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 殿下は散々文句を言っていたが、陛下も妃殿下もオフィーリア様の提案を受け入れ、貿易を停止した。グランバリエの船だけではなく、北の大陸からの船は全て断り、海に面している諸国にも注意喚起した。おかげで南の大陸にペストは上陸することなく、私たちの日常は守られている。

 だからといって、情報収集しないわけにはいくまい。私と父は北の大陸の状況を調べるべく、東奔西走した。もちろん、北の大陸に上陸はできないので、方法は限られてくるが。

 グランバリエには手のものを潜ませていたが、彼はオフィーリア様と共にグランバリエを脱出している。まあ。彼の主な仕事はオフィーリア様の護衛とグランバリエ王族の監視だから、彼の判断は間違っていない。


 結局、陛下と妃殿下に報告した情報は、とある理由で魔法使いから情報を受け取った私と、別途、魔法使いに依頼した父が得た情報だった。

 一度、水晶玉を通じて見せてもらったが、北の大陸はひどい有様だった。死人の数もとんでもない数字になっているそうだ。

 あちらの大陸の悲惨さを知った今では、オフィーリア様に感謝しかないが、これは結果にすぎない。よく、オフィーリア様の言葉を信じたものだと思っていたが、陛下と妃殿下と父は、貿易を停止しても、グランバリエの秘術が手に入るなら中止しても損はないと思っていたそうだ。


 確かに、グランバリエの秘術は価値が高く、使い手であるオフィーリア様がわが国に留まってくれるのなら、貿易で得る利益よりももっと価値がある。

 妃殿下はグランバリエの王族だが、国を継ぐ身ではない上、魔法の素質も無かったので秘術を教えられなかった。だから、余計にオフィーリア様の価値は高かった。オフィーリア様は優秀な女性で、美姫と名高い先代の王妃様によく似て美しく、しかも気立てが良い。さらに、並々ならぬ知者だ。

 できればオフィーリア様は我が国の人間と結婚してほしい、と言うのが国王夫妻と父の共通認識だ。もちろん、オフィーリア様の気持ちが優先だから、無理強いをする気はないようだが……。

「誰でも良いから、彼女を射止めてくれないものだろうか」と言うのは父の言だ。妃殿下はできれば、オフィーリア様をルーカス様に娶わせたいと思っているようだが。


 殿下は『ヒロイン症候群』だのなんだの騒いでいたが、どう見てもオフィーリア様は症状に当てはまらない。ただの聖女ではないかと私は思っている。彼女は穏やかで優しく、猫を愛する、愛らしい女性だ。

 最初は異常なほどオフィーリア様に突っかかっていた殿下も、恐らく今は私と同じように思っているのだろう。なにかとオフィーリア様を気にかけ、そばにいたがるし、熱のこもった目で彼女を見ている。オフィーリア様もあれだけ突っかかられたのに、殿下へのあたりは優しい。恐らく、オフィーリア様も殿下のことを憎からず思っているのだろう。

 幸せそうに笑う殿下とオフィーリア様を見て少し心が痛んだが、仕方がないことだとため息をつく。オフィーリア様は素敵な女性だ。殿下が惹かれるのも仕方がないことだ。

 仕様がない人だが、殿下はこの人を盛り立ててやろうと思わせる何かがある。なんというか、憎めないのだ。できれば、私と共に歩んで欲しかったのだが、相手が殿下とあらば、引かざるを得ない。そう、私が我慢すれば良いだけの話だ。


「このままで、本当に良いんですの?お兄様が、次から次へと申し込まれる婚約を断り続けて、独身を貫いていたのはオフィーリア様を慕っていらしたからでしょう?」


 いきなり背後から声をかけられて振り向くと妹のソフィアが、解せぬと言う顔で腕組みをして立っていた。むくれている顔はすごく愛らしい。


「いいや、殿下を差し置いて新しい婚約者を作るわけにはいかなかっただけだよ」


「嘘ばっかり。それじゃアラン様はどうなんです?」


「私は殿下と一緒で婚約破棄された身だが、アランはそんなことはなかったからね。私とは違う」


「もう強がりばっかり!別にオフィーリア様の相手は殿下に決まったわけじゃないんでしょう?諦めるにはまだ早いのではないですか⁉」


 ソフィアの言葉に苦笑が漏れる。確かに、少しばかり悔しいし、なんだか残念な展開になってしまったとは思ったけど、これはこれで良かったのだ。大事なのはオフィーリア様が幸せになることなんだから。

 今思えば、オフィーリア様は幼いころから殿下に懐いていた。七才のころ、妃殿下と殿下と一緒にグランバリエに行ったことがあるが、殿下の後ろをちょこちょこついて回っていたオフィーリア様は実に愛らしかった。私も殿下と一緒にいたから、彼女と過ごすことが多かったが、殿下といるオフィーリア様はニコニコしていて、とても可愛かった。

 幼いころは私のことも『ジョーお兄様』と呼んでくださり、愛らしい笑顔を向けてくれていた。けれど、再会してからは、私のことを『兄さま』と呼んでくださらないので、オフィーリア様はもう覚えていらっしゃらないのだろう。


