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2-1

「リア、僕、とうとう運命の人を見つけたよ!聞いてくれ!実に美しい人で愛らしいんだ」


「よろしかったですわねぇ。とうとう私もお役目ご免ですかしら?」


 興奮して頬を薔薇色に染めたテオパルドが嬉しそうに話すが、この会話は何度目かわからない。そして私のこの返事も何度目かわからない。最初はちらちらと陛下や妃殿下を見ていたが、知らんふりをされ続けたので、今はもうガン見している。不敬と言われようがなんと言われようがもう引く気はない。じーっと見つめ続けたら、根負けしたように陛下が口を開く。


「それで、その相手はどこの娘だ?もうこの際だ。お前が結婚する気になれたのなら、反対をする気はない」


「えぇ、えぇ、そうよ。貴方のお眼鏡にかなわなかったオフィーリアが悪いんですもの、あなたは何も気にする必要はないわ。さ、どこのお嬢さまかしら?」


 陛下に追随する様に妃殿下も口を開くが、その内容はあまりにも失礼だ。妃殿下は伯爵家の出身であり、自分の出自にコンプレックスを持っている。その為か、俗にいう小姑である私の母に頭が上がらない。そして頭が上がらない小姑の娘だからと言って私に対してきつく当たる。あまりの物言いにむっとした。そこまで言うならばさっさと『テオパルドの筆頭婚約者』という立場から私を解放して欲しいものである。


 テオパルドは幼い頃から女性に対して興味がなかった。いや、女性というよりも自分以外に興味がなかったという方が正しいのかもしれない。

 本来テオパルドは北側の隣国である、ランセル王国の王女、アレクシア様と結婚する予定だった。北国であるランセルは不凍港を求めて、事あるごとに我が国にちょっかいをかけて来ていた。こちらが反撃して旗色が悪くなるとすぐに奥地へ帰ってしまう。ランセルは広いがその領地の殆どが凍土だ。進軍するには補給の確保も兵の装備の確認も欠かせない。下手に踏み込むと返って大損害を被る。そして国境沿いの領土を占領しても、貧しい土地なので、特に益はなく、やはり返って損害を被る。大局的に見るとランセルは勝ってもいないが負けてもない。つまり、戦争賠償もないので、戦が起きる度に国は疲弊し、国力が低下し、民の暮らしも困窮する。

 だから、和睦を申し入れ、港を貸し出すことを提案した。ランセルは我が国の提案に頷き、口約束にならないように婚姻によって両国の友好を確かなものにしようとしたのだ。アレクシア様は十一才の頃に我が国にテオパルドの婚約者としてやってきた。つまり、人質だ

 けれど、当時十才だったテオパルドはそのことを理解しておらず、アレクシア様を見た瞬間に「こんな醜女と結婚なんて無理だ!」と叫んだのだ。アレクシア様の名誉の為に言っておく。確かにテオパルドは信じられないほど美しい顔立ちをしているので、アレクシア様は少し見劣りをしたかもしれない。けれど、アレクシア様は愛らしくて、決して醜女ではなかった。


 その瞬間周りは凍りついた。もちろん、私もだ。私はアレクシア様と入れ違いにランセルに行き、王太子に嫁ぐ予定になっていたので、その場にいたのだ。けれど、テオパルドのその一言のせいでその話は立ち消えになった。

 当然のことながら、ランセル王国の方々はお怒りになってアレクシア様を連れて帰った。もちろん大きな問題になったが、我が国にはテオパルド以外、国王夫妻の子供がいなかった。しかも、陛下は姉二人しかおらず、一人は海を越えた隣国、エンデルーゼ王国に嫁いでいる。もう一人の私の母は私以外の子供がいない。後は王位継承権を持つ貴族が幾人かいたが、彼らを立ててテオパルドを廃嫡しようという気運にならなかった。陛下と妃殿下がとにかく手を回したのだ。この時に暗殺された人間は片手の指では足りない。

 

 テオパルドではない人間が王太子の地位に就くことこそなかったが、誰かが責任を取る必要があった。結局、テオパルドの教育係のうち、ランセルとの国交を反対していた人間が、テオパルドを唆したとして、処罰された。

  そして、そんな事態を巻き起こしたテオパルドにはなんと何もお咎めがなかった。そのせいでテオパルドは婚約者に対して文句を言っても良いと理解してしまった。阿呆が余計な知恵をつけると実に厄介である。テオパルドは以降も陛下が命じた婚約者に対してノーを言い続けた。しかも「こんな醜女はいやだ、年上は嫌だ、僕より美しい人でないと嫌だ!」などなど愚かなことを言い続けたのだ。本当になんとやらにつける薬はない。


「この馬鹿息子が!」と言って殴れば良かったものを、所謂モンペである国王夫妻はテオパルドを可愛がるだけで諌めることも叱ることもしなかった。結果、テオパルドの婚約者は決まらないままだった。

 仕方なく、ランセルの王太子との婚約が破談になった後、同じく次の婚約者が決まってない私がテオパルドの婚約者筆頭候補となった。そう、婚約者でなく、候補だ。テオパルドも「まぁ、オフィーリアなら見苦しくない」などと戯けたことを言ったから、余計に逃げられなかった。

 それなのに「オフィーリアは僕に似ているから、美しいと思うけれど、オフィーリアと結婚する気にはなかなかなれないんだ」とかほざき続けている阿呆はそのまま十七才になる現在まで私を縛りつけている。全くもって人を馬鹿にしている。


