第7話 黒い巨体
僕は魔法陣を描く手を途中で止め、ふたりの会話に耳を傾けた。
「あれだけ魔法を連発したのに、魔力があまり減っているように見えないな」
「そうですね、聖魔術は通常の魔法発動とは違い、魔力の消費がきわめて少ないのかもしれません」
言われてみればその通りだった。
すでに20回は魔法陣を描き続けているのに、僕自身はさほど疲れを感じていない。
魔法は魔力を消費して具現化するものとヨアヒムより習っている。
まだつむじ風を起こす程度の魔法だから、それほど負担はないのかもしれない。
なんにせよ、少しは意識をしておいたほうが良さそうだ。
「アルノー様、お疲れではないですか? 少し休みましょう」
僕が手を止めたのを見計らって、イリーネが僕のそばに駆け寄ってきた。
確かに夢中になって周りを見ていなかったが、全員ずっと立ちっぱなしだ。
僕はさほど疲れを感じていないが、ただ待っているイリーネも少し座って休んでもらったほうが良いな。
「そうだね、少し木陰で休もうかな」
僕は最後に描きかけの魔法陣を地面に描き切った。
ふわっと地面から風が沸き起こる。
あっ!と思った時にはもう遅かった。
目の間にいたイリーネのスカートが盛大にめくれ上がり、薄手の白い下着があらわになる。
「わ、わ、わ!」
慌ててスカートを抑えるイリーネ。
かわいらしい刺繍が施された下着と、シミひとつない美しい太ももが目に焼き付いてしまう。
はっと気付くとイリーネが顔を真っ赤にして僕を上目遣いで見ていた。
「み、見ましたか……?」
「う、うん、いや、あの……ごめん」
「いえ……その、こういうことは、あまり人のいるところでは……」
自分が何を言っているのか途中で気づき、徐々に声が小さくなっていく。
申し訳ない気持ちを感じつつ、そんなイリーネが微笑ましく、胸が温かくなる。
僕らは森の入り口付近へ移動し、木陰に腰かけた。
「きゃああぁぁ!」
不意に森の中から女性の悲鳴が響き渡った。
みんな一斉に森の奥へ視線を移す。
すると程なくしてラフな格好をした女性が木々の合間を縫って僕たちの前に転がるように飛び出てきた。
「お、おい、大丈夫か?」
モニカが今にも倒れそうな女性を抱きかかえる。
手足は傷だらけだが、命を脅かすほどの傷はなさそうだった。
「は、はやく自警団を……!」
その女性がそう言い終えるのと同時に、森の中から黒い巨体が姿を現した。
バキバキバキッ!
グオオオォォォォォォォ!!
体長3メートルはあるだろうか、黒い毛に覆われた巨体が2本脚で前かがみになりこちらを威嚇した。
「クロード・ベア!」
「あれは……ヤバそうだな」
以前、ヨアヒムの授業で出てきた狂暴化した熊の魔獣だ。
肥大した上半身から繰り出すパワーは一撃で大木をなぎ倒すと聞いた。
でも生息地は主に深い山奥のはずなのに、なぜこんな場所へ出たのだろうか。
「ヨアヒム、その女性を連れて街の中へ避難しろ。あと自警団へ連絡!」
「わかりました」
モニカが素早くヨアヒムに指示を出す。
ヨアヒムは傷だらけの女性を支えながら街の門へ向けてゆっくりと走り出した。
「アルノー、イリーネ、我々も逃げるぞ」
「は、はい」
こちらを威嚇する黒い巨体に注意しながら、僕らも走り出した。
クロード・ベアは4本足で追いかけてくる。
それほど足は速くないようだが、それでもじわじわとその差を詰められていく。
街の門まで数分の距離だが、このままでは追いつかれてしまうかもしれない。
「アルノー様、私が時間を稼ぎますので、先に街に入っててください!」
「え!?」
そういうとイリーネはザザッと急ブレーキをかけ、クロード・ベアと対峙した。
敵意が自分に向いたとわかると、イリーネは道を外れて草をかき分けて逃げていく。
「ちょ、ちょっと!」
僕とモニカは同時にブレーキをかけ、イリーネを追った。
確かにイリーネは僕に比べて抜群に運動神経が良い。
正直、僕が彼女を追っても足手まといにしかならないだろう。
しかしこんな状況で彼女を放っておくなんて絶対に出来なかった。
「意外と根性あるな、イリーネは……それに頭も良い!」
モニカが走りながら僕に言った。
「クロード・ベアは肥大した上半身とは逆に下半身は弱い。あのスピードで逃げれば捕まることはないかもな」
確かに縦横無尽に逃げるイリーネを見ていると、このまま逃げ切れるかもしれないと希望を持ってしまう。
しかしそんな不確定要素に彼女の命は賭けられない。
走りながら、クロード・ベアを撃退する方法はないか考える。
「モニカさん、さっきの聖魔術を、全力で出してみます。イリーネを、こちらに、誘導して、もらえませんか?」
息絶え絶えなりつつ、僕はモニカに伝えた。
もっと身体を鍛えておけばよかったと後悔する。
「いいぞ、私たちの命運をお前に託す、やれ」
そういってモニカはスピードを上げてイリーネを追っていった。
僕はその場に立ち止まり、周りになにも無いことを確認すると、木の棒を持ち、身体の中の魔力を高める。
遠くでイリーネとモニカがぐるっと周ってこちらへ走ってくる。
さっき、ウィンディは魔法の大きさはあなた次第と言っていた。
それなら僕の持てる力でせめてクロード・ベアを退散させてやりたい。
先ほどのそよ風では話にならない。
あの巨体を浮かせるほどの力を込める必要がある。
僕は身体の中に感じる熱い塊を放出するように、マークを描く手に力を込めた。
ドドドドドドド・・・!
クロード・ベアに追われながら2人が真っ直ぐこちらに近づいてくる。
「アルノー様あぁぁ!」
「アルノー! 任せたぞ!」
ふたりが僕の脇をすり抜けて走り去る。
クロード・ベアが間近に迫ったその時を見計らい、僕は地面に描いた魔法陣を完成させた。
「聖なるつむじ風!!」
突如、地面から突風が渦を巻いて出現する。
ふたりを守りたい一心で、込める魔力に制限は掛けなかったせいか、発生したつむじ風は僕の想像を遥かに超えていた。
いかがでしょうか。
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