「納得できかねますわ。守銭奴のお兄様が高いお金を払って魔法使いを雇ってまであの盆暗からオフィーリア様を解放したのに、これでは鳶に油揚げですわ……お兄様はこれで本当に満足ですの?」


「まぁ、確かに悔しくないと言えば嘘になるけどね。仕方ないさ。それに当初よりぐっと安くついたんだよ。私が払ったのはオプション代プラスアルファだったからね」


「負け惜しみですの?魔法使いは自分の技術に並々ならぬ自信を持っているから、そう簡単に割引なんてしないことは有名ですわよ?」


「いや、本当だよ。成り上がり娘には、なんだか不思議な庇護があったらしい。どうやら、私が魔法使いを雇う必要はなかったみたいだね。ハシバミの木がなんとか鳩がなんとか……。

 ドレスや靴は全てその鳩と木が用意したとか意味不明なことを言っていたよ。鳩がドレスを持ってくるなんて信じられないし、信じたとしてもどこから盗んできたものやら、分からないが……。まぁ、私には関係ないし、結果、安く済んだから文句もないけどね」


「なんだか、どこぞの狂女を思い出すお話ですわね?」


 ソフィアは難しそうな顔をする。多分幼い頃に翻弄された自分を恥じてだろう。けれど八歳の女の子に訳の分からない妄言を吹き込む方がどうかしているのだから気にする必要はないのに、と苦笑した。私の苦笑を見て、ソフィアもどこか居心地悪さげに微笑んだ。


「私は魔法使いに『盆暗が好みそうな娘を見つけて、身なりを整えて、パーティに連れて行く』ことを依頼しただけさ。娘に関しては鳩たちに導かれて簡単に見つかったし、身なりも同じく解決済み。最終的に魔法使いがしたことは南瓜を馬車に変え、鼠を白馬に変えただけだったらしい。だからぐっと安く済んだんだ」


「なんと言って良いかわかりかねますけど、鳩って、あの問題行動を起こした、あれですの?」


「そうみたいだね。成り上がり娘が不快に思った人の目を抉ってまわるなんて、恐ろしい鳥だよ。成り上がり娘のお友達とやらの鼠も本来はただの鼠だったらしいが、魔法をかけられた影響か、鳩に感化されたのかわからないけど、鳩と一緒になって、成り上がり娘に敵対(意地悪)した人間を齧りに行っていたっていうんだから……。オフィーリア様に話を聞いてゾッとしたよ。

 鳩や鼠達について魔法使いに聞いてみたけど、自分はあの娘の加護に乗っかっただけだから、わからないって言っていたよ。本当にあの娘には何が憑いていたんだろうね」


「鼠に襲われるんですの?ぞっとしますわね」


 そう言ってソフィアは自分の二の腕を抱き締める様にして、掌を上下に動かす。確かにぞっとする話だ。私も重々しく頷いた。


「あの国の誰も、盆暗王子を諌めなかったんでしょうか?そんな状況なら、狂女を止められるのは盆暗だけだったでしょうに。本人に直接言えないなら、盆暗を動かして成り上がり娘の暴走を止めれば良かったものを」


「まぁね、けれど盆暗王子は理想の女性を見つけたと言って、成り上がり娘のわがままをなんでも聞いていて、周りがどんなに嘆願しても耳を傾けなかったらしい。奴は『虐待されて育ったから、私が幸せにしてあげたい』と言っていたそうだよ。終いには抗議してきた人間を罰していたというから、救いようがない。

 王妃にするとしても、娘は教養がないどころか、読み書きもまともにできない。さてさて、これからあの国はどうなるやらと思ったたんだけど……」


「ええ、その心配は無くなりましたわね。そもそもあの国から来る鉱石の質は最近落ちてきていましたし、外交もうまくいっていませんでしたもの。今後、お荷物になる可能性が高い国でしたからちょうど良かったですわね?」


 ソフィアはまだ十四才だ。それなのに、ここまでしっかりとした娘に育つとは、と思うと感慨深い。あの狂女が起こした事件に巻き込まれたからなのだとしたら、悪いことばかりではなかったのかもしれない。……いや、当時は本当に絶望したけれど。まぁ、父が宰相をしているのだから、色んなことが耳に入るということもあるのだろう。


「それで、あの国の現在はどうなっているんですの?」


「オフィーリア様の予言通り、酷い有様だ。黒死病が蔓延していて、さらに高熱や咳が激しい人間もいるみたいだね。まぁ控えめに言っても地獄絵図だ。手を切っていて良かったよ。下手をしたら、うちの国も同じになっていたと思うとぞっとするね」


 私の言葉にソフィアは青い顔をさらに青くして、ふるりと身体を震わせた。私も苦笑いを禁じ得ない。魔法使いが水晶で見せてくれた隣国の様子は、地獄のほうがまだましだ、と思えるような有様だった。