 実は私には、日本という国で生きていた記憶がある。けれど、十七年もこの国で生きているので、この国の常識や自分の立場も理解している。

 前世のことは懐かしくも羨ましくも思う。なんといったって日本には身分差もほとんどない上に、自分のしたいことができたし、結婚相手だって自分で決められた。引き換え、今の私は色々なものに縛られている。今の自分との差を考えるとため息が出てしまう。正直戻れるものならば戻りたい。しかし、そうは思っても、戻れないものを夢見ても仕方が無い。

 現在の私の状況だって、納得はしている。私は公爵家の一人娘であると同時に王族の端くれでもあるのだ。私がこうして食べる物にも着る物にも不自由しないで生きていられるのは国民が私の代わりに働いて税を納めてくれているからだ。だから、私は国の為に結婚することを厭うてはいけないのだ。そう、私は決心している。だからこそ、ランセル王国に人質として赴くことも厭わなかった。それなのに、この目の前の阿呆は、と思うと腹立たしくてたまらない。


 そもそも日本でならば未成年だが、この国での私はそろそろ行き遅れと呼ばれる年だ。もう良い男性はすべて売り切れてしまっている。実家の公爵家は養子である義弟が継ぐので、この阿呆と結婚しなければ私が嫁げる場所は限られる。恐らく後妻とか健常なお嬢さんが嫌悪するような問題がある貴族のところだけであろう。まぁ仕方がない。運がなかった。


 そもそも王族に生まれて自分の好きな人間と結婚できると思う方が間違っているのだ。誤解のないように言っておくが『不幸な状況を続けろ』という意味ではない。自分がままならない結婚をするのであれば、相手も当然同じ状況なのだと言うことを理解してお互いに尊重しあおうと言いたいのだ。お見合い結婚だって愛が芽生えるものなのだから。


 アレクシア様だって望んだ結婚ではなかっただろう。十一という幼い年で敵国に人質として来なくてはならなかった彼女は不安で不安で仕方がなかっただろう。それなのに目の前の阿呆は「醜女は嫌だ」と騒いだのだ。

 きっと人の心がないに違いない。どうして相手の気持ちを慮ると言うことができないのか、正直理解に苦しむ。


 そんな阿呆は自分がわがままを言いまくったせいで私以外が残らなかったというのに、何故か被害者ムーブ全開で、どうしても私との結婚に踏み切れないと言い続けた。そろそろ私の消費期限が切れるので――信じられないことに国王がそう口にしたのだ。頭がおかしいとしか思えない。さすがこの阿呆の親だ――仕方がなく陛下はこう言ったのだ。


「この国の未婚の女性をすべて呼んで舞踏会を三日に渡り開こう。もし、そこで良い女性を見つけられないなら、オフィーリアと結婚しなさい」


 どこかで聞いたような話である。しかし、彼らの私に対する態度は失礼を通り過ぎていて、とどまるところを知らない。何か言ってやろうかとは思ったが、もうこの阿呆共と話す事すら面倒臭かった。本当にそろそろ縁を切りたいものだ。本当に面倒なので、黙って阿呆が馬鹿なことをするのを傍観することにしたが、そろそろ頭が痛くなってきた。

 しかし、この国の未婚の女性を全て呼ぶと言っていたが、本気だろうか?


 陛下は誰でも良いなんて言っていたが、テオパルドの相手は吟味する必要がある。できれば軍事力、または莫大な資産を持つ家の娘が良い。なにせ、この阿呆は幼い頃にアレクシア様に暴言を吐いていて、国際問題を起こしている。

 王族に関しては、『子供の発言』でも斟酌されない――まあ、最近勘違いをしている人間は多いが、「子供のしたことですから」は被害者が加害者を許すために使う言葉で、加害者が免罪符のように振りかざす言葉ではないのだが――。

 それほど、民を、国を統治するという事はとても重い。それなのに、この阿呆は選りにも選って隣国の姫に「醜女」などととんでもないことを抜かしたのだ。

 そんな阿呆が選んだ相手はどんな人間なのか、確認したくなるのが人情というものだろう。けれど現在、我が国グランバリエと隣国のランセルの間に国交はない。ではどうするかというと、意趣返しを含めて、この阿呆が結婚する時に合わせて、我が国に攻め入って来る可能性がとても高いのだ。


 だから、この阿呆の相手は辺境伯以上の娘が望ましい。それにも関わらず、この阿呆の頭には花畑が咲き乱れている。ちなみにその花畑は両親から遺伝したものと思われるので、頭が痛いことこの上ない。母も一応諌めたものの、目の前の親子は三人揃って現実を見られなかったそうだ。遺伝って本当に怖い……いや、賢王と名高い祖父も、母も叔母も脳内花畑ではなかった(まともだった)叔父(国王)はいったいどこから種を拾ってきたのだろう。

 どれだけ母が諫めようとも陛下も妃殿下も聞く耳を全く持たなかったそうだ。いくら母が陛下の姉とはいえ、降嫁した以上、臣下に過ぎない。だから母が国を動かす事はできない。いや、してはいけないのだ。

 だから、「もう放っておけ、あまり関わり合いになるな」と母は言っている。私も放っておきたいのだが、こうして呼ばれてしまっては来ざるを得ない。そろそろ勘弁してほしい。というか、母よ、拘るなと言うのならば、そろそろこの阿呆共に、私を巻き込むなと釘を刺してはくれまいか……。

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