一話:再会
駅構内にあるショッピングセンターのお気に入りの雑貨屋で、買ったばかりのマグカップを思わず落としてしまいそうになった。
「み、幹生?」
「未央か?」
3年ぶりに昔の男と再会しただけで、こんなに漫画の様な反応をしてしまうほど、動揺するものなのか?
まぁ、幹生はただの昔の男ではない、お互いに結婚を意識し10年近く付き合っていた男だった。
「元気?少し痩せたみたい」
私は見栄か動揺しているのを気が付かれるのが嫌で、努めて平静を装った。
「あぁ元気だよ。痩せたのはもういい歳だから、体調管理の為だよ。未央こそ元気か?」
3年前と変わらない私の好きな低い暖かい声が、昔の口調のまま自然と私の耳に入っていく。
「元気よ。幹生あまり食べないのに変な時間に食事摂るものだから、がっしりと肥えてたものね。今くらいが調度良いわ」
少し痩せた彼は悔しいくらい格好の良い男になっていた。
3つ歳を重ねた私は彼の目にどう映っているのだろう。
「幹生ー」
少し離れた場所から、柔らかいウェーブがかった髪を揺らし、一人の女性が駆け寄ってきた。
子犬のように幹生に纏わり付きながら、視線を私へと移す。
「お知り合い?」
その女は上目使いで幹生に問いかけた。
「ああ、前の会社の同僚だよ。木月未央さん」
柔らかい包み込むような私にも見覚えのある優しい視線をその女に向けながら、幹生は応えた。
「俺の妻だよ」
彼女には分からないように私に申し訳無さそうな表情をしながら、幹生は私に彼女を紹介した。
「いつも主人がお世話になっております」
幹生と10歳は年が離れていると思われる彼女のその台詞はままごとの様に違和感を感じさせた。
「あら、こんな可愛い奥さんをもらって、野崎さんも隅に置けないですねー」
私は肘で幹生を小突くようにおどけて見せた。
何故か自分でも戸惑うほど胸が痛んだ。
・・・会社で話していたように名字と敬語で話をさせないでよ。
別れる時、結婚はしないって言ってたのに嘘つき。
何より柔らかい包み込むようなあの目で、その人を見ないでよ。
その目は私に向けられたものだったのに・・・。
もう、すっかり過去のものと割り切って過ごしていた筈なのに・・・。
本当に愛して一所懸命に愛して人を愛するということは、こういう事なんだと初めて分かることが出来た人だった。
付き合っている間、これ程無い位大切にしてくれて、別れる時は私のことを思ってその温かな大きな手を離してくれた。
別れる時、憎むことや恨む事など一つも無かった。『ありがとう』の一言しかなかった。
私達は好きなまま、好きだけではどうすることも出来ない理由で別れた。
だからこそ、彼の幸せを願っていたのに・・・。
何故、幸せそうな彼を見てこんなに胸が痛むんだろう。
何故、エゴイズムな感情しか浮かばないんだろう。
「じゃあ、私はこの辺で失礼します。野崎さんお元気そうで良かったです」
一言笑顔でそう言うのがやっとだった。
こんな自分が嫌で仕方なく、私はその場から早く立ち去りたかった。
久しぶりに書き始めました。
以前よりも多忙なので、更新は遅いと思いますが、今まで通り完結はさせますので、良かったら読んでください。