第32話 旅立ちの日
「いよいよだな、アルノー」
僕とイリーネは、モニカと一緒に馬車で街の南門を目指していた。
そこから出ているという、冒険者ギルドが管轄する長距離馬車に乗るためだ。
昨日までの間、しばらくこの街には帰ってこれないことを想定し、イリーネと一緒に準備を進めてきたが、あっと言う間に今日という日を迎えた。
「地図は持ったか? 着替えは充分あるか? 旅費は足りるのか?」
モニカが親のように心配してくれる。
「ふふ、ありがとうございます、モニカさん。その辺は充分準備して、私のカバンに入っていますから」
イリーネが返答した。
「もうすぐ着きますよ」
馬車を操っていたローレンツが振り返って言った。
前方に都市を囲む大きな塀と巨大な門が迫ってきていた。
長距離馬車乗り場には既に複数の冒険者が群がっており、それを見送る者も含めて大変賑やかな雰囲気だ。
僕らは少し手前で馬車を降り、乗り場まで歩いて行った。
「モニカさん、長距離馬車ってあそこに止まっている豪華なやつですか?」
乗り場のすぐ先に、煌びやかな馬車が1台止まっていた。
周りには衛兵が何人も立っており、物々しい雰囲気を醸し出している。
冒険者ギルドはよほど儲かっているのかと考えていると、その馬車の扉が開き、中からヨアヒムが降りてきた。
「やあ、坊ちゃん、見送りに来ましたよ」
「あ、ヨアヒムさん、わざわざありがとうございます!」
「アルノー、我々も見送りに来たぞ」
脇を見るとオスヴァルド国王とアリシア王女が馬車から降りてきていた。
「え”、こ、国王陛下!?」
辺りが騒然となる。
そりゃそうだよね、公務でもなく街中に現れる国王なんて聞いたことがない。
「ついに出発か、まずは南にあるテーベに向かうそうだな」
「は、はい!」
「あそこは一度視察に行ったことがあるが、小さい漁村ながら活気にあふれた良い村だった。気を付けていってくるんだぞ」
「ありがとうございます、陛下」
「さあ、アリシアも伝えたいことがあるのだろう?」
国王に背中を押され、アリシアが一歩前に出た。
「あ、あの……無事に……帰ってきてください……待ってます」
それだけ言うと、アリシアは国王の背中に隠れてしまった。
「帰ってきましたら、王城までご挨拶に向かいますね」
僕は顔を隠すアリシアに向けてそう伝えた。
「さ、坊ちゃん、イリーネさん、馬車が出るようですよ」
ヨアヒムの言葉に従い、僕らは長距離馬車の扉を開けて乗り込んだ。
中にはふたり、冒険者らしき男女が乗っており、僕らを目を丸くしながら見つめていた。
「では皆さん、行ってきます!」
僕は見送りに来てくれたみんなに手を振った。
馬車はゆっくりと動き出し、大きな門をくぐって街の外へ出ていく。
僕とイリーネは門が閉じるまで、ずっと手を振り続けていた。
◇◆◇◆◇
馬車は街道沿いをひたすら進んでいく。
離れていく街を見て少ししんみりとしていると、相乗りとなった冒険者のひとりが話しかけてきた。
「あ、アンタ、一体……何者だ?」
「え?」
見るとふたりの冒険者のうち、皮で出来た胸当てを着た青年が僕を指さしていた。
茶色い短髪に狐のような細い目、鼻の頭には数センチの傷があり、やんちゃな少年をイメージさせる。
でも背丈を見る限り、僕よりも遥かに年上だ。
「兄貴、やめてやれよ……国王自ら見送りに来る奴だよ。関わらないほうがいいって」
もう一人の女性が声を掛けた。
この青年の妹だろうか、明るい髪を左右で縛り、こちらも細い目で僕を値踏みしているように見つめている。
年齢は20歳くらいだろうか。
「だってよ、普通じゃないぞ、国王の知り合いならこんな馬車に乗るはずないし、気になるだろ?」
「まあ、な」
ふたりして僕のリアクションを観察している。
「おふたりは兄妹なんですか?」
イリーネが逆に質問した。
「え? ああ、俺はライナー、出稼ぎ冒険者だ。こいつは妹のシーラ」
「こいつ言うな。アタシも立派な冒険者だよ、経験はまだ少ないけどね」
「俺たちはテーベの村から定期的に出稼ぎに来てるんだ。村には冒険者ギルドがないからな、依頼を受けるために王都へ行き来しているというわけさ」
そう言ってライナーは頭の後ろで手を組み、背もたれに寄りかかった。
「そうなんですね、私はイリーネと申します、こちらにいるアルノー様の専属メイドです」
「い、イリーネ……いや、メイドじゃなくて」
僕は慌てて訂正した。
「専属のメイドってお前、やっぱり王家の血筋の者なのか!?」
ふたりは椅子から落ちるようにして床にひれ伏した。
「ちち、違います! 僕も先日、冒険者の資格を取ったばかりのビギナーです……」
そう言って僕は取得したばかりの冒険者証を見せた。
ふたりはそれをまじまじと見ると、
「なーんだ、びっくりさせるなよ……」
と、胸を撫で下ろしながら椅子に座り直した。
「まぁ偉い貴族様が冒険者になる必要なんてないもんな、ちょっと焦ったぜ」
「あははは……」
僕は笑ってごまかし、話題を変えようとテーベという村について尋ねた。
「テーベか? 小さくて何もない村だよ。俺たちにとっては大事な故郷だけどな」
「海沿いの村だから、海産物なら豊富にある。良かったらうちの宿に泊まりなよ、部屋は狭いけどご飯は評判いいんだ」
そう言ってシーラはニコッと笑った。
「海産物……もしかしてシザークラブが獲れたりします?」
イリーネが『海産物』というワードに食いついた。
「お嬢ちゃん、よく知ってるね。この時期はシザークラブが大量発生するからな」
「アルノー様、是非この方たちの宿に行きましょう!」
「う、うん……」
いつもと違うイリーネの迫力に、思わず返事をしてしまう。
「あっはっは、2名様ご案内~!」
「うちは露天風呂もあるからな、好きなだけゆっくりしていけ」
「「露天風呂!?」」
僕とイリーネは同時に声を上げた。
いかがでしょうか。
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