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2-3

 そして翌日、阿呆はやっぱり阿呆だった。いや、シナリオ通りなのかもしれないが、目の前で大仰に喚く男はやはり阿呆としか表現できない。いや、馬鹿でも愚鈍でも、とんまでも良いかもしれない。

 新しい猫じゃらしに大興奮のたまを置いてきているのだ。この間抜けにいつまでも付き合っていられない。何故か、呼ばれた部屋には陛下がおらず、妃殿下とテオパルドだけだ。なんだか嫌な予感がする。


「この手にかき抱いてもう離さないと僕は心に誓ったのに、それなのに、あぁ、運命の悪戯なのか。僕の妖精は…」


「あぁ、はいはい。また逃げられたんですのね、ご愁傷様ですこと。それで犯人は遺留品を残していかなかったんですの?」


「それが何も…。あぁ、僕の手に彼女の髪が数本、残ったかな。引き止めようとした時に僕の手に絡まってしまったものが……。あぁ、なんて美しい黄金の色だろう」


「……控えめに言って気持ち悪いですわね。さっさと処分なさってくださいませ」


「全然控え目に言ってないよね、リア」


「忌憚なく言ってよろしいのであれば、穢らわしい変態ですわね。もう二度と私の前に現れないでくださいませんこと?かしら。誰のものかわからない髪の毛を手に入れて、ほくそ笑んでいる殿方なんて、百人が百人異常者だと答えると思いますけれど?」


「あー、うん、配慮ありがとう」


 そう言って異常者は懐から出したハンカチにその髪を挟んで大事そうにまた懐にしまった。絶対取っておくつもりだ。本当に気色が悪い。うわぁ、さっさと縁を切りたい。モンペ持ちの変態なんて願い下げだ。もう、『ワンアウト』と言いたい。いや、気分的にはもうチェンジでお願いしたいが……。


「それでオフィーリア、お前を呼んだのは今日こそ夜会に出席してこの子をサポートするように命じるためなのよ」


「お断りします」


 間髪入れずに私は断わる。どおりで今日は陛下の姿が見えないはずだ。妃殿下は眉を吊り上げて睨んできたが、全く怖くない。むしろ、無様ね、と指をさして笑ってやりたいほどだ。偉そうにふんぞり返っている妃殿下だが、母の後ろ盾があり、『今回の件には関わらなくてよい』との言葉を陛下から賜っている私には無理強いができないのだ。


「私が夜会に出席するか否かについては『私の判断に任せる』と昨日正式に陛下から許しを得ております」


「だから、お前が自発的に出席すれば良いのよ!何のために私がわざわざお前のために時間をとってあげていると思っているの!」


 私の言葉に眉を吊り上げて妃殿下がキーキー大きな声を出し、騒ぎ出した。まるで猿だ。淑女としてあり得ない行為である。


「私が自発的に出席することはあり得ません。ここ最近の私の評判をご存じですか?『行き遅れ、とんでもない醜女、家柄だけのつまらない女、王太子から見向きもされない哀れな女』ですわ」


「リアが醜女なはずがないだろう!僕と比べても遜色ないほどの顔なんだ!」


「黙れ、このどぐされナルシスト」


 私の言葉にいち早く反応したのはテオパルドだった。けれど反応する場所がなんともテオパルドらしくて馬鹿馬鹿しくなる。

 この世界には、水面に映る自分に見惚れる馬鹿はいないので、ナルシストの意味が分からないテオパルドは首を傾げた。恐らく育ちと顔だけは良いこの男は『ドぐされ』という言葉も理解していないだろうから尚更だろう。

 けれども妃殿下だけは自慢の愛息子が馬鹿にされたことを感じたらしく、眉をますます吊り上げた。このまま九十度近くまで釣り上がるのではないだろうか?是非見てみたいものだ。

 私は目の前の残念美形をまじまじと見る。阿呆でナルシスト、更にモンペ付き、もうこれだけでお腹いっぱいだ。この三重苦、ワンアウト男め。


「そのように馬鹿にされている私を更に馬鹿にする場所がその夜会です。私が出席したいと本気でお思いです?それに聡明なる我が妃殿下がお分かりにならないご令嬢がどこのどなたかなんて、私にわかるはずがありませんもの。私を説得してもきっと無駄に終わりますわ。それよりもその不思議なご令嬢を止めることに労力を割いたほうがよろしいのではなくて?」


