105 ラストシーン(6)
「……許せないんだ。それだけ好きだったから。先生のこと、大好きだったから」
「いいよ」
シエロが、チュチュの前に立ち上がる。
「キリアン・コンスタン侯爵の一人娘。チュチュリエ・コンスタン。二言はないんだね」
「うん……。もう決めたの」
もう、後には引けない。
引かない。
「そっか」
シエロは、少しだけ震える声をしていた。
「いいよ。それでも。今は」
「え?」
チュチュが、シエロの顔を見上げた。
「時間をくれてありがとう」
「え?」
「君を愛してる」
シエロが唱えると、シエロが左手に持っている杖の上に魔法陣が煌めき、弾けるように消える。
シエロの右手には、氷で出来たバラの花が、握られていた。
「これから、君が頷くまで、何年でも言い続けるよ。ひとまず結婚してしまえば、何十年でも言い続けられるからね」
「…………え?どういう……意味……」
目の前に立っているシエロが、ふにゃっと嬉しそうな顔を見せる。
「じゃあ、式はいつにしようか」
「え!!!???」
今度はチュチュが面食らう番だった。
「嘘……。だって…………」
だって。
まさか。
確かに、侯爵家が……そしてあのパパが、結婚の申し込みを断らないつもりでいる家なんて、たかが知れている。
王家か……、それに連なる公爵家か。
確かに、目の前のこの人は、シエロ・ロサ。
ロサ公爵家の人間だ。
けど、パパは家同士の正式な申し込みだって言ってた。
先生は、もうずっと家に帰ってなんかない。
アタシと結婚するために、家に帰って、公爵に嘆願するなんて、有り得ない。
有り得ない……。
チュチュは、まじまじとシエロの顔を見た。
シエロは見たこともない嬉しそうな顔で、にっこりと笑う。
アタシと???
結婚する為に……???
顔がかぁっと赤くなるのがわかった。
「こんなの……。ずるい」
「僕は流石に名前を伏せて結婚の申し込みなんてしないよ。それでもこうなったのは、もうチュチュとはそういう運命なんだろうね」
「もう先生なんて知らない!!!!」
ばっちん!!
目の前に差し出されていたバラが、またチュチュの手のひらによって氷のカケラにされてしまう。
チュチュは後ろを向いて、一人、ずんずんと城へ向かった。
ぷんすこぷんすこ、頭から蒸気が漏れ出て来そうだ。
「付いて来ないで!!」
それを早足で追いかけるシエロはこれ以上ないほどにこにことしている。
チュチュのスカートが城からの微かな灯りで輝く。
「可愛くて綺麗な僕の奥さん」
「まだ、奥さんじゃないから!!」
「まだ」
「………………」
「まず、国王陛下に報告に行きたいんだけどいいかな」
「いや!!」
「それから、ロサ公爵と」
「いや!!!」
「君のご両親に」
「アタシ、まだ受け入れてないから!!」
「けど、結婚はするんだろう?侯爵家のご令嬢に二言はないね」
「………………」
シエロが、何だか嬉しそうに「ふふっ」と笑った。
「先生なんてだいきらい!!」
ここがハッピーエンドだ!
この二人はあんまり甘くないですが、ここがハッピーエンドだという事で。