3 成人パーティー
リビングに行くと家族が僕を待っていた。
「エーデル、成人おめでとう!」
なるほど、家族に対する感情まで記憶にあるのか。
僕が知らない人と接しなければならない時、好悪の感情が最初からわかっていれば、エーデルを演じやすく、相手が僕に対して違和感を持ちにくいだろう。
これはとても助かるな。
テーブルには記憶にある昨日のご馳走とはまた違って、今日は肉料理が多い。
とりあえずエーデルっぽく。
「あ、ありがとう! 本当に心から嬉しいよ」
「さあ、皆席に着け〜今日は夜までパーティーだ!」
――エーデルよ。君の父のテンションは最高に高いな、記憶の中でもずっとこの調子だ。
「本当にめでたいわね〜! 今日はお肉づくしよ! エーデルはこれから体力をつけないといけないでしょ? あなたの好きな鹿肉料理を作ったの。パパが張り切って大量に狩ってきたのよ」
「鹿肉は低カロリーなのに栄養たっぷりだ、体を鍛えるのに最高のご馳走なんだぞ」
本当にすごい量だ、少し引くぐらい。
というか鹿肉?! 鹿って食べられるのか?!
人生で初めてだ。
なんか絶滅危惧種じゃなかったっけ? そもそも食べていいのか?
日本じゃないからいいのか? 寄生虫とか大丈夫かな? まあ、鹿肉を食べられるって聞いたことあるような……ないような……
いや、僕のためにここまで準備をしてくれたんだ。ここで引き下がる訳にはいかない。
まずはフォークを持ち鹿肉をブッ刺す、そして口元へ運ぶ。
ここまでの過程は完璧だ――あとは口の中に……入れろ! 動け! 僕の腕!
家族が輝かしい目で見てるぞ。
まるで腕を口から遠ざけるようと引っ張られているようだ。頭では食べようとしているのに、体が食べるなと言っている。これは俗にいう――拒否反応だ。
「どうしたんだエーデル。食べないのか?」
まずい! 変に思われてる。
そうだ! こういう時エーデルは、あの『まじない』を使っていたな。
(これは美味しい……これは美味しい……これはすごく美味しい)
僕は鹿肉を口の中に入れた。そして一噛み……二噛み……三噛み。
「ん……美味しい。すごく美味しいよ」
思ったよりクセもなく、あっさりしていて何個でも食べられそうだ。いや、何頭でも食べられそうなくらい美味しい。
元々鹿肉が美味しいものなのか、エーデルの味覚まで記憶に影響しているのかは、正直わからない。
昨日の夜エーデルが唱えていたまじないは本当に効くんだな、勇気が出た。
(少し借りたぞ。エーデル)
「お兄ちゃん。美味しいね」
僕は幼く優しい声のする方を見た――
この子は…………妹だ。名前は――アルメリア・アイビス。エーデルの愛する妹。
この感情は記憶だけじゃない。
――僕にもよくわかる。
尊く、愛おしく、守りたい存在。大切な愛する妹。
「百ッ、、アルメリア」
『お兄ちゃん』こう呼ばれるのは久しぶりな気がする。本来ならエーデルが兄として、この席に相応しいのに。
僕は、お兄ちゃんと呼ばれていいのだろうか?
前の人生では残念な兄だった。
沢山の間違いを犯した。
それに百合は何処にいるのか。百合ももしかしたら何処かで……そう願う。
百合のことは僕だけが覚えていればいい。
僕という兄なんか忘れて……必ず幸せになってほしい。
僕はここに――相応しくない。
「お兄ちゃん?」
視線の先の妹は――
優しい瞳で僕を見つめるんだな。
僕はもう一度、お兄ちゃんと呼ばれてもいいのか?
僕は君のこと妹として、愛おしく思ってもいいのか……?
「お兄ちゃん、大丈夫だよ。
悲しい顔しないで、まだ鹿肉たくさんあるから」
「…………アッ……アルメリア……ありがとう……」
僕の目には涙が浮かんでいた。それを溢れないようにするのが精一杯で、とても鹿肉のことを考える暇はなかった。
「あら、どうしたの? エーデル。そんな泣きそうな顔をして」
「何でもないよ。本当に美味しくて……涙が出そうだ」
父と母は嬉しそうな笑顔で僕を見ていた。
「よーし! エーデル! もっと食べろ! 何よりお前は体力をつけなきゃいけないからな」
ん? 何故そんなに体力にこだわるんだ?
記憶を辿れ。
頭の中のフィルムを動かした。
剣術……魔力……魔物……クラウスの仕事……?
待てよ? 魔物って実在するのか?!! 本当に何処なんだここ!? 地獄か!? さっきまで天国だったのに?! 地獄なのか!?
駄目だ――記憶だけじゃ頭が追いつかない。これはちゃんと調べないとな。
「明日からもっと剣術を鍛えてやる! なんていったって来月から学校に通うんだからな」
……………。
「……今なんて言った? ガッ……ガッコウ?」