「それだけで済めばよかったのだけどね。グランバリエの国力が低下したことがわかったんだろう、近隣諸国が同盟を組んで攻め込んで来て、残っていた民は逃散、貴族は離反。グランバリエはあっという間に負けたらしい。国王は戦死、国土は大きく削られ、港も他国に占領されたそうだ。恐らく、グランバリエは良くて属国、悪ければ分割されて各国に併吞されるんじゃないかな?」


「まあ。確かに国力が弱った国を攻撃するのは珍しくもない話ですけれど、攻め入った国は大丈夫でしたの?」


「まさか。元々陸続きなうえ、ペストが蔓延した地域に攻め込んで大丈夫なわけがないよね。ランセル王国もパーセル王国も、グランバリエと同じか、もっとひどい状況になっているみたいだね」


「恐ろしいことですわね。わが国が無事なのは、オフィーリア様のおかげですわね。でも、どうしてオフィーリア様はこうなることをご存知だったのかしら?」


「さて、オフィーリア様がどうしてご存知なのかはわからないけれど……。ただ、わかっているのは、我が国にあの恐ろしい病気がやって来なかったのはオフィーリア様のおかげということかな。

 ヒロイン症候群じゃないかとか殿下は仰っていたけれど、私にはそう思えないね。彼女の瞳に宿るのは狂気ではなく、叡智の光だ」


「まあまあ、殿下って本当に見る目がありませんわね。お兄様や殿下につき纏っていた、あの気狂いとオフィーリア様が同じに見えるなら、医師にかかることをお勧めしますわ。私も件の侯爵令嬢に振り回された人間の一人だからそんなに偉そうなことは言えませんけれど……殿下はいつまで、女性不信を貫くおつもりかしら?

 確かに殿下の周りは個性的な女性が多かったことは認めますが、女性と見たら目の色を変えて批判するのはどうかと思いますわ。新しい発見をした人間が女性なだけで絶対にその主張を認めないんですもの。殿下が国王になったら、女性の地位がどうなるか、心配でなりませんわ。……

そんなだから、新しい婚約者ができないんですのよ。ずーっとあの女のせいだと思っているようですけれど、同じように貶められたお兄様には山ほど申し込みが来ているんですもの。どう考えても殿下のご気性のせいですのにね」


 呆れたような眼差しを殿下に向けると、ソフィアは深々とため息をついた。一時期、あまりにも新しい婚約者ができない殿下の婚約者候補としてソフィアの名前が挙がったことがあるが、全力で阻止して良かった。殿下とソフィアは恐らく合わなかっただろう。


「まあまあ、確かにちょっと行き過ぎなところはあるが、あれで良いところもあるし、結構有能なんだよ」


「どうだか……。それで?盆暗王子と成り上がり娘はどうなりましたの?敗戦国の王子と王子妃なんて碌な目に遭わないと思いますけれど?」


「あぁ、あの盆暗は戦勝国たちがグランバリエをどうするかを決めるまでは生かされるだろうとは思っていたけれど……最近、病に倒れたそうだよ、恐らく長くないんじゃないかな?同じ頃合いに王妃も倒れたそうだから……グランバリエの存続は難しいかもしれない。オフィーリア様の忠告を無碍にしなければこんなことにならなかったかもしれないのにね。あぁ、成り上がり娘だけはものすごく元気らしいよ。けれど、彼女が今後どうなるかは……まあ、明るい未来はないかもね」


「あらまぁ。魔法使いが言っていた加護とやらはあの娘以外は助けてくれないのかしら?」


「どうなんだろう?私が雇った魔法使いはあの国を助けるのは無理だってはっきり言っていたよ。当分、隣国に行かない方が良いともね。もう火によっての浄化以外はないかもしれないとも言っていたよ」


 幸せそうに笑うオフィーリア様に目を向けると、私の視線に気付いたのか、オフィーリア様は私に向かってにっこりと笑った。そうして、殿下に一礼すると、私の方に向かって来られた。彼女の笑顔に見惚れていた私の背中をソフィアがどんと押した。

 我に帰った私は急いでエスコートをすべくオフィーリア様のもとへ向かった。そんな私にオフィーリア様は手を伸ばす。その手を取ろうとした私の手が情けないことに震えている。恐れ多くて彼女に触れられない。


「ジョシュア様。ごきげんよう?」


 オフィーリア様は嬉しそうに微笑む。少し後ろから苦笑した殿下がこちらへ向かって歩いてくるのが見えた。


「オフィーリア様、お目にかかれて光栄です」


「あら、本当に?最近なんだか避けられている気がしていたのですけれど……?」


「そんなことありえません!私がオフィーリア様に対してそのようなことは!」


「そう、それなら良かった。私、先日、陛下と叔母様から、素敵な話を聞いて、ジョシュア様にお願いしたいことができましたの」


 うっとりと笑うオフィーリア様はどこまでも美しく、見惚れてしまう。この笑顔を守るためならば、私はなんだってするだろう。


「オフィーリア様の願いならばなんとしても叶えます、なんなりと仰せください」


 私の言葉にオフィーリア様は頬を赤らめつつ、口を開いた。


「では、私と結婚を前提にしてお付き合いくださいますか?ジョシュア様は私の初恋の方なんです」

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