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2-2

そんな風に周りが苛々しているのに、当の本人達はどこ吹く風だ。こんな爆弾を抱えているのに、阿呆どもは、戦争という危険に目を向けようとしない。

 もし万一、阿呆が手を取った娘が平民だったらどうする気なんだろう?下手をしたら国が亡びるに違いない。想像してみてゾッとした。

 ゾッとはしたが……あれ?私が心配してどうなるというのだろうか。考えてみれば、母にすらどうしようもない阿呆共に、ただの公爵令嬢(小娘)でしかない私がなにかできるはずがない。

 それに、苦労するのは私ではない、別の人間だ。ならば最終的に私が行える事はその役割を任された人間に全力で声援を送るだけである。


 そして私は、万が一があれば、国外に逃亡しよう。国を捨てるのかと言う誹りを受けるかもしれないが、私にできることはしているつもりだ。この脳内花畑一家のお守りを私は随分と長い間、胃に穴をあけながらも頑張っているのだから。たまというアニマルセラピーの先生がいなければ、私はとうに儚くなっていたに違いない。

 何よりも、命あっての物種だ。世の中には、私の命よりも民の命が大事だと言ってのける方もいるだろうが、私はそこまで高潔ではない。なんだかんだ言ったって最終的に私は自分の命を守るだろう。何よりも『民のために』私がこの国に留まっても何もできない。一緒に蹂躙されるだけだ。

 国王は私を手放したがらないかもしれないが、戦のどさくさにまぎれれば何とかなるだろう。


 まあ、とはいえ、本当にシンデレラストーリーが展開しているはずはないと思いたい。

 日本と違ってこの国は身分という越え難い壁が存在する。平民に学は必要ないとの国の方針で、平民の識字率はたいへん低い。

 一番最悪なパターンが選ばれた娘が平民の場合で、その場合は読み書きを教えることから始めなくてはならない。


 次に悪いパターンは選ばれたのが下位貴族の娘や、そこそこ大きい商家の娘の場合だ。彼女達は辛うじて読み書きはできるだろう。けれども平民や下位貴族、それから私たち高位貴族ではマナーも立ち居振る舞いも全く違う。彼女たちは立ち居振る舞いから学ばなくてはならない。


 そう、王妃ともなれば外交の場に立つ必要もある。下地が一切ない人間では王妃は務まらないのだ。本当に私が嫌なら、さっさと自分の好みの女性を見つけて教育を施せばよかったのに、阿呆は文句を言うだけで何もしてこなかったのだ。

 文句があるなら、こんな未婚の娘をすべて招くなんて切羽詰まった(ばかげた)方法ではなく、もっと余裕をもって行動すべきだろう。そうでないと選ばれたお嬢さんが気の毒だ。もう、本当に阿呆か、としか言いようがない。いや、阿呆だったな……。


 そして、彼女達に立ちはだかる最後の壁が秘術だ。王妃は魔法が使えない。テオパルドは使えるという話だが、見たことがないので本当かどうかは分からない。私も阿呆も、魔力の高かった祖母に似ているので、使えても不思議ではない。ただ、あのこらえ性のない阿呆が厳しい魔法の勉強に耐えられたか否かには疑問が残る。恐らく、素質はあっても実際に使えないのではないだろうか。

 辛うじて国王は秘術が使えると聞いたことがあるが、国王の魔力は弱く、人の治癒はできない――実質使えないも同義だ。その場合は王妃が学ぶべきなのだが、魔法の素質は高いにも関わらず、王妃は秘術が使えない。つまり、さぼりまくったせいで才能を腐らせているという残念な女性なのだ。恐らく、テオパルドも同じではないかと思っている。


 まあ、そういうダメダメな脳内花畑一家の代わりに王太子妃がしっかり奴らの手綱を握った上で秘術を覚える必要があるのだ。わぁ、それってどんな無理ゲー?って私が今までしてきたことだ。ため息が漏れそうになる。

 つまり、テオパルドに選ばれるお嬢さんは、しっかり者の上、魔法が使える女性でないとならない。まあ、今は魔法が使えなくても、適性さえあれば学べばいいのかもしれないが、字すら読めない人間が選ばれた場合、魔法を覚えるのにどれだけ月日を要することか……。マナー教育という問題も残る。

