闇が現れ、ピュートーンをブラックホールに落とすように、ゆっくりと吸い込んだ。
やがて第二ホール全てのピュートーンがヘルヴィンの神闇によって回収された。
ヘルヴィンは神力を収めると、さっきまでの青い空に戻った。
「ヘルヴィン、お疲れ様」
「うん」
「これで一つは片付いたな。ヘルヴィンすまないな」
タクロはヘルヴィンに向けて言った。
「もう一つはこいつだ」
ドイルドの手に持つそれは、両腕のないテルビアの首根っこだ。
「テルビアが奇襲しに来たことは僕もサーチでわかりました。でも何の目的で?」
「こいつはエーデル・アイビスを狙ったんだ。あわよくば俺たち神も片付けようってところだな」
ヘルヴィンはテルビアを睨みつけ、低い声で言う。
「エーデルを?」
「真っ先にエーデル・アイビスの頭を狙ってきたよ」
ヘルヴィンは慌ててエーデルの頭や体を触る。
「エーデル! 大丈夫だったか? 何で気づかなかった。怪我は? 今治癒魔法を」
「ヘルヴィン落ち着いて。大丈夫。ドイルド先輩が守ってくれたんだ」
「ドイルドが?」
ヘルヴィンはドイルドを睨みつけた。
「安心しろ。テルビアが頭に触れる前に腕を切ったさ」
ヘルヴィンはまた苦笑した。
「フッ。してやったみたいに言っているが、お前は剣術大会でエーデルを徹底的に打ちのめしていたじゃないか。悪いがお前の信用はガタ落ちだ。例え賛成派だとしてもな」
「あれはエーデル・アイビスを試しただけだ」
ドイルドは表情を変えることなく言う。
「だとしてもやり過ぎだ。そもそもお前が余計なことを言わなければ……いや、何でもない」
ヘルヴィンは何かを言いかけて辞めた。
「まあ、あれだ。言い争いはここまでにしてテルビアをどうするか決めよう」
タクロが二人の間に入り、視線をテルビアに向けた。
するとヘルヴィンが屈み、テルビアの髪を掴んだ。
「起きろ。糞神」
「……ん」
「おい。テルビア」
テルビアの髪を引っ張り揺らす。
するとテルビアは目を開けた。
「あれ〜? ヘルヴィンじゃーん。相変わらずイケメンで腹が立つよ」
テルビアは気味の悪い笑みを浮かべて言う。
こいつは、両腕を失ってもこの調子なんだな。
本当に正気じゃない。
「テルビア、やってくれたな。だが例を言うよ。お前のおかげでエーデルは更に強くなった。あのピュートーンと戦ったのだからな。四十五匹も倒したそうだ」
その時テルビアが気味の悪い笑みを初めて崩した瞬間だった。目の前のヘルヴィンを睨み、そしてその視線を僕に向けた。
「ゔっ……」
頭痛がした。
エーデルは頭を抱え、地面に膝をついた。
何だ? この頭痛は、エーデルの記憶か?
***
記憶の中のエーデルの部屋だ。
部屋のベッドで寝ているエーデルに誰かが近づいている。
黒くモヤがかかって誰かはわからない。
何者だ?
そいつがエーデルの枕元まで行き、寝ているエーデルの頭に手を翳した。
その気配にエーデルはベッドから起き上がり、ひどく驚いている。
これは僕じゃない。エーデルが僕になる以前の記憶。
十二歳のエーデルだ。
エーデルとその何者かが何か会話をしている。
明かりもつけず、暗い部屋なのにエーデルの口が動いているのが見える。
でも何かおかしい。
エーデルの記憶なのに、エーデルと何者かを正面にして見えるのだ。
まるで第三者になって見ているような。
「ーーーー…………ーーーー」
「ーー……ーー」
何を言っているかわからない。
声が小さすぎて聞き取れない。
だがこれだけはわかる。
エーデルは混乱し、今にも泣き出しそうな顔をしている。
話している相手は誰なんだ?
すると何者かは部屋の扉から出た。
そしてこの見ている記憶のフィルも動いて、扉を閉めた。
扉が閉まる時に一瞬見えたエーデルの顔は、精気を失った少年のようだった。
その顔から読み取れる感情は絶望感に近い。
扉が閉まると記憶は途絶えた。
***
「エーデル! エーデル! 大丈夫かい?」




