104 ラストシーン(5)
シエロは、捨てられた犬のような目でチュチュを見上げた。
「君を愛してる」
シエロが唱えると、左手に持った杖の上に、魔法陣が煌めき、弾けるように消える。
シエロの右手に、小さな水の渦が巻き起こり、霧散するように渦が消える。その手の中には、氷でできたバラの花が収まっていた。
シエロが、チュチュにバラを捧げる。
「…………!そんな言葉……ただの魔術名なんでしょ?そうでしょう……?」
「本当だよ」
ばっちん!!
その言葉に、過剰に反応して、差し出されたバラを、はたき落としてしまう。
カキン、と地面に落ちた氷のバラは、儚くも四散した。
「君を愛してる」
その瞬間、またシエロの杖の上に魔法陣が煌めき、弾けるように消えた。
また、シエロが氷のバラを差し出す。
「僕と、結婚してください」
その瞬間、チュチュの背筋がざわついて、まるでお湯が沸いた瞬間のポットのように顔が火照ったのがわかった。
「突然そんなこと言われたって……!!アタシもう、先生なんてきらいだから!!!」
ばっちん!
そんな自分を隠したくて、動揺しすぎて、またバラをはたき落とす。
カン、と繊細な音を立てて、バラが割れた。
「君を愛してる」
そしてまた、氷でできたバラが差し出された。
「う〜〜〜〜〜」
涙は止まらなくて。
こんな事言われたくなくて。
手は差し出したくなくて。
許したくなんてなくて。
けど、足は動かない。
「今は好きじゃなくても。僕にはもう君しかいないから、何年でも何十年でも言い続けるよ。……僕の人生には、女の子は君一人だけだから。もうずっと君しか見えない」
弱々しい声でそんな事を言って、シエロは自虐的な笑みを浮かべた。
「そ、そんなのアタシには関係ない!!アタシが恋人作ったらどうするの!!?」
「……そんなの関係ないよ」
「結婚とかしちゃうかも」
「その時は……、もう、言えなくなるのかな。けど、ずっと、君を想うことに変わりはないから」
「…………っ!ア、アタシにだって……、結婚の申し込みしてくれる人くらいいるんだから!!」
「へ???」
シエロが面食らった顔をした。
「アタシの家に、結婚の申し込みがあったの!」
「…………」
「決めた!!アタシ、その人と結婚する!!」
それは、試すような言葉だった。
そして、目の前の人を突き放すための言葉。
相手の顔なんて知らなかった。
つい今まで、結婚する気なんてなかった。
けど、もう、そんなことはどうでもいい。
こんなに綺麗な顔で、こんなにアタシのことを抉る言葉を言い続けるこの人が悪いんだから。
「……相手が、どんな人だか知ってるの?」
シエロの窺うような声が、耳に付き纏うように聞こえた。
アタシがあんなに傷付いたんだから、この人だって傷付けばいい。
「……知らない」
「……それがどんな人間でも、その人と結婚するの?」
「そうだよ。パパだって、基本的に断らないって言ってた。それがアタシが侯爵家に生まれた宿命なら、アタシはそれを受け入れる」
「そっか。そんなに僕が、嫌いなんだね」
シエロの金色の髪が、星が輝く空の下に揺れた。
シエロくんの魔術は別にこの日の為に作ったとかそんなわけじゃなく、魔術師の弟子三人組だった頃に冗談で作ったものです。