第34話 テーベ村での異変
青白い光を放っていたのは、以前見たことのある長方形の水晶体だった。
高さは2メートルくらいだろうか、岩場に刺さっているように見える。
近づいてよく見ると、何やら文字のようなものが刻まれているが、僕には読めなかった。
「『タイガ』を見つけた時もこれと同じような水晶体が近くにあったんだ。やっぱりここが『聖地』で間違いないかも」
「じゃあこの近くに、聖魔獣の珠があるかもしれないんですね」
「探してみよう」
僕とイリーネは青白い光を頼りに周辺を探し回った。
だが特に目だったものはなく、祭壇のようなものも見当たらなかった。
「アルノー様ぁ、ちょっとこれを見てください~」
イリーネが奥に溜まっていた池を見ながら言った。
後ろからイリーネに近づき、肩越しに池をのぞき込む。
非常に透明度が高い水の中深くに、薄っすらと人工的な何かが見える。
「あれって、アルノー様が言っていた祭壇……ですかね」
「ホントだ……祭壇が水の中にあるのか」
祭壇の前には石櫃のようなものも見える。
前回と同じなら、あの石櫃の中に聖魔獣の珠があるのかもしれない。
でも水中じゃ僕にはどうしようもない。
「あの、アルノー様、少し向こうを向いていてもらえますか?」
イリーネが恥ずかしそうに言った。
僕は言われた通り、イリーネに背を向ける。
すると後ろからシュルシュルと衣服を脱ぐ音が聞こえた。
も、もしかしてイリーネ、この水の中に潜る気なのかな?
「え、えーと、イリーネ?」
「はい、もうこっち向いて大丈夫ですよ」
恐る恐る振り向くと、そこには水着を着たイリーネの姿があった。
「えへへ、砂浜に来るって言ってたので、中に着てきちゃいました」
そう言ってイリーネはペロっと舌を出した。
青白い光が揺らめく中、シミひとつないイリーネの肢体に目を奪われてしまう。
「あ、あの、あんまりいろんなとこを見ないでください。恥ずかしいので……」
「あ、ごめん……」
イリーネは屈んで池の水に触れた。
「ちょっと祭壇の様子を見てきますね。アルノー様は泳げないと思うので、待ってていただけますか?」
そう言ってバシャバシャと水の中に入っていく。
そして膝上ほどまで水に入った時点で振り返った。
「アルノー様、そこにいてくださいね。ひとりにされると少し怖いので……」
「うん、イリーネ、気を付けて。何かあったらすぐに飛び込むから」
イリーネは首をぶんぶんと横に振って、
「私、こう見えても泳ぐのは得意なんですよ?」
そう言ってバシャンと頭から飛び込んだ。
ゆらゆらと揺れる水面からイリーネが潜っていくのが見える。
イリーネは祭壇まで潜ると周囲を観察し、珠が落ちてないことを確認すると、石櫃の蓋に手を掛けた。
しかし開けることはできずにそのまま水面まで戻ってくる。
「ぷはっ、やっぱり珠は、石櫃の中、ですよね……」
「うん、水中であの石櫃のふたを開けるのは無理かなぁ」
「すいません、私の力では、開けるのは無理、でした……」
僕はイリーネが持っていたカバンの中からタオルを取り出し、上がってきたイリーネの肩に掛けた。
「あ、ありがとうございます!」
「無理させちゃってごめんね、ちょっとふたの開け方を考えてからまたこようか」
「はい、私も久しぶりに泳げて楽しかったです」
イリーネの着替えが済んでから、僕たちは洞穴を後にした。
◇◆◇◆◇
宿に着く頃には日も傾き、夕暮れ時を迎えていた。
「ふたりともおかえりなさい~、食事の準備が出来ているから食堂へどうぞ~」
帰ってきた僕たちに、シーラが声を掛けた。
案内されるまま食堂へ行くと、テーブルの上には様々な魚介類の創作料理が並んでいた。
それを見て目を輝かせるイリーネ。
魚介類が好きで泳ぎも上手い……イリーネって海が近いところの生まれなのかな?
そんなことを考えていると、憂鬱そうな表情のライナーがやってきた。
「あ、ライナーさん、すごくおいしそうな食事ですね」
「おう、そうやろそうやろ、食べたらもっと驚くぜ」
「あれ、でもシザ―クラブがない……」
目を輝かせていたイリーネが残念そうな表情をする。
それを見たライナーが両手を合わせて頭を下げた。
「すまん! シザ―クラブは在庫がないみたいなんだ。いつもは毎朝の漁でたくさん仕入れできるはずなのに」
それを聞いてイリーネはしょんぼりする。
イリーネがそこまで食べたいと思うシザ―クラブとはなんだろう……俄然興味が湧いてくる。
そこへ両手に皿を持ったライナーの母親が現れた。
「そうなんよ、ここ数日、地引網漁が失敗続きらしくてな、私らも困ってるんよ」
話を聞くと、前夜に仕掛けた地引網が翌朝、ズタズタに切り裂かれているという事態が数日にわたり続いているという。
「深夜に大きな魔獣らしきものを見たという人も出てきてね、冒険者ギルドに依頼を出そうとしてたところに、アンタらが帰ってきたんだよ」
「それで、俺に白羽の矢が当たったってわけさ、とほほ……」
ライナーは首をがっくりと落した。
「俺はまだ冒険者ランクEだぞ、手に負えない魔獣だったら逃げるからな」
「別に無理をしろなんて思ってないさね、解決出来たら依頼料も払ってやるから頑張りな」
そう言って母親はライナーの背中を叩き、視線を僕たちのほうへ移した。
「お客さんも冒険者なんだろう? 出来たらコイツを手伝ってやってくれないかね?」
「え、僕たちですか?」
急に話を振られて戸惑ってしまう。
「さすがに息子ひとりじゃ不安でね、この子は何かあるとすぐに逃げ出す子だから」
「ちょ、ちょっと待て母ちゃん、この人はまだシーラと同じ冒険者ランクFのビギナーだ。役に立たないって」
「アンタ、ランクがひとつ上だからって威張るんじゃないよ」
「アタッ」
母親がライナーの頭を小突く。
「もし解決してくれたら、新鮮なシザ―クラブを食べたいだけ振舞っちゃうよ」
「やります! ね、アルノー様、やりますよね?」
イリーネが目を輝かせながら僕を見た。
「う、うん……」
僕は頷くことしかできなかった。
いかがでしょうか。
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