表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
この作品には 〔ガールズラブ要素〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

百合に挟まれた男

作者: Ruka

同性愛表現があります。


 何でこうなったんだっけ。


 目の前で床にへたりこんで寄り添う二人の頭頂部を眺めながら相川清志はぼんやりとそう思う。

 片方は清志の妻、相川花織。隣でずっとすんすん泣きじゃくっている花織の親友……いや浮気相手である富永結衣子の肩を抱いて周囲の、花織や結衣子の家族からの冷たい視線を受け流そうとじっと身を固くしている。いつも真っ直ぐだった背筋は丸く、ハキハキと言葉を発していた口は何度か小さく開閉を繰り返しながら不明瞭な音をぼそぼそ呟いている。

 愛していた妻の弱々しい姿に揺れ動く心はもう無く、清志は短く一度だけ溜息を吐いた。


 本当に、どうしてこうなってしまったのか。


 いくら過去を遡ったとしても仕方のない事なのに、清志は二年前花織と付き合い始めた頃のことを思い出した。


 花織と清志の出会いはSNS。

 清志が好きなマイナーバンドの話が出来る友人を探したことがきっかけだった。一人でライブに行くのは気ままで楽しかったが、それとして語れる相手は欲しい。そのバンドのSNSアカウントをフォローしている人の中からこれと思う人を探して出会ったのが花織だった。

 花織の方も周囲にそのバンドのファンはおらず、普段使いの日常用アカウントとは別に用意したそのアカウントに曲の感想をぽつぽつとSNSに流していた。その感想が清志の思ったことをそのまま書いたようで、清志は広い世界で数少ない同士を得たと喜んだ。すぐさま清志は花織のアカウントをフォローし、挨拶を送る。花織からもフォローと返事が返ってきて、二人はバンドの話で大いに盛り上がった。

 何回目かのやりとり中、せっかくだからバンドのライブに行こうと誘ったのは花織の方から。待ち合わせ場所、目印にバンドの物販で買ったキャップを被った清志に声をかけてきた花織は耳の下で切りそろえたさらさらの黒髪にキリッと上がった凛々しい瞳のボーイッシュな美人だった。背も清志よりは低いが女性の平均よりは高いだろう。一つ歳下の女性であるとは知っていたがまさかこんなに綺麗な人だとは思わなかったと、清志は最初こそ緊張していたが話し始めればSNSと変わらない。近すぎず遠すぎない距離感でライブハウスに入り、出てくる頃には二人はすっかり打ち解けていた。

 花織はライブに来れたことがよっぽど嬉しかったらしい。花織と知り合う前から清志は何度かライブに行っていたが疎らな人の中に花織はいなかった気がする。ただでさえ少ない人の中でさらに花織ほどの美人となれば目立ったろうに、てっきり最近になってファンになったのかと思っていたがファン歴で言えば清志より花織の方が長かった。晩ご飯も兼ねて居酒屋で話を聞けばハマってすぐにライブに行ったが行く度にナンパされて足が遠のいていたのだと。しつこい時は曲の合間にも声をかけられライブに全く集中出来なくて嫌だったと語る声は刺々しい。


「だから今日は本当に楽しかった。清志が隣にいてくれたおかげだよ、ありがとう」


 ニコッと効果音がつきそうな花織の笑顔に清志の頬に熱が集まる。それを誤魔化すように清志もお礼で返した。


「こちらこそ、花織さんのおかげでより曲の世界観に入り込めたよ。一緒に行こうって誘ってくれてありがとう」


 グラス同士のぶつかる音、店員のよく伸びる注文を通す声、酔っ払いの笑い……騒がしい店内で笑う二人の声は小さくてかき消されてもおかしくないのに互いの耳にはしっかり届く。駅の改札で花織と別れ、心地良い時間を自宅まで持ち帰った清志の心には花織への恋が確かに芽生えていた。

 その日から二人は同じバンドのファンから少し進んだ関係になる。バンド以外の話もするし、ライブ以外に二人で出かけることも増えた。清志が行きたくても断念していたパンケーキの店にも付き合ってくれ、幸せそうに生クリームを口の端につけた清志を花織微笑ましく眺める。そんな優しい眼差しにより花織への好意を清志は募らせていった。


「花織さんが好きだ。俺と付き合ってほしい」


 ある日の夕暮れ、駅までの帰り道にちょっとだけ寄り道をした公園で清志は花織に告白した。失敗すれば友達でもいられない。でもこの気持ちをずっと隠し通せるほど清志は自分が器用にも思えなかった。

