第9話 僕の向かう道
コンコンッ
居間でヨアヒムと今後のことについて話をしていると、ドアがノックされ、召使いのひとりが顔を出した。
「ヨアヒム様、ニクラス・クラーバル様がお見えですが」
僕は飲んでいた紅茶を噴き出した。
な、なんでここに弟が訪問してくるんだ?
しかしヨアヒムは冷静だ。
「ああ、先日のクロード・ベアの件でしょうね、多忙な父親の代わりに執務をこなしているのでしょう。適当にあしらっておきますので坊ちゃんはお気になさらず」
そういってヨアヒムは玄関へと向かった。
この部屋は玄関のエントランスから左に折れた廊下のすぐ先にある。
僕は扉を開け、こっそりと隙間から玄関の様子を覗いた。
「ようこそお越しくださいましたニクラス・クラーバル様、ご無沙汰しております」
「久しぶりだなヨアヒム」
開けられた玄関の扉の向こうから、不遜な態度を取るニクラスの声が聞こえる。
どことなくピリピリとした空気を感じる。
考えてみれば、ヨアヒムはニクラスにとって駄目な兄の存在を知る数少ない他人だ。
警戒していてもおかしくはない。
「先日、街に来た脅威を退けてくれたそうだな、多忙な父に代わり挨拶にきてやったぞ」
「それはそれは、お心遣い痛み入ります」
「これが父から預かった報奨金だ」
そういうと手のひらサイズの布袋をヨアヒムに投げてよこした。
「で、竜巻の魔法を使ったハルトムートという人物は、俺と同じような子供だったと聞いている。呼んで来い」
ヨアヒムはあまりの不躾な態度に軽くため息をつくと、笑顔で返答した。
「ニクラス様、その者は私の従兄弟でして、今は寝室でお休みになっております。御用があるのでしたら私が言付かっておきますが」
「いいから早く呼んで来い、魔法の勝負を挑むんだ!」
今にも屋敷に入ってきそうなニクラスをヨアヒムが身体を張って止めた。
「俺に触れるな、下級貴族の分際で無礼であろう!」
「ニクラス様、少し落ち着かれてはどうでしょう」
「ふんっ、どうせ竜巻の魔法なんて噂も、大きく尾ひれが付いただけだろうがな、だがこの街で俺以上の魔術師がいるなんて噂自体が気に食わないんだ。すぐに化けの皮をはがしてやる」
ニクラスはヨアヒムを押しのけて屋敷に入った。
「寝室はどこだ!」
そういってニクラスはこの部屋に向かって歩みを進めた。
片っ端から部屋を見て回るつもりか?
僕は慌てて扉から離れてソファの陰に隠れる。
ニクラスが扉の取っ手を掴もうとすると、ヨアヒムが半ば強引にそれを遮った。
「ニクラス様、いくら領主のご子息であろうと、他者の敷地に無断で入るのはいけません。あなたのお父様が聞いたらどんなに嘆かれることか……」
「うるさい!」
ニクラスは強引に扉を開けた。
ソファの影でより縮こまる僕。
「ニクラス様、あなたはここに公務でやってきたのでしょう。この行いはヘンリック・クラーバル様のご意思ということでよろしいのですな」
ヨアヒムは先程よりも強い口調でニクラスを非難した。
父の名を出されたニクラスは少し考えこむと、チッと舌打ちして玄関へ戻った。
「いいか、その従兄弟に言っておけ、目を覚ましたら俺の家に必ず来いとな!」
「承知いたしました」
「あとこれも言っておけ、この領地で大きな顔をするのはこのニクラス・クラーバルが許さないと。絶対だぞ!」
ニクラスは鼻息を荒くして帰って行った。
ふぅぅ、と大きく息をつくと、僕はソファにうつぶせに倒れこんだ。
「だ、そうですよ、坊ちゃん、聞こえてましたか?」
戻ってきたヨアヒムは僕の様を見てくすりと笑いながら言った。
僕は返事をする代わりに浮いた両足をバタつかせた。
そりゃもちろん、いつかあの生意気な弟の鼻をへし折ってやりたい。
だけどまだ聖魔術もひとつしか覚えていないし、弟に勝てるという保証もない。
そこまで考えて、僕はウィンディからもうひとつ魔法陣を教えてもらってたことを思い出した。
「僕、もっとこの力を使えるようになりたい」
もっと強くなって、誰からも蔑まれることがない自信を身に着けたい。
もうソファの陰に隠れることもないように。
「やはり先ほど話していた件、師匠とイリーネさんが買い物から戻ったら、相談しましょうか」
僕の中でひとつの決意が芽生え始めていた。
◇◆◇◆◇
「なるほど、いいんじゃないか?」
イリーネとモニカを交え、僕らは改めて応接室に集まっていた。
「ずっとこの屋敷に引きこもっているわけにもいかないだろう。この街を出ていくのには賛成だ」
「師匠、しかし坊ちゃんは外の世界に出てまだ数日しか経っていないんです。この街を出るだけならまだしも、各地を旅してまわるというのは心配で……」
そう、僕はまだ見ぬ聖魔獣の珠を探しに、各地にあるという聖地を巡りたいと考えていた。
「まあな、世間知らずなのは仕方がないとして、旅をするにはある程度の危険もあるからなぁ……そういえば旅をする資金はあるのか?」
「お金については、先ほどクラーバル家より頂いた報奨金でしばらくは大丈夫ですね」
モニカは僕の前に置いてある布袋をちらっと見た。
「イリーネさんはどう思います?」
ヨアヒムに声を掛けられ、ハッとするイリーネ。
「わ、私はどこへ行こうとアルノー様についていきますから……」
「まあ、イリーネさんがいれば、生活面では心配なさそうですね。ですが何の後ろ盾もなくふたりだけで旅に出るのはさすがに無謀すぎます。私がついていければいいのですが……」
ヨアヒムはどうしても僕が心配のようだ。
大丈夫だと胸を張れるだけの自信がないのが悲しい……。
「ん、そういえばアルノー、お前14歳になったと言っていたか?」
「はい、先日14歳になりましたけど……」
モニカの視線を感じて、僕は頷いた。
「よし、いい案を思い付いた」
そういってモニカはニンマリと笑みを浮かべた。
「そろそろ私も仕事に戻りたいと思っていたところだ。私と一緒に王都へ行かないか?」
「え、王都に……ですか?」
僕は驚いてモニカを見た。
いかがでしょうか。
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