 しかも、魔法の習得には国王の死まで――テオパルドのことは勘定に入れない方が良いだろう――というタイムリミットがあるのだから、ぼやぼやもしていられないだろう。私も秘術を使えるが、それは非公式なものなのだ。本来は、ただの婚約者候補が習っていいものではないのだから。

 

 私は生まれた身分が身分なだけに、幼少時から奴らに付き合わされ、今まで努力してきた。それが私の義務だと思っていたからだ。けれど、私の努力を当然だと思われ、どうでもいいものとして踏みにじられて平気なわけではない。

 もしこの阿呆が誰かを見初めるという、幸運な事態が起きたのなら、他の人間にバトンタッチするのだ。例え、誰かから非難されたとしても聞く気はない。私はよくやったと自分でも思うもの。

 

 できれば選ばれたお嬢さんもテオパルドを愛してほしいものだ。彼女の幸せのためにも。まあ、テオパルドは――他はともかく――顔だけはすこぶるよく、未婚既婚を問わず女性たちの憧れの的なので、心配はいらないだろう。

 

 物語ならここで平民の女の子が見出されてシンデレラストーリーが展開されるんだろうけど、わが国の場合は、上記のように越えられない壁が存在する以上、起こりえないだろう。物語と違って、現実は甘くないのだ。


 そもそもシンデレラは商家の娘だったか、下級貴族の娘だったかよく覚えてはいないが、身分の低い家の出だったと思う。身分の低い、虐待されて育った娘が王子様に見初められて、めでたしめでたしという話だった。けれど本当に幸福だったのか、疑問に思うのだ。育ってきた環境に隔たりのある結婚は問題が生じやすいものだ。


 『法の下に平等』とされていた日本ですら、格式の違う家というものはあった。玉の輿に乗った、とはしゃいでいた従姉は一年も立たずに離婚した。


「価値観の合わない結婚って難しいね。愛があっても、お金があってもうまくいかないことってあるのね」


 そう、ぽつりとこぼした言葉が忘れられない。叔母曰く、「実家と付き合うな」と言われたのは序の口。「貴女のような生まれの人間が嫁なんて……恥ずかしくて人前に出せない」と詰られ、親戚の集まりには呼ばれず、最後には「貴女の血を我が家に入れたくない」と子供を作らないように言われたそうだ。帰ってきた従姉は擦り切れ、ひとまわり小さく見えた。それがとても悲しかったことをよく覚えている。


 シンデレラの状況については詳しい話は知らないが、我が国と同じようなものだとしたら、もっと格差があっただろう。日本と違い、身分差という壁があるのだ。

 貴族たちは平民を同じ人とは思っていない。そんな中に平民の娘が嫁いで来て、幸せになりました!なんて無理がありすぎると思うのだが…。

 そんな益体もないことを考える。現実逃避をしたところで何にもならないのだが、この阿呆共に付き合うくらいなら、くだらない妄想をしていた方がまだましである。


 けれど、テオパルドの目に敵う娘がいたのなら、とっくに私との婚約は破棄されていただろう。結局私がババを引かされることになるんだろうなぁ…。諦めに似た思いを抱きながら、放置していたら、なんと阿呆が運命の相手を見つけたと言い出したのだ。いや、実にめでたい。私はもう良いところに嫁げないだろうが、後妻だろうが瑕疵物件だろうがこの阿呆親子の相手よりはきっとましに違いない。

 

「えぇ、妃殿下の仰せの通りです。私では力不足でございましたもの。陛下、早速私を筆頭婚約者候補から引かせてくださいませ」


 私が勢い込んでそう言うが、陛下は目を逸らした。妃殿下が気に入ってないとは言え、身分も釣り合い、さらに王妃教育まで済ませ、秘術も使える私を手放したくないらしい。誰でも良いと言っておきながら、阿呆が気にいる娘など出てこないと思っていたのだろう。それが現れてしまったものだから、どうしようかと考えているようだ。


「それが、聞いてくれ、オフィーリア!彼女はまるで朝露の様に僕の腕から消え去ってしまったんだ!」


「え?初耳ですわ、お相手は妖術使いか何かですの?」


「なんでそうなるんだ、君は。せめて魔法使いというべきじゃないか?なんだ、その妖術使いって!それに、あんなに可憐な彼女がそんなもののはずはないだろう!十二時の鐘が鳴ったら彼女は僕の手からすり抜けて走り去ってしまったんだ」