 少しの沈黙。花織は僅かに目を見開いて驚いてから少し考え、答えを出した。


「こちらこそ、よろしくお願いするよ」


 清志の頭に言葉が届くまで十数秒、固まった体が大きくガッツポーズを決める。大げさな反応に吹き出す花織の顔も「やった、やった!」と喜ぶ清志の顔も夕暮れに赤く染まっていた。

 二十七年の清志の人生の中で最良の日と呼ぶに相応しいとこの時は本気で思っていた。


 二人の交際は順調だった……と言うより付き合う前とそこまで変わらなかった。たまに清志から「手を繋いでいい?」と了承を得て手を繋ぐことがある程度。恋人らしい接触はそれだけ。今どき中学生の方が進んでると思ってしまう。

 清志だって男だ。本当ならキスやその先だってしたい。ただ花織はそういう雰囲気に対してあまりいい反応をしない。過去にキスをしてもいいか訊ねた時もあまりに顔を暗くするから清志はすぐに言葉を撤回してしまった。

 もしかしたら花織はそういう性的な行為に何かトラウマがあるのかもしれない。ライブでもナンパされたことを嫌そうに語っていた様子はただ単にナンパがしつこいのが嫌だっただけではないのかも。そう考えれば無理にするのは気が引ける。お互いに気持ちがないのでは意味がない。そういうことが出来なくとも清志は花織を愛していた。

 そんな清志の花織を思う心に最初に陰りが出来たのは花織から紹介された富永結衣子の存在だった。

 たびたび花織から話してもらっていた結衣子と初めて会った清志の印象は可愛らしいの一言に尽きる。ふわふわとパーマのあてた長い髪はモカブラウンに染められよく似合っている。大きく少し垂れ目がちな瞳に白い肌、小柄な身長は思わず守ってあげたくなるようなか弱さを感じさせた。ぺこりと頭を下げ、挨拶する声も小さくて可愛い。

 にこやかに返事をしながら清志はこれは花織が過保護になるのも仕方のないかもなと心の中で考えていた。

 花織と結衣子は高校からの同級生ではじめはそんなに接点はなかった。その二人が親友にまで至った件は少し特殊で。別のクラスの女子から結衣子がいじめを受けたことがきっかけだった。いじめられた理由はその女子が好意を寄せている男子が結衣子を好きだったから。結衣子からしたらたまったものではない。クラスが違うとはいえその女子は学年としてもカーストが上であり友人を使って結衣子を無視したり、持ち物を隠したりと陰湿な攻撃をした。元々男子からの人気が高かった結衣子への不満は女子達の中で少なからずあったから同調する者も多かった。そこへ正義感の強かった花織が立ち向かい、結衣子を悪意から守った。最後は学校を巻き込んで騒ぎになり、主犯格であったその女子といじめに大きく関わったと判断されたその女子の友人数名は停学処分となり結衣子の為に戦った花織は一時は学校でヒーロー扱いだったらしい。

 だからこそ結衣子は花織に恩義を感じているし、今も揺るぎない信頼を向けている。花織もじっと一人でいじめに耐えていた結衣子の姿に尊敬を覚え、そんな彼女の力になれるなら何だってすると豪語するほど。

 二人の美談に清志はとても感動したし、愛する彼女の親友である結衣子とは良好な関係を築いていこうと思っていたから三人で出かけようという提案にも快く頷いていた。

 それが毎回でなければ、だが。

 最初の二、三回までは清志だって何も思わなかった。しかしそれ以上ともなれば多少は眉を顰めてしまう。毎回花織の隣に当たり前のようにいる結衣子にも、それを許している花織にもデートとは? と考えずにはいられない。思い出話に花を咲かせる二人をただ眺める疎外感はあまりいい気分ではない。

 女子の友情とはこうなのかとたまたま実家に帰った際にいた弟の彼女にぼかしながら聞いてみれば普通にありえないと言われた。余計な心配をかけてしまって申し訳なかったが、弟と弟の彼女から清志は悪くないと言われ清志は自分が狭量なわけでないと少しホッとした。

 何回目かで遂に我慢の限界にきた清志は花織にそれとなく、しかししっかりめに毎回結衣子がいるのは嫌だと伝える。花織は多少不満そうではあったが結衣子が嫌いなのではない、毎回なのが嫌だと説明すれば頷き謝ってくれた。結衣子からも花織を通じて謝罪をもらった。

