38 アタシのことをちゃんと見て
その日、チュチュの実習の時間は、シエロと一緒だった。
シエロの弟子は4人。チュチュ、メンテ、リナリ、エマ。
今は、リナリがいないので、二人で実習をする時間も、いつもより早く回ってくる。
「やあっ」
今日はナイフを的に当てる訓練だ。
投げられた黒いナイフが、的にカン、と当たる。
まだ刺さることはないけれど、的に当たるだけ上達したというものだ。
「だんだん当たるようになってきた!」
「ははっ、すごいすごい」
振り返り、見上げたシエロは、思った以上に優しい顔をしていた。
「…………???」
なんだか、最近雰囲気が柔らかくなった気がする。
以前は、そんな嬉しそうな瞳は、あまり見ることがなかった。
どうして。
もしそれが、アタシと一緒に居るからだったら?
そうだったらどれだけ嬉しいだろう。
けど、もし、逆だったら。
もし、アタシが“好き”だと言わなくなったからだったら。
それで、居心地が良くなったからだったら?
どうしたら、いいの。
「先生は、的当てできるの?」
「できるよ」
こともなげに、返事が返ってくる。
そして、シエロは的の正面に立つと、左手の杖に力を込め、右手を前に差し出す。
「慈悲の女神」
シエロが唱えると、杖の上に魔法陣が輝き、弾けるように消える。
そしてシエロの手の中に、短剣よりは長く、剣よりは短い剣が収められた。
さほど振りかぶることもなく、そのまま真っ直ぐ的へ向かって剣を投げると、さくっと剣は的に刺さった。
「す……すごぉい……」
感心したチュチュがパチパチと手を叩く。
「だろう?」
シエロがにっこりと笑う。
いつもの笑顔。
けれど、そんな笑顔の中にも、優しい笑顔が混じる。
二人で歩く時も。
言葉を交わす時も。
顔を見上げた瞬間も。
「つっかれた疲れたぁ」
「その飛び跳ね具合は疲れた人間のする動きじゃないね。もうちょっと頑張ってもらってもよかったかな」
チュチュは、ぴょんこぴょんと飛び跳ね、シエロに向き直る。
「えっ、もう動けないよ?」
シエロが「ふふっ」と笑う。
ほら、勘違いじゃない。
そのまま、チュチュがシエロの腕に抱きついていく。
「次回は……」
けど、顔を上げた瞬間、見てしまった。
先生の、苦しそうな、顔。
なんで?
どうして?
「なんで……?」
思わず、呟く。
「え……?」
シエロが、しまったという顔をする。
腕を掴んだまま、チュチュが立ち止まった。
「なんで、そんな顔、するの」
「…………」
「触っただけで嫌な顔するくらいなら、嫌いだって言ってくれたらいいのに」
言葉が、溢れる。
こんなの、いけないのに。
「一緒に居る時に、優しい顔なんてされるから、アタシどうしても、諦められなくなっちゃって」
「…………!」
シエロが、手で顔を隠すようにして俯いた。
涙が、溢れる。
こんなの、困らせるだけだってわかってる。
「アタシ、節度ある生徒になる準備だって出来てる。困らせたいわけじゃないから!だから……、嫌なら嫌って言って。好きなら好きって言って」
涙が、ぼろぼろとこぼれる。
こんなのだめなのに。
「アタシと向き合って!アタシのこと、もっとちゃんと見て!!」
「ご…………めん……」
小さく聞こえた謝罪の声。
そんな言葉が聞きたかったんじゃない。
学園へ向かって一目散に駆け出した。
そのチュチュの後ろ姿を、シエロはただ見送るばかりだった。
さて、この二人はうまくいくのでしょうか……?




