ニコイチ扱いされてるエリート真面目天然騎士が、姉ちゃんに一目ぼれしちゃった件について
初めて企画に参加します。
オレの名前はイェルク・ジルベスター。借金があるとか、日々の生活に困窮しているとか、そういうレベルではないけど、お金持ちの平民の方がまだいい暮らしをしている、というレベルの貧乏男爵家の長男。王家の方々を守る騎士団近衛隊の一員として仲間とともに切磋琢磨をしている。そんなオレには、最近悩みがあった。
「警備配置図に書いてある、コノエ・タイって誰だ?」
「……近衛隊な。オレたちがそのあたりに配置されるってこと」
「なるほど、すまない。ところで、会場には象が来るのか?」
「…………はぁ…………。よく見てみろ。『像』だ」
「すまない、勘違いしていた」
有能なはずなのにどこか抜けている天然騎士、クラウス・オットーのツッコミをさせられている、ということだ。
クラウスはオットー伯爵家の三男だ。長男が家を継ぎ、次男はそれの補佐でありスペア。割と気楽な位置にいたクラウスは、騎士を志し騎士学校に入った。その後首席で卒業し、騎士団に入団。要するに、エリートというわけだ。たたき上げのオレとは違う。だが、何の因果か、オレたちはニコイチ扱いされ、クラウスが天然発言をしたらオレがツッコミに回るという図式が出来上がっていた。
今日は、明日開かれる王家主催舞踏会の警備の最終確認だった。警備配置図を確認していたクラウスの口から飛び出したのが、先ほどのセリフだ。彼は呆れるほどの天然で、読み間違いや聞き間違い、勘違いは日常茶飯事だ。
配置の確認が終わり、オレたちは訓練を行う。今日の訓練は模擬戦だ。本日の対戦相手はクラウス。それを見て、オレは小さく舌打ちをした。
「今日の相手はイェルクか。お互い、正々堂々勝負をしよう」
「はいはい、しょうがねーな」
挨拶をすると、彼は斬りかかってきた。オレはそれを剣で受け止める。あいつの剣筋は、速くて強い。一瞬の油断が命取りになる。攻撃を何とかいなし、すきをついて彼に差し迫った。
「そこか。……なにっ?」
「へっへー、引っかかったな」
クラウスはすぐさま反応し攻撃しようとしたが、オレのフェイントにきれいに引っかかってくれた。体勢が崩れた彼に一太刀浴びせる。審判役の騎士が、「そこまで!!」と声を上げた。
「勝者、イェルク!」
「完敗だ。だが、次は勝つ」
「はいはい。お疲れさまでした」
オレがあいさつすると、見守っていた仲間が「今回はイェルクかぁ」、「クラウスも惜しかったなあ」などと口々に騒ぐ。そう、オレたちの実力は拮抗している。だから手を抜けない。これが、オレよりはるかに強いやつとか、弱いやつとかだと手を抜いてもバレにくい。まあ、クラウスにはバレてしまうが。そして「いつか足元をすくわれるぞ」と苦言を呈されてしまう。
訓練が終われば昼食だ。オレは家から弁当を持参している。一応食堂もあるが、貧乏男爵家のオレにはちょっと敷居が高めだ。まあ、使えなくはないんだけど。毎日となるとやや財布が痛い。今日の弁当なんだろな、と荷物を探ると、弁当が無かった。
「げ……、弁当忘れちまった」
思わず頭を抱える。弁当を忘れた場合、食堂代は自身のお小遣いから出さなければならない。今月キチいんだよな……とため息をついていると、詰め所に誰かが入ってきた。
「イェルク、弁当忘れてたよ。ほら、これ」
やってきたのはオレの姉で、第三王女コリンナ姫殿下の侍女をしている、シルビア・ジルベスターだった。彼女はオレの前に弁当を差し出す。
「姉ちゃん、助かった!! 神!!」
「はいはい。これに懲りたらもう弁当を忘れないことね。それで、近衛隊の隊長さんは?」
「隊長殿は今席を外しています。俺でよければ話を聞きます」
後ろから、クラウスがぬっと顔を出した。姉ちゃんは彼に向き直ると、一枚の手紙を差し出してくる。さっきまでの気さくな雰囲気は霧散し、どこか緊張感のある面持ちへと変わった。その様子に、オレも自然と背筋が伸びる。