 それで改善されたかと思ったが、むしろ少し質が悪くなったと少し後になってから清志は思った。花織と出かけると出かけ先で結衣子と会うことがあるのだ。頻度はまちまちだが決して少なくない回数。偶然と言うがそれにしては多くないかと思うし、会う度に花織か結衣子がせっかくなら一緒に遊ばないかと言うのだ。正直、清志からすれば嫌だったがそれを言えば花織は気分を害するだろう。そんな気持ちではデートを楽しめない。仕方なしにいつも清志は受け入れるしかなかった。

 花織と結衣子は少しお互いに依存しているのではないだろうか。二人が親友になった経緯からすれば分からなくはないが、それでももう社会人として何年か過ごした大人なのだからと清志は二人にぶつけられない不満に口を尖らせる。花織にとって自分は何なのかと投げやりな気持ちにもなった。

 付き合って一年目、記念日に花織からプロポーズされた清志の心を嬉しさより安堵が占める。花織にとって自分はきちんと一緒に人生を歩むパートナーとして想われていたのだ。最近は別れを意識しだしていた分、今までが報われた気持ちだった。

 交際中から何回か互いの家族とは会っていたから挨拶もつつがなく終わった。特に花織の家族は清志のことを大層に気に入っており大喜びで、花織の姉の香澄からも「妹をよろしく」と頭を下げられて萎縮しながらも照れながら清志は心の底から花織を守り、共に歩んでいく意志を強くした。

 結婚式は挙げずにフォトウェディングを行い、婚姻届を出してやっと結婚したと実感が湧く。結衣子からもお祝いを貰った。お似合いだと笑っていた。


 幸せだった。本当に。


 何であんな結末になったのか、この時の清志は想像もしていなかった。


 結婚生活は毎日新鮮で、手探りだった。交際中には同棲しなかったから、初めての家事分担に四苦八苦した。喧嘩もあった、でもそれを乗り越えて支え合える関係性を作っていた。少なくとも清志は本気でそう思っていたのに。

 結婚してからも相変わらず清志と花織の関係は清いままだった。花織から自分の気持ちが追いつくまで待って欲しいと言われたから。努力しようとしてくれているのだからと焦ることはない、自分は今のままだって大丈夫と花織に微笑んだ。とんだお人好しだった。

 結婚してから一年の記念日にちょっとした旅行を計画した。お互いに働いていて忙しいのもあって隣の県に一泊二日だけだが、それでもわくわくと清志の気持ちは昂る。その旅先で結衣子を見つけるまでは。

 何でここに? どうして? と疑問は尽きないがそんなに遠くでもない、たまたま遊びに来た先が被ることくらいある……なんて楽観さはさすがにない。花織が旅行のことを言ったのだろう。だからってその日に合わせてここまで来るのか。清志は結衣子にゾッと背筋が震えた。

 花織がせっかくだから結衣子も行こうと誘う。悪びれる様子もなく結衣子がいいのか問うてくる。首を横に振りたいのを我慢しながら清志は頷く。ここで断ったらせっかくの旅行が台無しだ。いや、もう台無しに近くはなっている。揉めるほどの気力が清志に残っていなかっただけだ。楽しかった気持ちが欠片も残ってない。

 新婚の間に入った結衣子の神経も疑うがそれを良しとする花織も何なんだろうか。文句を飲み込んではしゃぐ二人を見ないように過ごす。

 更に最悪なのはホテルまで一緒にであり、更に清志と花織のツインの部屋とシングルの結衣子の部屋を交換して欲しいと言われたこと。ツインに花織と結衣子、シングルに清志が泊まれと言うのだ。さすがにこれにはお人好しの清志も拒否をする。常識的に考えてくれと。しかし花織も譲らない。結衣子が相談があり、内容的に人目がない方がいいのだと。私しか頼れないのだと。結衣子もお願いしますと頭を下げる。さすがに清志もイラつきが抑えきれず、夫婦の会話に入ってくるなと言えば結衣子が涙をぽろっと零した。それを見て清志を花織がキッと睨んだ。

