第6話 初めての魔法
「そんな凄い聖魔獣の力が、坊ちゃんに……」
「これは当たりだったな。チッ、高額で売り付ければよかった」
「師匠、そこで商売っ気は出さないで下さいよ……」
残念がるモニカをよそに、僕は慌てて言った。
「いやでも、そんな街を滅ぼせる力なんて、僕には必要ないですよ……間違って使って大変なことになったら……」
これは僕の正直な気持ちだった。
自分のコントロールできる範囲の力なら欲しいが、いつ暴走して周りの人を傷つけるかわからない力なんて、怖くて使うことができない。
しかしモニカは僕の言葉に真剣な表情で答えた。
「アルノー、君はこれまでまともな人生を歩んでこなかったことは理解している。これまで君のいた場所は、図らずも平和だったんだろう。だがこれから外の世界で生きていくのなら、いずれ大きな力が必要になる。甘えたことは言ってられないぞ」
モニカはヨアヒムをチラッと見やり、続けて言った。
「制御できないと嘆くなら、出来るようになればいいじゃないか。魔法なんて所詮、使う者の意思次第だからな」
傍にいたヨアヒムが膝をついて僕に目線を合わせた。
「坊ちゃん、師匠は厳しい言い方をしていますが、間違ったことを言っているわけではありません。以前授業で扱った言葉を覚えていますか? 『大いなる力を持つ人には、大いなる責任が付きまとう』。魔力を持つ貴族は皆、それぞれ責任を感じているものです。坊ちゃんにもいずれ、理解できる日がきますよ」
イリーネもそれに続く。
「私はアルノー様をずっと見てきました。魔法の資質がないとわかっていても、14年間、決して諦めなかったじゃないですか。不安なら私を頼ってください、出来ることならなんでも協力しますから!」
みんなの言葉が胸に痛かった。
そうだ、僕は諦めの悪い子供だった。
クラーバル家でずっと蔑まれてきても、絶対魔法を使えるようになってやると頑張ってきたじゃないか。
「せっかく自由になったんですもの、これまでの嫌なことは忘れて、もっと楽しむことを頑張っていきませんか?」
イリーネは僕の目を見て微笑んだ。
見た目は可愛い少女なのに、母親のように感じる。
「そうだね……ごめん、弱気になっちゃだめだよね。僕はこの力を使えるようなって、クラーバル家に一泡吹かせたい……」
僕は自分の心に見切りをつけた。
この力を使って、もっと楽しくてハラハラするような人生を送りたい。
それに僕を蔑み、追放したクラーバル家を見返してやりたい。
これが僕の素直な気持ちだった。
「モニカさん、この聖魔獣ってどうやって使うんですか?」
改めて力の使い方を尋ねてみる。
「んー、この文献にはそこまで載ってないんだよな。さっきの聖魔獣を呼んで聞けばいいんじゃないか?」
なるほど、さっきの聖魔獣は会話も出来ていた。
僕は胸の奥にある力を感じつつ、先ほどの聖魔獣の名前を呼んだ。
「ウィンディ」
すると僕の目の前に風が巻き起こり、次第に人型に形成されていく。
「どうしたの? 何かお困り?」
先ほどと同じようにウィンディは顔の周りをふわふわと浮きながら僕に尋ねた。
「いや、聖魔獣と契約したのが初めてで……使い方を教えて欲しくて」
「きゃー、初々しくて可愛い! いいわ、お姉さんがなんでも教えてあげる♡」
僕らはヨアヒムの屋敷を出て開けた場所へ移動することになった。
街を壊滅させた話を聞いて、ヨアヒムが慌てて場所を移そうと提案したからだ。
まぁ家の中で試すのは心配だよね。
屋敷を出て高台を下り、商店街を背にしばらく道なりに進むと、次第に建物が減り、畑が多くなってきた。
その先にこの街を囲う石造りの塀が見えてくる。
門は開いたまま、衛兵の姿もなかった。
この街はあまり警戒する必要がないほど平和ということだろうか。
門を抜け、数分歩いた森の入り口辺りで、モニカは我慢できない素振りで声を上げた。
「そろそろこの辺でいいだろう、さ、早く見せてくれ」
僕は辺りに人がいないことを確認すると、改めてウィンディを呼び出した。
「ウィンディ」
「はいはーい!」
ノリが軽い……聖魔獣とはみんなこんな感じだろうか。
「で、君はどんなことが出来るの?」
「私は風を司る聖魔獣よ。あなたの力次第だけど……この森を丸裸にするくらいはできると思うわ」
ウィンディは先にある森を見てそう答えた。
「いやいやいや、そこまでする必要はないから」
慌ててその意思はないことを伝える。
本当にこの聖魔獣を暴走させないように制御できるようになるのかな。
そんな心配そうな僕を見て、ウィンディは僕の顔の前で首を傾げた。
「そんなに心配しなくても、私自身はなんにも出来ないわ。せいぜいこの花を揺らすだけで精一杯」
そういって近くにある一輪の花へ近づくと、軽く花びらを揺らした。
「聖魔獣はね、力を自ら使うことはできないの。あくまであなたのような聖魔獣使いに
力を貸す存在なのよ……だから私の力を有意義に使ってもらえると嬉しいわ」
「そうなんだ……」
少しホッとした。
僕がしっかりしていれば、少なくとも大惨事は防げそうだ。
「何か試しに君の力を借りてみたいんだけど、今の僕にも出来そうなものってあるかな」
「そうね、ちょっと目をつぶってくれる?」
僕は言う通りに目をつぶると、ウィンディは僕の額に息を吹きかけた。
それに合わせて僕の頭の中に風を現したようなマークが浮かぶ。
「これは……?」
「あなたの頭の中に風を起こす魔法陣を映したわ。それを描いてみて」
描く、といっても紙もペンも持っていない。
周りを見渡すとそばに木の枝が落ちているのを見つけた。
地面に描いてもいいのかな?
「どこに描いてもいいの?」
「ええ、軌跡を描くことが目的だから、線は残らなくてもいいのよ」
僕は、その辺に落ちている木の枝を拾い、まずは地面にそのマークを描いてみた。
描き終わると同時にそのマークからフワッと風が巻き起こる。
その風は小さなつむじ風となり、そのまま空中で消えていった。
「これが『聖なるつむじ風』、今のは小さい風だったけど、あなた次第でどこまでも大きくできるわ」
「おぉ、アルノー、これが聖魔獣の魔法か!」
モニカは興奮しながら成り行きを見守っている。
僕は繰り返し地面に『聖なるつむじ風』のマークを描いた。
描く毎にマークを大きくしたり、込める魔力を強くして、その反応を確認する。
段々とコツをつかんできた。
「ついでにもうひとつ、私の好きな魔法陣を教えてあげる」
そういうと頭の中に別のマークが浮かんだ。
先ほどと同様、一筆書きで描ける単純な模様だ。
「今の私ならこれが精いっぱい。それじゃまた何かあったら呼んでね」
そういうとウィンディは小さなつむじ風と共に消えた。
僕はふたつ目の魔方陣も気になったが、まずは『聖なるつむじ風』を制御できるよう練習した。
何度も地面にマークを描いては、大小さまざまなつむじ風を発生させる。
ふと視線を感じて横を見ると、モニカとヨアヒムが怪訝な表情で僕を見ていた。
いかがでしょうか。
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