手紙の内容は、王女殿下が進めている貧民に対する慈善活動をやめないと、王女殿下を害すという脅迫状であった。
「コリンナ様は脅しには屈しないとお考えです。ここからしばらく夜会や孤児院の訪問など露出の機会も多いため、警備の強化をお願いしたく参りました」
「分かりました。隊長に伝えておきます」
「感謝いたします」
姉ちゃんはスカートをつまんで優雅にカーテシーをした。こうしてみると高位貴族の子女に見えるんだからすごい。実際は気が強いじゃじゃ馬なんだけど。
ふとクラウスの方を見ると、姉ちゃんのほうをぼぉっと見ていた。オレがわき腹をつつくと、彼は「礼を言うほどのことではありません」と騎士の礼を取った。姉ちゃんはその言葉を聞くと、満足したように「王女殿下は私たちの宝です。どうかよろしくお願いいたします」と一礼をして去っていった。クラウスはしばらくぼおっとした後、「イェルク」と声をかけてくる。
「さっきの人って、お前の知り合いなのか?」
「姉ちゃんだよ。シルビア・ジルベスター。じゃじゃ馬で口うるさい。小さい頃はよく泣かされた」
姉ちゃんの名前を告げると、彼は「シルビア・ジルベスター嬢か……」と呟く。よく聞けば声色は浮かれているように聞こえ、心なしかその顔は赤い。
……どうやらオレは、ニコイチ扱いされている天然エリートな同僚が、自分の姉に一目ぼれした姿を目撃してしまったようだった。
◇
「すまない、イェルク。確認したいことがあるんだ。兄二人にジルベスター嬢のことを相談したら、『外堀を埋めろ』と言われたんだ。だが、お前の屋敷に外堀なんてなかっただろう?」
「……ねえよ。外堀を埋めろ、の意味が違うんじゃねえの?」
「……? 堀を埋める以外の意味があるのか?」
「……もういいわ。お前はそのまんまでいてくれ」
「ジルベスター嬢にドレスを贈りたいんだが、彼女の好みを知っているだろうか?」
「うちに婚約の申し込みはしてないだろ。ドレスは婚約してからだ」
「そうなのか。いつ頃なら都合がいいだろうか?」
「両親に持っていく前にまず姉ちゃんに声かけろ。じゃないと許さねえ」
「分かった」
「何とかデートの約束を取り付けたんだが、どこがいいだろうか? やはり景色もきれいなフルス訓練場か?」
「デート相手の令嬢を訓練場に連れていくバカがどこにいる!!!!!! 普通カフェとか劇場だろ!!」
「むっ、そうか。すまない、そのあたりの事情には疎くてな」
「……マジかよ。……ちなみに姉ちゃんはカフェ・ザーネのスイーツが好きだぜ」
「恩に着る」
クラウスが姉ちゃんに惚れてから、彼は事あるごとに相談を持ち掛けてくるようになった。「オレ、恋人がいたことないんだけど」とやんわり断っても、「だが、イェルクは姉のことについては詳しいだろ?」と押し切られる。クラウスはかなり常識がずれてたり、ぶっ飛んだ考え方をしたりするから、オレはそのたびにツッコみをしないといけなくなる。一度姉ちゃんにそれとなく「クラウスに言い寄られているみたいだけど、がまんしてない?」と聞いてみたところ、「大丈夫よ。嫌だったら断ってる」という答えが返ってきた。まあ、よっぽど常識はずれな行動はしていないんだろうな、と希望的観測を込めてそう思うことにしている。
不穏な手紙はあったが、王国は何となく平和だ。オレはその平和に安心しつつ、職務に当たっていた。
◇
その日も、平和な日常が続くと思っていた。本日はコリンナ王女殿下の孤児院への慰問の日。お付きの侍女として彼女についているのは姉ちゃんだ。王女殿下は本日護衛に当たる近衛隊の面々にあいさつにいらっしゃった。そばには姉ちゃんも控えている。殿下は団長たちに挨拶した後、自分たち二人にもあいさつに来た。
「本日はよろしくお願いいたします。近衛隊の中でも有数の強さを誇るオットー卿とジルベスター卿に守っていただけて安心ですわ」
