53 友との喧嘩
ピュートーンの亡骸を闇で呑み込んだその時――
「ヘルヴィン……」
声のするほうへ目を向け、そこに居たのは――エーデルだった。
***
「ヘルヴィン……」
声をかけて振り返った彼の顔は蒼白だった。
以前アレクと剣術実践をした時の表情と、今のヘルヴィンの表情は重なるものがあった。
ドイルドの時もそうだ。
彼が僕に剣を振るう時の表情と同じ……
こんなことを想像したくないが、多分三人とも人を殺したことがあるのかもしれない。
あくまで勝手な憶測だ。
いや、確証なんてない。
人を殺したという人を、僕は一人しか見ていない。
だが、前世の雑誌の記事で読んだことがある。
彼らが、僕の前で見せた表情は『犯罪者』の表情だと。
憶測だけで判断をしてはいけない。
わかっている。
ならどうするべきだ?
「……ヘルヴィンは人を殺したことある?」
違うだろ。
もっと先にかける言葉があった筈だ。
なんで第一声がこれなんだ。
でも正直、気になるんだ。
何が彼らに、ヘルヴィンに、そんな顔をさせているのか――
「あるよって言ったら、君は僕を嫌いになる?」
「…………」
言葉が出なかった。
空いた口が塞がらない。
憶測が確証になった気がした。
「何か……理由があるんだろうなって思うよ。でも人を殺すのは駄目なことだと……思う」
ヘルヴィンの顔は相変わらず、蒼白で冷たい目つきをしていた。
この会話を続けるべきではない。
そう思っているのに、何故か会話は進む。
「エーデル。第二ホールでピュートーンを何匹倒したの?」
「四十五匹……」
「流石だね! やっぱり君は最高だよ」
やっと声のトーンからいつものヘルヴィンに戻った気がして安心したのも束の間、ヘルヴィンはこう言った。
「君は四十五匹殺したんだよね? それと僕が人を殺したとして同じ殺しだよね?」
「ヘルヴィン……」
確かにピュートーンを殺した。それも四十五匹。
最後においては、あれはピュートーンの自殺行為を同然だった。僕はそれに加算した。
じゃあ、僕も同じかもな。
ヘルヴィンは深いため息をついた。
「ハァ。君が元いた世界では人間を殺せば重い罪が課される。でも人間以外、例えば動物を殺したら器物破損。更に植物を殺したら何の罪にもならない。同じ命なのにね。命は平等って綺麗事を並べているけど、命の重さと優先順位は異なるんだね。でもそんなの人族が勝手に作ったルールだ。そのルールに神が従う理由なんてないと僕は思っている。寧ろ君ら人間と呼ばれる人族が神の引いたレールに乗るべきだと思う」
人間は理不尽で間違っている。
だから黙って神に従えばいい。
つまりはそういうことか?
ヘルヴィンは本当にそう思っているのか?
確かにヘルヴィンの言っていることの意味はわかる。
命が平等なんて綺麗事だ。
命の重さは違う。
命の優先順位も違う。
それは僕も感じる。
決して良いことではないということも理解している。
でも人間は神の引いたレールに乗るべきだとそれは正しいのか?
多分、今のヘルヴィンは怒っている。
原因はわからないけど、彼の口調からそう感じだ。
ヘルヴィンの口から出た言葉に僕の頭の中は更にぐちゃぐちゃになる。
「ヘルヴィン……一回落ち着いて、話さないか?」
「僕は落ち着いているよ」
口ではそうは言っても、彼の表情は変わらないままだ。
でも僕は彼と三ヶ月も友達なんだ。三ヶ月も一緒にいればわかる。ヘルヴィンは今感情的になっている。
ヘルヴィンは時々感情的になると周りが見えなくなって、突っ走る。そして早口になるんだ。
こういう時は宥めるよりも先に何をするか、僕は知っている。