 妻からの敵意に清志の心は冷える。もうダメだな、と清志は覚悟を決めた。


「あぁ、分かったよ。好きにしてくれ」


 心とは裏腹に清志の声はひどく優しい響きを持っていた。


 離婚しよう。

 そう決めて旅行を終えた次の土曜日、清志は一度実家に帰っていた。家族に報告する為だ。一年での離婚に両親は驚いてはいたが反対はされなかった。弟は特に驚かず、むしろやっぱりかという顔で応援をしてくれる。離婚の応援とは少し複雑だが弟の優しさにささくれたった心に沁みた。

 離婚届は既に用意して清志の書く欄は埋めている。あとは花織と話し合ってからの花織の実家へ挨拶だ。そっちの方がかなり気は進まないが清志だってもう決めたのだ。理由は性格の不一致、としか言うしかない。花織の家族は本当に良い人達だったから、悲しませてしまうのは申し訳ない。尻込みしそうな気持ちを母親が作ってくれた好物で紛らわせる。懐かしい母の味は清志を大いに勇気づけた。

 翌日の日曜日、いつ離婚を切り出そうかと実家のベッドの上でごろごろと悩んでいたら花織の姉、香澄から連絡が来た。急いで家に来てくれ、と。普段の彼女とは違うただならぬ様子に不安を覚えながら花織と香澄の実家へ向かった。インターホンを鳴らし、出迎えてくれた香澄に促されたリビングでは修羅場が起きていた。

 床に座り込む花織と結衣子、二人を立って睨む花織の両親と初めて見る男女……歳は花織達の両親と同じくらいだろうか? そして清志より少し歳上そうな男性が険しい顔をしている。男性がこっちを見て頭を下げて自己紹介する。彼は結衣子の兄、富永伊央利で花織の両親と並んでいる男女は結衣子の両親だった。全員が深々と清志に頭を下げる。何があったのか分からない清志に香澄と伊央利が説明してくれた。

 発端は結衣子がこの前の旅行の土産を伊央利に渡したこと。それをたまたま来ていた伊央利の恋人が花織達が行った場所と同じだと指摘したのだ。伊央利の恋人は香澄と友人であり、香澄は妹夫婦が旅行に行くことを話していた。

 偶然だと思いたかったが伊央利が結衣子に強く聞けばすぐにボロを出した。最初は結衣子が勝手に待ち伏せていたと考えていたが話を聞くにつれ、元から花織が結衣子と合流する為に旅行の日程と行く場所を伝えていたのだと知る。あまりにもひどい計画にこれは花織にも話を聞くべきと伊央利は香澄に連絡を取った。しばらく待つと香澄から花織も喋ったと返事が来た。

 元々香澄も伊央利も花織と結衣子の共依存のような関係に何度か苦言を呈していた。仲がいいのはいいが限度がある。特に花織が結婚してからは、花織には夫である清志を大事にしてもらいたかったのに。

 それぞれの両親にも話を通し、花織と香澄の実家に二人を引っ張る。伊央利の恋人には謝って先に帰ってもらった。叱られた花織と結衣子は「何で分かってくれないの!?」と叫んだ。勢いのまま二人は親友という垣根を越えた関係を暴露していた。

 花織と結衣子は学生の時からこっそりと付き合っていたのだ。幼い頃から王子様という存在にずっと憧れを抱いていた結衣子は自分をいじめという悪から救ってくれた花織を自分の王子様と思った。花織もまた可愛く、誰より自分を頼りにし好意を寄せる結衣子を好ましく感じていた。


『彼女には自分しかいない』

 それが花織と結衣子、二人の共通認識だった。

 清志には理解出来なかった。同性愛がではない。なぜ自分と付き合い、結婚にまで至ったのかが。いや、本当はどこかで分かっていたのかもしれない。認めたくなかっただけで、花織達の距離感に違和感があったのは確かだった。


「あぁ、つまり俺は、隠れ蓑にされてたってことか」


 清志が一人言として呟いた音は暗い雰囲気のリビングに嫌に響いた。花織から否定の言葉は出ない。出るはずもない。

 もう既に花織の家族と結衣子の家族はそのことを本人達の口から聞いていた。

 花織は今までも自分達の関係を家族に怪しまれないように異性と交際したこと。交際相手とのデートで結衣子も誘っていたこと。最初は皆、結衣子がいても許してくれたが毎回になれば怒ったこと。花織は体の関係を交際相手とは絶対に持たなかったこと。そのせいで破局を繰り返していたこと。その中で清志は結衣子を強く邪険にせず、さらに花織を尊重して体を強引に求めることもなく……二人にとって都合のいい男だったこと。