王女殿下は白魚のような手で優雅にカーテシーをした。カーテシーは姉ちゃんので見慣れていたけど、王女殿下のものは美しすぎてもはや別物だ。
「こちらにいるのはわたくしの侍女、シルビア・ジルベスターです」
「ただいま紹介にあずかりました、シルビア・ジルベスターと申します」
紹介された姉ちゃんも続いてカーテシーをする。それを見届けた王女殿下は、眉を下げて「これは個人的なお願いなのですが……」と呟いた。
「どうか彼女のことも守ってくださる? 彼女は、わたくしの大切な侍女なのです」
「拝命いたしました」
オレたちはすぐさま騎士の礼を取る。その様子を見て、王女殿下は微笑んでくださった。
孤児院へ着くと、王女殿下は子供たちに「ひめさま、あそぼー!」と庭に連れられて行った。子供たちと遊ばれる様子を見守りながら、オレは姉ちゃんと少し話す。
「しっかし、姉ちゃんが王女殿下の大切な侍女ってなあ。めっちゃ信頼されてるじゃん」
「まあね。まるで姉の様に頼ってくださってるの。寛大で、慈悲深くて、高潔で、かわいらしさもある方だから、お仕えする甲斐もあるし。ていうか、あんたが近衛隊でも一、二を争う騎士って言うのには驚きよ。家ではだらしないのに」
「それとこれとは関係ないだろ。しっかし、平和だなぁ」
「平和が一番よ」
そんな風に話していると、クラウスが「イェルク」と声をかけてきた。
「こちらは異常なしだ。そちらは?」
「異常なし。しっかし、あの手紙ってなんなんだろうなー」
腕を後ろに組みながらそう答えると、「ただのいたずら、だといいんだけどね」と姉ちゃんが笑う。
「そう言えば、以前贈ったハンドクリームは、気に入ったか?」
「はい。おかげさまで手がすべすべになりました。良い香りだと、コリンナ様にもお褒めいただいたんですよ」
「そうか。ならよかった」
へえ。クラウス、やるじゃん。姉ちゃんは手荒れを気にしてたしいいチョイスなんじゃねえの。
そんな話をしていると、姉ちゃんが王女殿下に呼ばれた。何でも、花冠を作りたいが、作り方が分からなかったらしい。
「花冠の作り方はお教えできます」
「本当? あ、そうだ。まだ花冠を作れない小さい子たちもいるのだけど……」
「では、その子たちの分は私がおつくりします」
姉ちゃんはそう答えて子供たちの輪に入っていく。だが、予想以上に小さい子たちが多かったらしい。オレも花冠が作れるからと連れていかれ、ひとりきりは良くないという子供たちの意見もあってクラウスも参加することになった。
「ここをこうして編めば……、できあがり」
「ううん……、難しいな」
「なるほど……、何とかできそうね」
姉ちゃんは子供たちにシロツメクサの花冠の作り方を教えている。俺はその間に花冠をいくつも生産していた。
「はい、どうぞ」
「ありがとう、お姉ちゃん」
あ、姉ちゃんが小さい子の頭に花冠を乗せた。王女殿下は他の女の子とできあがった花冠を交換している。クラウスはどうしても無理だったらしい。あ、苦々しい顔で別の野花を摘んだ。それを子供たちと接している姉ちゃんの頭に、そっと差した。
「い、いきなりなんですか?」
「急に触れてすまない。本当は花冠をプレゼントできればよかったんだが、どうにも不器用で」
「そういうのは可愛い女の子にしてあげてください」
「ん? シルビアは可愛いぞ?」
クラウスがキョトンとした調子でそう言うと、姉ちゃんは顔を真っ赤にしてうろたえた。そんな態度に気が付かない彼は、彼の思う姉ちゃんの可愛いところを並べ始める。
うわぁ、姉ちゃんすっかり顔真っ赤だ。ご愁傷様、とは思うが助けてはやらない。馬に蹴られるのは勘弁だ。
そんなことを考えていると、花冠が欲しい女の子や、作り方を教えてほしい女の子たちに囲まれていた。女性というのは一人でも強いのに、集団になるともっと強くなる。こういう時は逆らわないほうが吉と、オレは花冠生産にいそしんだ。護衛任務は、だって? 殿下の近くで何があっても対応できるよう気を張ってたぞ。
