第3話 召使いと家庭教師
イリーネがクラーバル家を解雇されたと聞き、僕は驚いて彼女の顔を凝視した。
しかし彼女は僕の顔をきょとんとした表情で見つめ返した。
「え、そんなにおかしいですか? アルノー様がいないお屋敷で働く意味なんてないですよ?」
「う、うん……ありがとう……」
彼女はクラーバル家に配属されてすぐ僕の世話係になったはずだ。
僕を親身に支えてくれたのも、彼女の優しいその性格からだろう。
「それに、ずっと前から何度もニクラス様に言い寄られていて……もう断るのも面倒なので辞めてきちゃいました」
ニクラスの悔しがる顔が目に浮かぶ。
僕は心の中でガッツポーズを取った。
「昨日も言いましたが、これからもアルノー様のお世話をさせて頂きます。どんなことでもお言いつけくださいね」
そう言ってイリーネは右手を胸に当て、少し首を傾げて微笑んだ。
その優しい心遣いと僕を見るあどけない顔に、僕の胸は高鳴ってしまう。
言葉が出ずにあわあわしていると、再び扉の向こうからノックする音が聞こえた。
コンコンッ
「イリーネさん、こちらでよろしいですか?」
「あ、早かったですね、どうぞ入ってください!」
扉が開いて現れたのは、僕が良く知る最後の人物だった。
「ヨアヒムさん!」
「坊ちゃん! お元気そうで何よりです」
「ふふ、昨夜、屋敷に帰る前にヨアヒム様に事情をお知らせしてきたのです」
ヨアヒムは僕が物心ついた頃からの魔法の家庭教師だ。
とはいえ僕の境遇を哀れみ、魔法の授業以外にもこの世界の常識や情勢等、世の中のありとあらゆる知見を教えてくれた。
また暇を持て余していた僕のために毎回大量の本を持ってきてくれた。
僕が地下にいながら様々な知識を身につけられたのは、彼のおかげだ。
年齢は30歳前後だろうか、背が高く、茶色い短髪にいかにもモテそうなすっきりとした顔立ち。
今日はいつものローブ姿ではなく、上下とも奇麗なスーツを着ていた。
「イリーネさんに事情を聞いてびっくりしました。せっかく次回の授業のために準備を進めてきてたのに……」
ヨアヒムは残念そうに言った。
「それにしても、ひどい話ですね。実の息子を地下へ幽閉することも普通じゃありませんが、着の身着のまま実家から追放するなんて……いつか魔法が使えるようになって、正式に認められることを目指していたのに、本当に残念です」
「うん……でもそれは、僕に魔力が備わってなかったことが原因だから、ね」
「坊ちゃんの優しいそのお心が、お父様に似なくて本当に良かったですね」
ヨアヒムはハンカチを目に当ててヨヨヨと泣いた。
いつも通りの場を和まそうとする反応に僕は少し安心した。
「さて、今日は次の授業の準備が出来たことをお知らせしに参ったのです」
ヨアヒムは何事もなかったかのように僕に言った。
「え、授業って、もう僕は……」
「まあまあ、せっかく準備出来たんですから、是非受けてくださいよ。家を追放されたとしても、坊ちゃんが私の可愛い教え子であることは変わらないんですから。今度の授業で絶対、魔法が使えるようになりますよ!」
毎回言っている文句は置いといて、その気持ちは素直にうれしい。
今度こそ魔法を使えるようになり、彼の気持ちに応えたい自分がいる。
「わかりました、お願いします!」
「では、荷物をまとめましょう!」
僕たち3人は宿屋から出て、彼の案内に沿って街の中を移動することになった。
商店街を抜け、人通りがまばらになった頃、ヨアヒムは歩きながら僕に話しかけてきた。
「坊ちゃん、この街には何人の住民がいるか、覚えていますか?」
以前学んだことの復習だ。
ヨアヒムはこうやって唐突に試験のような問題を出すことがある。
「えーと、1200人……だったかな」
「正解です。ではこの街の産業は何でしょう」
