106 結婚の申込み(1)
「婚約者です」
そんな風に何度目かの紹介をされる。
もちろん、パパの前でも。
「あ?」
パパは、こっちを見ると、不機嫌そうにそんな声を出した。
「…………」
無視するように沈黙した後、
「はぁ〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜」
と盛大なため息を吐いた。
盛大に嫌そうな顔をしているけれど、驚いた様子はない。
知っていたのか、こうなる事を予想していたのか。
……いずれにしろ、結婚の申込みをしてきたのは、シエロで間違いないようだ。
「まあ、うちも侯爵家だ。結婚せずにいられるわけがないだろうし。どうせなら好きな奴とくっついて欲しいと思ってたし?あの公爵を敵に回さなくていいのは結構なんだが」
そこでまた押し黙る。
じ……っとシエロを眺めると、
「なんでお前なんだ……」
と呟いた。
「アハハ……」
と、チュチュが苦笑した。
キリアンは、シエロが結婚の話を持ちかけてきた日のことを思い出す。
それは、しばらく前、この城の中でのことだった。
城の中で、シエロとすれ違う。
それは、それほど珍しいことではない。
あのクソガキが今よりずっと身長が小さかった頃から、城の中ですれ違うことがよくあった。
それは魔術学園が出来てからも同じで、予算だ活動計画だと、シエロは何かと城に姿を見せた。
いつもは黙って通り過ぎる白い魔術師。
そいつの様子がおかしかったのは、ついこの間のことだ。
いやに、沈んだ顔で、こっちをじっと眺めた。
「……?なんか用か?」
つい、声を掛けた。
返事は、予想外のもの。
「僕が……チュチュに結婚の申し込みをしても、いいかな」
一瞬、何を言われているのかわからず、まじまじとシエロの顔を見る。
「は?」
やっと出た声は、そんなものだった。
「誰と……誰が……」
「僕と……チュチュが」
「けっ……」
言いかけて、言い淀む。
「いやいやいやいや」
頭をブンブンと振る。
「まさか……」
今なら聞かなかったことに出来るんじゃないかとシエロの様子を窺う。
いやに、自我を失ったような表情だったので、仕方なく真面目に相手をすることにした。
「お前だったらとりあえず殴るかな。こっちは信頼して弟子入りさせてんのに、そんな目で見てるってことだろ。まあ、その後は……お前みたいな奴に正式に申し込まれたら、受けることも有るだろうが……。それも、チュチュの気持ち次第だな」
「…………」
茫然自失な顔をした、シエロが目に入る。
その日は、そこで終わった。
まさか本当にあのクソガキがチュチュの事を?
うちは侯爵家ではあるが、アイツに限って家同士の諍いに巻き込まれていることも無いだろう。
家名目当ても、金目当ても、名声目当ても。
その点では非常にクリアな人間ではある。
そこらの騎士だの貴族だのに捕まるよりは……。
いや……。
そんな事を何度も思い、キリアンの夜は更けていった。
さて、ここからはエピローグです。
ここまでこの学園のみんなのハッピーエンドを見守ってくれてどうもありがとう!
完結まであと少しです!