二話:初デート
「もし、良かったら今度二人で食事に行かない?」
野崎さんの突然の申し出に私は箸で摘んでいた揚げ出し豆腐を落としそうになった。
「へっ!?」
「いやーみんなと食べるのも楽しいんだけど、木月さんと二人で行ってみたいなぁと思ってさ」
その温厚な性格がにじみ出るような優しい笑顔を浮かべながら、彼は恥ずかしそうに私を誘った。
ポーカーフェイスな野崎さんが今まで見せたことの無い、その恥ずかしそうな笑顔に私は魅かれ、
気が付くと頷いていた。
連れ立ってトイレに行っていた同僚の二人が戻ってくると、野崎さんは何事も無かったかのように、
二人を軽いジョークで迎えた。
私は先ほど箸を滑り落ちた揚げ出し豆腐を口に運びながら、内心ドキドキと早くなる鼓動に戸惑っていた。
その食事から二週間後の休日、前日にドライブをしてから食事に行こうと野崎さんから連絡が入り、
これは完璧にデートというヤツでは・・・と鈍い私もはっきりと気が付き、いつもよりもファッションもメイクにも力を入れた。
随分と恋愛から遠ざかっていた私は、野崎さんにときめいていると言うより、久々のデートというものにときめいていた。
はっきり言って、野崎さんを一人の男性として意識したことは無かった。
勿論、温厚で気が利く彼の性格は人間としては好意を持っていたが、それ以上の感情は誘われた時の笑顔を見るまで全くと言って良いほど無かった。
ポーカーフェイスの彼のあの恥ずかしそうな笑顔を見なければ、適当にはぐらかし二人で食事に行くことは無かったと思う。
彼から近くに着いたという連絡が入り、家を出るとマンションの前に青色のミニクーパーの中に大きな身体を窮屈そうにしている彼の姿が見えた。
「お待たせしました」
ドアを開け助手席に座ると小さな車の中で彼は更に狭そうな感じになってしまい、私は少し申し訳なく感じた。
彼は同僚とはいえ、年齢が2歳上で私は仕事の時もプライベートの時も敬語で話していた。
「木月さんと一緒に行きたい場所が有ってね。食事の前にドライブがてらそこに行っても良いかな?」
「あまり遅くはなれないので、遠くだと困りますがそうでないならお任せします」
私の家は父が出張の多い多忙な人でほとんど家には居らず、母と二人暮らしのような感じで、病弱な母を一人で置いて遅くまで出かけるのは気が引けるのだった。
その辺の事情を知っている彼がそこまで遠くに行くとは思えなかったが、一応の念押しだった。
「お母さんのことが気になるんでしょ?大丈夫だよ。そこはちゃんと分かってるから」
案の定、彼は遅くはなれないことを分かってくれていた。
彼が車を一時間程走らせ着いた私と行きたかった場所は、朱色の鳥居や大きな拝殿が有るような派手な神社では無く、石作りの鳥居のある地味では有るけれど木々に囲まれた落ち着いた厳かな雰囲気の神社だった。
私が神社仏閣が好きなことも、特にその中でも私が好きそうな雰囲気まで彼は把握していた。
二人で本殿をお参りした後、木々に囲まれた摂末社を散策しながらお参りする。
私は充実していて楽しいけれど、彼は楽しいのかが気になり私は時々彼の横顔を見ていた。
彼は車を自宅の車庫に停めると食事の場所へと案内してくれた。
そのお店は私が以前から行きたいと言っていたお店で、彼の家の近くにそのお店が有ることと、
そのことまで覚えていた彼の細やかさに驚いていた。
少しの石畳を歩き引き戸を開けると、和服姿の店員が迎え入れ座敷へと案内してくれた。
そこの店は個室になっており、創作料理をコースで頼むようなスタイルになっている。
彼は酒を飲むとあまり食べない私のそんなとこまで気にしていて、
一番料理の数の少ないコースを予約していた。
細やか過ぎる、気が利く・・・やばい・・・私はこういう男に弱い。
よく恋はするものではなく落ちるものだと言う。
確実に彼に落ちてしまっている自分に私は気が付いていた。
やはりやはりの遅めの更新です。
出来れば1ヶ月に2度は更新したいのですが・・・
なかなか難しいです(TT)