「農業と採掘業、農業は主に麦と果物が中心」
「お見事ですね、よく覚えてらっしゃる」
ヨアヒムは嬉しそうだ。
「ではこの街に爵位を持つ家はいくつあるでしょう」
道なりに少し高台のほうへ登っていくと、街の全景が見えるようになってきた。
街の中心を大通りが貫き、そこから繋がる広場では多くの人が賑わっていた。
少し離れた位置に、今まで幽閉されていたクラーバル家の屋敷も見える。
「えーと、10もなかったと思ったけど……」
気を取り直して、問題に答える。
細かくは覚えていないが、それほど多くはなかったはず。
「そうですね、正確には8になります。そのうちのひとつがここです」
ヨアヒムはひとつの屋敷の門の前で立ち止まった。
高台の上に位置したその屋敷は、それほど大きくはないが花に囲まれた上品な佇まいだった。
庭には噴水があり、花壇には美しい蝶が舞い踊っている。
「わぁ、素敵なお屋敷……」
イリーネがその光景に見とれていると、ヨアヒムは門の前に立っていた衛兵に声を掛けた。
衛兵は軽く敬礼をして門を開く。
「いつか、坊ちゃんを招待出来たらって考えてたんです。ようこそ、キースリング家へ」
「え、ここヨアヒムさんのお屋敷なんですか?」
イリーネは目をキラキラ輝かせながらヨアヒムを見た。
「改めて、この屋敷の主、ヨアヒム・キースリングと申します。今日からアルノー様には住み込みで授業を、イリーネさんはアルノー様のお世話をお願いしたいと思っています。部屋は充分あるから、好きに使っていいですよ」
そういってヨアヒムは僕たちを屋敷の中へ招き入れた。
そうか、この人も魔法を使えるんだから、爵位を持っているんだ。
彼は、住む場所もお金も持っていない僕に気を遣わせないよう、授業の名目で招待してくれたのだ。
「師匠、お連れしました!」
ヨアヒムは屋敷に入ると、大きな声で2階に向けて発声した。
僕たちも恐る恐る屋敷へ足を踏み入れる。
中は広めのエントランスがあり、中央に大きな階段、左右に廊下が伸びている。
床には奇麗な絨毯が敷かれ、派手さはないがどこも清潔で気品を感じる。
「坊ちゃん、以前、よく見る夢の話を聞かせて頂いたのを覚えていますか?」
「え、うん、魔法の授業の時に何度か話したね」
何年か前から、僕は同じような夢を定期的に見るようになった。
僕が光り輝く魔獣のようなものを操って、闇に覆われた敵をやっつける夢だ。
その魔獣も敵の姿も良く見えないが、かっこよく戦う姿に強い憧れを抱いていた。
「その夢の話を私の師匠に話してみたんです。そうしたら是非、坊ちゃんに会いたいと言って昨日、王都からこちらへ到着したんですよ」
ヨアヒムはそこまで話して視線を上げた。
2階からひとりの少女がゆっくりと階段を下りてくる。
背丈は僕と同じくらいだろうか、奇麗な青い髪で片目を隠し、唇の左端から八重歯が見え隠れしている。
ウェーブがかった肩下までの後ろ髪に、黒いマント、中は白いフリルの付いたワイシャツのようなものを着ていた。
「待ってたよ、君がクラーバル家の長男、アルノーだね」
「は、はい!」
見知らぬ人から声を掛けられる経験がほとんどないため、緊張で身体がこわばってしまう。
正確にはもう長男ではないけど。
「あはは、そんなに固くなるな、リラックスしとけ。私はモニカ・エーベルヴァイン、王都の魔法管理局に所属する研究者だ」
「坊ちゃん、彼女はこんな見た目でも魔力研究の第一人者です。今日は改めて坊ちゃんの魔法適性を見極めて頂こうと思いまして」
モニカはヨアヒムの横っ腹に鋭い突きを入れた。
「うぐっ」
「背丈のことは言うな、こう見えても20歳は超えている」
僕は驚いて彼女の顔を凝視した。
いかがでしょうか。
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