 私の言葉に妃殿下はイライラしながらも、渋々といった態で頷いた。私と違って妃殿下は貴族の顔と名前を全て一致させていないことは知っているが、だからといって彼らの茶番劇に巻き込まれるつもりはない。

 それに本当にテオパルドの相手が『シンデレラ』ならば、彼女を見てもどこに住んでいるかなどわかるはずがない。


「母上の話が済んだのなら、ぜひ僕の話の続きを聞いてくれ、僕の愛しい愛しい妖精の話を誰かにもっとしたいんだ、リア」


「もう十二分に伺っております。私に話をするよりもその妖精さんとやらを留める手筈を整えては如何?」


「そうだね、その通りだ!夜会は今日を残すばかりだからね。今日こそ捕まえなくてはね!待っていてくれ、僕の妖精、愛しい人!」


 そう言ってテオパルドは天井を見上げて大声を出した。傍から見るとただの異常者だ。本当に関わり合いになりたくない。ぶん殴って逃げたいと思ったがそんなことをしたほうが後々ややこしくなるので、私は退席が許されるまで止まり続けた。幸い、二人はそのご令嬢を捕まえるために動き出すことしたらしく、退席の許可はあっさりと降りた。

 あぁ、疲れた。帰ったらたまのお腹に顔を埋めて(猫吸いをして)癒されたい。


 更に翌日、やはり私は国王一家に呼び出された。ああ、もう、本当にめんどくさい。

 最近の私は社交界で面白おかしく語られ、馬鹿にされている。自分の悪口を好んで聞く趣味はないから、最近は家に閉じこもっているのだが、登城したら嫌でも耳に入る。二重にストレスだ。

 それに、こう頻繁に呼ばれても困る。私は暇なわけではない。まだ候補であるにも関わらず、あの阿呆ができずに残した仕事や王太子妃の仕事を私が代わりに行っているからだ――王太子妃の仕事とか言いながら王妃の仕事も交ざっている。もう、本当に国王一家とは早々に手を切りたい――。本来なら私がこの仕事を行うのは誤っているし、やる気もなかった。

 けれど、テオパルドも妃殿下もはっきり言って仕事ができない。おかげで仕事が片付かず文官たちが困ってしまって国王に直訴したらしい。そうして国王が目を付けたのが私だった。国王はどこまで私を利用すれば気が済むのだか……。

 最初は越権行為だと断ったけれど陛下は退かなかった。やつ……いや、国王は後々結婚するのだから早いか遅いかの差だと主張しやがったのだ。

 断っても断っても国王は引かず、結局母を頼った。しかし母をしても断り切れず、いくつかの条件を出し、それを書面化した上でこの話を呑んだ。

 けれど本来ならしてはならない行為を私がしていることは間違いない。私が仕事をしているのは極秘扱いとなった。秘密を知るのは、国王とごく一部の文官だけだ。仕事場も王城でなく我が家となった。

 だから、毎日毎日城から文官が書類を抱えてやって来て、昼過ぎに書類を回収して帰っていく。本来なら城から出してはいけない書類だろうに、全くご苦労なことである。この三日間は私が王城に呼ばれているため、書類を片付けていない。あの真面目な文官が困っているのではないかと思うと心が痛む。


「それで?今回はどの様なご用でしょうか。私が協力できることは一切ありませんけれど?」


 私がそう言うと陛下は困った顔をして「そこをなんとか」と言った。なんともなるはずがないだろう、と返してやりたいのをグッと我慢して微笑んでやる。なぜか、今日は国王夫妻のほかに何人かの貴族たちが臨席しているから、弱みを見せるわけにはいかない。

 貴族達を観察して不思議なことに気づいた。臨席している貴族達は皆一様に怪我をしており、怒っているようだった。

 また、この花畑親子はなにをしたのだろうか?げんなりしながらも、テオパルドを見て、驚く。

 なんと、あの阿呆は恍惚とした顔で、なにか金色に光る細長いものに頬ずりをしていた。なんだか見てはならないものを見たような気がする。絶対にアレに触れてはならないだろう。私は何も見なかった、と念じながら顔を逸らす。できれば耳も塞ぎたい。私は王室専用のトラブルシューターではないのだ。こんな明らかな修羅場に呼び出される筋合いはない。


