9話 耐食性......ニッケルでいいか
(私が若い? この娘は何を言っているんだ)
目の前で私を指さしながら、少女は不思議なことを言った。
「......お嬢さん、私は年齢の割に若く見られることはありますが流石にお嬢さんほど若くはありませんよ」
「え、でも十代くらいに見えますけど」
(......真面目に言っているみたいだな......)
「それにさっきも言いましたけど、そんな黒髪を見るのも初めてです。どこから来たんですか?」
「黒髪......」
男鹿は自分の毛髪は年相応の白髪だと記憶している。
しかし先程この場所の地名を聞いた時に悟った事が本当に正しいのならば――
「まさか――」
男鹿は自分の推測が正しいか確かめるために溜池に向かって走った。
「ちょっ、オガタさん!」
ステナに呼び止められるが勢いを殺すことなく走る。
そして溜池の寸前で前に倒れるようにして、そのまま水面に手をついた。
「嘘だろ、この顔......」
溜池の水面に映ったそれは長年付き合ってきた自分自身の顔には変わりないが、ずいぶん久しく見ていないものだった。
(若返っている、しかも数十年は確実に若返っている......)
この半日薄々感じてはいたが、余りに非常識な推測だったので考えないようにしていた。
しかしその推測は正しかった。
「はあ、はあ.......急にどうしたんですか? オガタさん」
追いかけてきたステナが男鹿の背に向かって聞いた。
「いえ、すべて納得しました」
「は、はあ......なら良かったです?」
男鹿は立ち上がり、膝に付いた土を払ってからステナの方を向いた。
少し考え込んでから意を決してステナに話しかける。
「確かに若い者同士この喋り方はおかしいよね。ごめんステナ、さっきの戦闘で気が動転してたみたいだ」
まるで別人のようだ。
先程まで感じられていた大人っぽさは見る影もなく、外見相応の少年ぽさのある雰囲気に変わっていた。
「そ、そうなんだ。じゃあ私も普段通りしゃべろうかな」
「うん、そうしてくれると嬉しいよ」
しかしステナはあまり深く考えることなく男鹿の話をそのまま受け取った。
「ところでステナ、君はあのデビルウルフに襲われる前にそれを修理しようとしてたみたいだけど――」
「ああああ!」
「ど、どうしたの?」
「......忘れてた。早くしないと村の農場が水不足で大変なことになっちゃう」
ステナは早急に対処しなければならない問題があることを思いだした。
「そうか、でもこの管はどれも腐食が酷くて直すことは不可能だと思うよ。交換したらどうかな」
「ふしょく? 何それ。それにこの筒が何か知ってるの!?」
「そうだな...... 簡単に言うと腐食は金属が周囲の環境によって化学反応を起こして変質破壊されることだよ。その原因は様々で――」
「ちょっと待って! ごめん、全然何言ってるか分かんない」
「説明が下手でごめん。それともう一つの質問に対してだけど、ステナが筒と呼んでいるのは多分水道管だと思う。農場に流れてるってことは農業用水路なのかな」
ステナは唖然としている。
村にはこの筒に関しての知識を持っている者は誰一人としていなかった。
それが急に現れた少年は良く知っているような口ぶりだ。
それにこの少年は気になることを言っていた。
「この......筒を直すことはできないって本当?」
「うん、でも大丈夫。新しいのに交換すればいいだけだよ」
「この長さを全部?」
「うん。あー、でも確かにこの長さは結構骨が折れるね」
「無理だよ」
「え?」
ステナは声を震わせる。
「だってこの村では何十年も、ううん。百年以上この筒を使い続けてきて一度も新しいものに取り換えたって話は聞かない。木で似たものを作るとしたってこの長さじゃどれだけかかるか分からない......」
「つまり予備の管は無いってこと?」
「......うん」
ステナは泣いてしまう寸前だった。
「諦めるにはまだ早いよ。ステナ」
「っ......でも、もう村にも使える物なんてないよぅ......」
オガタは腐り落ちた水道管の傍にしゃがんで言った。
「使える物が無いなら創ればいい」
「っ......!、どういう......こと」
「こういうこと」
オガタは管の断面に手を翳しながら唱える
「材料創造、タイプ・ニッケル!」