 花織の姉、香澄が冷ややかな鋭い声を発する。


「最低ね」


 その言葉に花織がバッと顔を上げて噛みつく。


「何で分かってくれないの!? 私達はただ……愛した人が同性だっただけよっ!」


 結衣子もコクコク何度も頷く。リビングの温度がさらに下がった気がした。


「あんた達は何で皆がこんなに怒ってるか正しく理解してないでしょうね。同性で愛し合ったことが問題じゃないの。清志くんの優しさにつけ込んで彼を犠牲にしたことを皆許せないのよ。それが最低だって言ってるの」


 伊央利が続く。


「清志くんを見て謝罪すら出てこないほど自分達がひどいことをしてる自覚もないんだな。そんな卑怯者が愛だなんだと……笑わせてくれる」


 そこまで言われてやっと花織と結衣子は清志の方を向いた。話を聞きながらいつ怒りを爆発させようかとも思ったが、それ以上に二人のことが心底どうでもよくなっていた清志は何を言うか少し迷う。言わなければならないことはあった。ゆっくり口を開く。


「プロポーズは花織からだったよな。あの時期、正直別れを意識してたから花織から結婚しようって言われた時は本当に嬉しかったよ……今は受けたこと後悔してる。ただ俺を利用したかっただなんだろ?」


 花織に向けてカバンから取り出した離婚届を渡す。その紙の存在にも、既に清志の欄が書き終わってることにも驚いている花織に清志は失笑しそうになるのを何とか堪えた。香澄や伊央利が言っていたとおり、理解も自覚もなかったようだ。清志が全て許すほどお人好しだと思っていたのだろうか? 本当に、舐められていたんだなと実感する。


「もう全部俺達の関係を終わらせよう……いや、そもそも始まってすらいなかったよな。でもけじめはつけさせてくれ」


 清志の気持ちが固いものと伝わったのか、よろよろと立ち上がった花織が震える手で自分の書く欄を埋めていく。証人は香澄と伊央利がなってくれた。細かいことはまだあるが今はこれだけでいい。花織とはもう話すことはない。


「娘さんを幸せに出来ず、すみません」


 花織の両親と香澄に清志は頭を下げた。清志に責はないが、それでもこの結末を回避することはどこかで出来たのではと思わずにはいられなかった。三人とも清志の謝罪に首を横に振って何度も謝る。結衣子の両親も伊央利も同じほどに謝っていた。花織と結衣子は最後まで清志に何も言わず、これ以上は清志の出る幕はないからお暇させてもらった。


 後日談。清志と花織は無事に離婚が成立。財産分与は均等にしたが、花織の家族から慰謝料として少なくない額のお金を清志は貰った。はじめは受け取れないと断ったが、元々花織と清志の為に貯金していたものらしい。本格的な新婚旅行の足しや、もしかしたらやっぱり結婚式がしたくなるかもしれないしと考えていてくれたと知り清志はありがたいやら申し訳ないやらでいっぱいだった。けじめとして受け取って欲しいと頭を下げられれば清志はそれ以上何も言えず、お礼を言って受け取った。

 花織と共に過ごしたマンションは解約し、清志は職場近くに一人暮らしに良さげな部屋を借りてそこに住んでいる。家具もほぼ一新したのはおそらくではあるが、前のマンションには結衣子も出入りしていた可用性があるから。花織達の存在の一片でも自分の生活にあるのは嫌だった。おかげで清志の趣味で統一されて気持ちがいい。

 花織と結衣子だが、清志と花織の離婚後二人共家族からさらなる叱責を受けて二人でどこかへ行ってしまったそうだ。『探さないでください』の書き置きに最後まで子供みたいだったと香澄が愚痴っぽく報告してくれた。花織の家族も結衣子の家族も探すつもりはないらしい。反省をしていないならいつか痛い目にあうだろうと香澄も伊央利も他人事であった。もう完全に他人の清志もそう思う。二人が幸せになろうと不幸になろうと知らないし、知るつもりもない。


 愛の為ならきっと二人は何だって出来るだろうさ。

花織の家族や結衣子の家族は娘が同性愛者かもとは思っていた。カミングアウトされるの待ってたらこんなことになっちゃった。

清志はもう少しグイグイいってればこんな結末は迎えなかったけどグイグイいってたら花織から振られてたから別れは不可避。早いか遅いかの違いだけ。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