25 エーデルとジニアの過去
頭の中のフィルムが動き出した。
なんだ……?
動き出したフィルムは先程ジニアが角を折られた後の記憶だった。
***
エーデルはジニアににかける言葉が見つからない――
励ましの言葉をかけることは僕のエゴではないか。簡単に言葉を発しても彼に心に響かなければ駄目だ。何を言っても傷つけてしまいそうで、今は隣にいてあげることがエーデルにできる精一杯の包容だった。
するとジニアはやっとの思いで口を開いた。
「……エーデル。ごめんね」
「……なんでジニアが謝るんだよ」
「嫌な思いしただろう? 角はまた生えてくるから大丈夫」
「なんで! 僕は嫌な思いなんか……それはジニアだろ……」
エーデルの声を荒げた。
同時に堪えていた悔し涙が溢れ出した。
『怒り』だった。バドラから友達を守れなかった怒りを自分の中で処理できず、ジニアに当たってしまった。
目の前で暴言を吐かれ、角を折られたジニアに何もしてやれない自分に心底腹が立つ。
「ごめん。何も出来なくて……自分に腹が立った」
「ハハッ、謝るなよ。いつも言ってるだろ? そういう時はまじないをかけるんだ『僕は大丈夫だよ』って」
ジニアはエーデルに笑顔をを向けたが、その笑顔は無理をしていた。
酷い目に遭ったのはジニアだというのに、こんな時でもエーデルを励ましてくれた優しい少年だ。
エーデルは自分が情けなく惨めで仕方がなかった。
「帰ろうエーデル」
ジニアは二つの折れた角を持ち立ち上がり、二人はいつもより長く滞在した森の入り口を離れ家の方へ向かった。
三日間、僕らが会うことはなかった。
あんなことがあって平気ではいられなかった。
いつも通りでいられるはずがないのだ。
そしてエーデルは考えた。
僕はどうすべきだったのか、僕が彼のために出来ることは何か。
『誰にでも優しく平等に、人が何かを成すことには、必ず理由が付いてくる。何事も、受け入れる心を持ちなさい』
これは僕の両親の教えだ。だか今回のことで付いてくる理由とは何だ。
バドラはただジニアを『いじめた』だけじゃないか?
――時に暴力は暴力で返せという。
力は力で対抗する――それを正当防衛という。
復讐なんかはしない。ただ、またジニアが同じ目に遭わないよう僕は力を付けて強くなる、ジニアを守れるように強くなると決めたのだ。
毎日早起きをして有明から父が朝仕事に行くまでの時間、剣術の稽古をつけてもらった。父が仕事に出た後は一人で体を鍛えて、ずっと剣を振るった。
こうして基礎体力を作り、更に強くなるために鍛えた。
あれから一週間が立った頃、今日こそはジニアに会いに行こうとしていた時、一人の男性が家を訪ねてきた。
母に呼ばれたエーデルはその男性の顔を見た瞬間、直ぐに誰か理解した――ジニアの父だ。
ジニアよりも大きく立派な黒い角、ガタイも良く、どことなくジニアに似た顔立ち。
早くジニアに会いたいという気持ちが大きくなる。
だがジニアの父がうち来た理由を聞いた僕は愕然とした。
「エーデルくんには、とてもお世話になったと聞いておりました。いつもありがとうエーデルくん」
「いえ、こちらこそ」
「ジニアくんは元気ですか? うちでパイを焼いたので食べに来てくれると嬉しいんですけど」
「お気遣いありがとうございます。実はこの村を引っ越すことになりまして」
「あら。そうなんですか? 寂しくなりますね」
「…………」
「いつ発つのですか?」
「今日この後に……」
「…………」
突然だった。
そんな大事なことをジニアが僕に隠すわけがない。急に発つことになったのには理由があるはず。考えられるのはバドラの件だ。
「ですので今日はご挨拶にきた次第です。それでエーデルくんにこれを渡して欲しいとジニアに頼まれてね」
ジニアの父が手に持っているのは尖った石ののペンダント……いやこれは角だ――角のペンダント。
「これは?」
「ジニアの角だ。私達魔族の間では首に掛けていれば魔除けになると言われているんだ。絶対エーデル君にもらって欲しいって」
「僕に……ジニアはどこに?」
「ああ、それが……」
僕は急いで外へ出てジニアを探しに走り出した。これでお別れだなんて絶対に嫌だ。
ジニアは何処にいるのか。可能性だけを信じて森の入り口へ向かった、無我夢中で走り続けた。
そして森の入り口に着いた時、そこには誰もいなかった――
会えないのか……僕にペンダントを貰う資格なんて……
すると後ろから声が聞こえた。
「待って……待ってよエーデル」
「え? ジニア?」
「君足が速過ぎるんだよ。家を飛び出して走り出したからずっと追いかけて来たんだ…………恥ずかしくて合わせる顔がなかった。でも君に会いたかったから」
「ジニア……」
僕も会いたかった、そのために走り続けたんだ。
「引っ越すこと聞いたよね? 急で驚いたよね。理由はわかると思うけど、それだけじゃないんだ。前から決まってて今日こそ言おうと思っていたけど、いざとなると寂しくて言えなかった」
「……そうだったんだ」
「ペンダント、僕の角なんだ。君を守ってくれるはずだよ、大切にしてね。君のこと忘れないよ。エーデルのこと大好きだよ。たった一人の友達だ」
「…………僕も、僕もジニアが大好きだ。ずっと、たった一人の僕の大切な友達だよ!」
僕はこの瞬間をずっと忘れない。この時だけは二人だけ時間で思い出になるだろう。
途中二人は別れを惜しむように何度も道に止まりながら、思い出を語った。ジニアが去った後も余韻に浸りながらその場に留まり続けた。
やがて父が仕事から帰宅して、バドラのジニアの間にあったこと、自分が無力だったことを全て話した。
バドラがなぜそこまでジニアを嫌うのか、ただ魔族だからという理由だけであんなに忌み嫌うのには確かに理由があった。
母から聞いた。バドラは母子家庭で母が女手一つで育てられたらしい。
父はすでに他界していた。その理由が『魔族が起こした無差別殺人事件』に巻き込まれたことによるものだった。
バドラは魔族の存在自体を恨んでいたのだ。
それがジニアを傷つけていい理由にはならないが、バドラにもそれだけの行動を起こす理由があったのだと知り、僕の心境は複雑だった。
『何かをなすことには、必ず理由が付いてくる』
その意味がやっとわかった気がした。
今の僕に、それを受け入れられる心を持つ自信はないが、バドラの理由を心に置いておこうと思った。
その後もバドラとは反りが合わず、何度か揉めることがあったが僕は毎回バドラに負けた。
いや、正しくは勝たせてあげていた。バドラが魔族を憎む気持ちを出来るだけ汲み取ってあげたかった。
『全部僕にぶつければいい』五歳のエーデルはそう思っていた。
***
「あの……エーデルさん。大丈夫ですか?」