「結局、テオパルドは昨日も意中の女性を留めることはできなかったのだ」


「あぁ、リア。聞いてくれ、彼女は月に帰ってしまったんだ」


 国王の言葉に反応したのは私ではなく、テオパルドだった。しかし、シンデレラかと思ったら今度はかぐや姫かよ。物語は統一してくれないと困る。それに、西洋と東洋の混合のあたり、節操が無い。共通項は美女が出てくるってことだけだろう。

 しかし、テオパルドは月に帰るなんて着想、どこから持ってきたのか……。詩人って人種はどこまでいっても理解ができそうにない。いや、詩人なんて言ったら彼らに失礼だろう。テオパルドが理解できないだけだ……多分。


「けれど、聞いてくれ!僕はとうとう彼女の手がかりを手に入れたんだ!」


 思い悩む私をよそにテオパルドは大事そうに持っていたものを私に見せてきた。それは金色に輝く靴だった。ガラスの靴じゃないのかと思って、昔読んだ本の内容を思い出した。そういえば、シンデレラの靴は原典ではガラスではなく、銀や金の靴だったという話だ。いったいどこから出てきた、ガラス!確かに、考えてみたらガラスの靴なんて、割れたら怖いことになりそうで、履こうとは思えない。防弾ガラスや強化ガラスの靴もちょっとロマンが足りない気がする……いや、よくよく考えてみれば、ただのガラスの靴もとてもロマンチックとはいえない気がするが……。履き心地は悪そうだ。まあ、銀の靴や金の靴も、決して履き心地が良いとは言えないだろう。売れば金にはなるかもしれないが。

 私に靴を見せつけた後、テオパルドは嬉しそうに、靴を抱え込むと、においを嗅いだ。


「あぁ、良い匂いだ」


 そう言うなり、靴をべろりと舐めた。ひっ、ひぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃ!気持ち悪い!なんだ、今何した?この変質者!

 靴って結構汚れているし、臭う。シューフィッターさんにですら、靴を脱いだ直後に足もとに跪かれるのにも抵抗があったほどだ。

 それなのに、一度着用した靴を手元に置いて、頬ずりして、においを嗅ぎ、果ては舐めるなんて……テオパルドは絶対に異常者だ、変態だ。もう、やつに指一本触れたくない。できれば目にも入れたくない。いやぁぁぁ、もう帰りたい!本気で帰りたい!

 確かに、靴は、王子様がシンデレラを探すためのマストアイテムだ。けれど、よく考えてみれば靴はずっと王子のそばにあったわけで。その間、靴がどんな扱いをされていたか物語では言及されていなかった。だからと言ってこんな……!いやだ、マジ無理!ツーアウト、ツーアウトだわ!


「問題はそれだけじゃあ、ありませんわ」


 後ろに控えていた貴婦人が口を開いた。彼女の顔には青丹が浮かんでいる。隣の貴婦人は腕を吊包帯でつっている。怒り心頭の貴族たちは、もう黙っていられないとばかりに口を開いた。あの気色悪い王太子を見てもドン引かないあたり、メンタルが強すぎる。


「殿下は昨日とんでもない悪戯をしたのですわ」


「悪戯……?なぜ僕がそんなことをしなければならないんだ?僕は美しいものにしか興味がないんだ。君たちに何かする時間なんか僕にはないが?」


「だまれ、変質者。……皆さま、何がございましたの?そのお怪我が何か関係がありますの?」


「えぇ、お聞きくださいませ、モーガン公爵令嬢。殿下はこともあろうに、階段にピッチを塗り付けていたんですのよ。それを知らずに階段を降りようとして、この通りですわ。わたくしの夫なんて私を庇って腰を打ち付けてベッドの中です」


 体格の良いご婦人は口から唾を飛ばしつつ、身振り手振りを加えながら訴えてくる。このご婦人を受け止めるなんてご主人は本物の男に違いない。

 しかし、ピッチを使った?しかも階段に塗った?阿呆か、この男は。絶対にシンデレラを逃がす気はなかった――その証拠にこれだけの人数が被害を受けているのだ――こいつは絶対に階段全域に満遍なくべったりピッチをと塗ったはずだ。下手をしたら死人が出るぞ。


 ピッチとは樹液で作られた接着剤のようなものだ。童話ではシンデレラが()()()()とされている靴だが、この変質者の仕業だったとは……!そういえば、そんな話もあったな、と思ってふと怖くなった。『本当は怖い~』を好んで読んでいた私が知っている通りに物語が進むならこの後、恐ろしいことが起きるような気がする……。