「それなら、そうと言えばよろしいのです。朝露の様に消えたと仰られたら、本当に霧のように消えたのか、そもそも存在自体がテオパルド様の妄想の産物ではないかと疑うものだと思いますけれど?」


「オフィーリア、口が過ぎていてよ、それで?その方の名前はお聞きしたの?」


「いや、彼女とは昨夜一曲踊っただけで名前すら聞けなかったんだ。けれどとてもとても美しい人だった……」


 とんだ茶番劇が目の前で開催されているようで、思わずため息をつく。変に詩的な表現を使おうとするところが本当に面倒くさい。『名前を聞く前に逃げられたから、どこの誰かわからない』とはっきり言えばいいだろうに…と思って、はたと気づいた。

 まさに『シンデレラ』の物語のような展開の気がする。なるほど、目の前の馬鹿みたいに面食いで、情勢を読まない王子ならば、常識を無視してシンデレラと結婚するかもしれない。けれども、まさか、まさかと思いたい。だって、もし、これが『シンデレラ』ならば私の立ち位置は王子様の婚約者――つまり、悪役令嬢ではないだろうか?

 そう思って、ちょっと怖くなる。しかし、その後、冷静になって考えたが……悪役令嬢でも構わないんじゃないだろうか?だって、うまくいけば、国外追放になって、大手を振って叔母様の下に行けるかもしれない。まあ、そこまでうまく行くはずがないが、念のため、こっそり下準備だけはしておこう。


「オフィーリア、ご令嬢方の名前なんて貴女なら把握しているでしょう?どこのどなたかわからないの?」


「出席しておりませんでしたので、わかりかねますわ」


「どうして出席しなかったの?肝心な時に役に立たないなんて!全く呆れてものも言えないわ。貴女の仕事はこの子のサポートをすることでしょう?」


「どうして私が、私をこれ以上なく馬鹿にしている催しに出席しなければなりませんの?私には陛下やテオパルド様が何をされようとも止める権限はございませんが、付き合う必要もないと母から言われております」


 私が母の名前を出すと陛下と妃殿下の顔が引き攣る。二人を黙らせるには、母の名前を出すのが一番だ。


「それに主だった貴族の顔と名前を覚えなければならないのは私だけでなく、テオパルド様もそうでしょう?そもそも妃殿下はご覧になってないのですか?」


 私が聞くと妃殿下はもにょもにょと口籠る。どうやら妃殿下も見ない顔だったようだ。ますますシンデレラのようだと思うが、まさかそんなはずないか、とため息をつく。あぁ、本当に面倒だ。いつものように王宮に呼ばれ、渋々登城したが、阿呆の惚気に付き合わされ、陛下や妃殿下に妙に絡まれ、正直げんなりしていた。

 私の膝の上で丸くなってゴロゴロ言ってくれていた、たまの温かさが恋しい。私の膝の上から降りたくないと爪を立てていた愛猫(たま)を無理やり引きはがし、泣く泣く置いてきたが、私が登城する意味はあったのだろうか?

 私が再度ため息をつくと、妃殿下は顔を顰めた。そして何かを思いついたらしく、気まずそうに逸らしていた視線を私に向けると馬鹿なことを言い出した。


「若いご令嬢なら、私よりも貴女の方が詳しいでしょう。今日は夜会に出席なさい」


「お断りします。どうしても、と言うのであれば母に相談しますわね」


 虎の威を借る狐と言われても良い。こんな馬鹿な催しに参加しなくて済むのであれば、どんな誹りも受けよう。眉を顰めた陛下がため息をつく。そして妃殿下に向かって蝿でも払うかの様に手を少し振った。黙れ、と言う意味だ。


「その娘は今日もやって来る可能性が高いだろう。今日、捕まえれば何の問題もないだろう。オフィーリア、迷惑をかけたな。出席するかしないかはお前に任せよう」


「ありがとうございます。お言葉に甘えて欠席いたしますわね」


 私はにっこり微笑んで告げた。そんな催しに出席するくらいなら、たまと遊んでいたい。最近特注した猫じゃらしが今日届く予定なのだ。

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