全員分の花冠を作り終わったころ、殿下が孤児院の院長に呼ばれた。何でも、手伝ってほしいことがあるらしい。殿下は「分かりましたわ。シルビアと近衛の二人も一緒に来て」と快く応じた。
院長は孤児院の近くの森に案内する。姉ちゃんが「随分と孤児院から離れるんですね」と院長に聞いた時だった。
「王女殿下、申し訳ございません。でも、子供たちを守るためにはこうするしかないのです」
院長がそう言った瞬間、森の奥から黒づくめたちが姿を現した。
「しまった、罠か!」
「だろうな!」
オレたちはすぐに臨戦態勢をとる。とにかく王女殿下だけでも逃がすぞ、とオレたちは頷きあった。
殿下には指一本ふれさせまいと、敵を斬って、斬って、斬り捨てた。乱戦のさなか、クラウスの背後に敵が近づいていることに気が付いた。
「後ろだ!!」
オレの言葉で気が付いたのか、クラウスは振り返って敵を斬る。彼は「恩に着る」と短く礼を言った。
刺客をどんどん切り伏せ、立っている刺客が数えられるほどになってきたころ。「ぎゃあ!」という姉ちゃんのすごい叫び声が聞こえてきた。そちらを見れば、森の走りにくい地面に足を取られたのか、姉ちゃんが派手に転んでいた。
「シルビア!」
刺客は彼女の目の前に迫っていた。殿下が思わず足を止め、振り返ってしまう。絶体絶命、まさにその言葉が似合う時だった。
刺客の剣が振り下ろされた瞬間、ガキンと金属音がした。クラウスが持ち前のスピードを生かして敵の間合いに入り、姉ちゃんを守ったのだ。彼はそのまま斬り返すと、姉ちゃんに「大丈夫か?」と手を差し伸べた。姉ちゃんは「はい」と言って立ち上がろうとしたが、足をくじいてしまったのが、痛みに顔をしかめてうずくまった。
「すみません、足手まといです。置いていってください」
「それは出来ない。……イェルク、この人数だ。全員倒すぞ」
「おう」
オレは短く返事をして、殿下に「ここから動かないでください」とお願いをした。オレは彼女を守るように立ち、敵を見据える。
フェイントを仕掛け、見当違いの方向に攻撃してきた敵を斬る。だが、体勢が崩れてしまった。立てなおそうとする間に攻撃が飛んでくる。だが、攻撃が届く前に、敵は地面に倒れた。
「おい、油断をするな」
「サンキュー、助かった」
どうやらクラウスが倒してくれたらしい。そいつが最後の一人だったようで、辺りは静かになっていた。
「くっそー。美味しいところ持って行かれちゃったな」
「油断するからだろ」
クラウスはそう言って姉ちゃんに駆け寄ると、「失礼する」と言って彼女を抱き上げた。「お、下ろしてください!!」と慌てる姉ちゃんに対し、彼は「その怪我では動けないだろ」と答えて歩き始めた。俺は側にいた殿下の手を取って「参りましょう」とあとをついていく。
「ちょっとイェルク、助けてよ」
「ケガしてるんだろ。大人しく運ばれとけって。置いていけって言った罰ってことで」
「そうですよ。あなたはわたくしの大切な侍女ですから、自分を犠牲にしようなんてこと考えてはなりません。大人しく運ばれなさい。これは命令です」
殿下にまでそう言われ、姉ちゃんは不満そうに押し黙った。
◇
刺客を送ってきたのは平民を見下している貴族の派閥だったようだ。彼らは王族暗殺未遂の嫌疑をかけられ、首謀者は処刑、協力していた貴族は爵位の降格やはく奪、強制的な代替わりという処分に下された。
そして、クラウスは事件から数日後に姉ちゃんと付き合い始めた。
後日、騎士団の詰め所にて。クラウスは同僚に捕まり、彼女について質問攻めにされていた。
「おい、お前、彼女とどこまで行ったんだよ」
「シルビア、とか? この前は植物園に行ったが。シルビアは花が好きで、楽しそうに眺めていたぞ」
その言葉を聞いた俺は、思わずツッコんだ。
「……どこまで行ったって、そういう意味じゃねーよ!!!! あと仲睦まじそうで良かったな!!」
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