 しかし、とりあえずは今はそのことよりも、目の前の事態の対処だ。


「ピッチを階段に塗るなんて……。怪我人が出るとは考えなかったのですか?」


「そんなことはどうでもいいことだろう?重要なのは僕が僕の妖精を捕まえることができるかどうかだ。まあ、今回は彼女を捕まえることはできなかったが、こうして手がかりが手に入ったんだ。十分な成果だ!」


 うわぁぁぁ、手段選んでない、この頓馬!そのせいで周りに被害出しているのにスルーか?しかも、手に入れた靴に好き放題。ない!ないわ!もう無理、本当に無理、これ以上フォローできないし、したくない。スリーアウト、チェンジでお願いします!


「陛下、怪我をなさった貴族達には王家から賠償金と見舞金を出してください」


 私はため息をついて国王に提案した。もちろん、私が彼女たちに謝ることはしない。だって彼女たちは昨日まで散々馬鹿にしてくれていたし、なによりも私は何も悪くないのだ。彼らに押されていた――それなのに彼らを治められなかったあたり無能としか言いようがない――国王は私の提案に一も二もなく頷いた。

 国王が私の提案を呑んだことで貴族たちは文句を言いながらも退席した。私も一緒に帰ろうとしたが、国王(無能)に引き止められた。


「それで、オフィーリア。君にお願いしたいことがあって今日来てもらったんだが……。この靴の持ち主が誰だか、分からないだろうか?」


「あのですね、陛下。犬じゃあるまいし、どうして私が持ち主がどなたか分かると思っていらっしゃるの?」


「いや、金の靴なんて珍しい物だから、装飾品やドレスに詳しいオフィーリアになら分かるんじゃないかい?」


「私は貴族を監視しているわけではありませんのよ?知っているはずないでしょう」


「そんな!リアが分からないなら彼女をどうやって捕まえればいいんだ?」


 情けない顔をしつつ、縋るように問うてくる国王(無能)を適当にあしらっていたら、テオパルド(変質者)が騒ぎ出した。


「あぁ、テオ。そんなに嘆いてはだめよ。オフィーリア、なんとかなさい」


 鬱陶しく嘆く変質者とヒステリックに騒ぐ妃殿下、私に丸投げする気満々の国王を前にしてなんだか何もかもがどうでも良くなった。こいつらは私を何だと思っているのだろうか?私は未来からやって来た猫型の万能ロボットではないのだが……。それに、可愛げのある小学生ならまだしも、全く可愛げのない成人男性と成人女性に庇護欲なんかこれっぽっちも湧かない。


 シンデレラに「逃げてー、マジ逃げてー!」と言いたいところだが、物語通りならシンデレラはこの顔だけの変質者が好きなはずだ。それなら、きっと頑張ってくれるだろう。それに、私が何を言おうと言うまいと、恐らく強制力とやらが働いて、シナリオは止まらないだろう。……何よりも、私はもうこの頭に花が咲いている親子に付き合いたくない。


「その方が舞踏会にいらしていたなら、この国の民でしょう。その靴を持って娘のいる、すべての家を訪ねてはいかがです?靴がぴったり合う女性がテオパルド様の探している方でしょう」


 そう、テオパルドの手の中の靴は小さい。そういえば、シンデレラは、新しい木靴を買ってもらえなかったから、足が成長できず、小さいままだったという説もあった。……いやなことを思い出したから、きちんと釘を刺しておこう。


「一応、申し上げますが不正を働かないように、一度チャレンジして駄目だった女性には、再度の挑戦を許さないと試す前に伝えてくださいまし。その上で徹底してください」


「ははは、何を言っているんだ、リア。靴のサイズなんてそうごまかせるものじゃないよ」


 ばっか、お前。それをごまかそうとする奴らがいるんだよ。呑気そうに笑う阿呆の頭を思い切り殴りたくなる。そう、義姉たちは靴に足が入らないので、自分のつま先やかかとを切り落とすのだ。うぅ、グロい。


「テオパルド様の妖精を確実に捕まえるためですので、徹底すべきでしょう?きちんと靴を履くのを目の前で確認してくださいまし。よろしいですね?」


「あぁ、わかった。リア、ありがとう。さすがだね。早速行ってくるよ」


 そう言ってテオパルドは喜び勇んで出て行った。私はため息をつくと今度こそ退席した。

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