第29話 審査に合格する
初めて出す聖魔術は、具体的な効果がわからない分、少し緊張する。
『獅子躁妓の理』は、これまでの聖魔術とは違い、自分自身に効果を及ぼすものだ。
『お前の身体能力が高まる技だ。ワシのように消えるほど速くなることはないが、人間の限界は超えられるかもしれんな』
タイガの言葉を信じるなら、普段よりも俊敏に動けるようになるのだろう。
どんなことができるのか、ワクワクとドキドキが入り混じったような感覚で、僕は身体に起こる変化に身をゆだねた。
ゴウッ!
僕の脇を球が凄い勢いで通り過ぎて行った。
身体に変化が起きた兆しはない。
「ちっ、外したか。どんどん行くぞ!」
再び指導員が球を持って振りかぶる。
慌てて横に回避するが、僕の動きは別段普段と変わらなかった。
え、聖魔術が発動していない?
ビュンッ!
顔目がけて飛んできた球を身をかがめてやり過ごす。
何か発動条件があるのだろうか。
僕は次々に飛んでくる球をギリギリのところで交わしていった。
早く聖魔術を発動させないと、このままじゃいつか球に当たって怪我をするだけだ。
「なかなかしぶといな、少し本気を出すぞ」
そう言って指導員はふたつの球を両手で鷲掴みにして構えた。
ヤバイ。
一発でもギリギリなのに、ふたつ同時に投げられたら避けられない。
「これでどうだ!」
指導員が球を投げる瞬間、僕は今まで以上に魔力を集中させた。
すると急に指導員の動きがゆっくりになる。
「え?」
何かの冗談かと思ったが、手から離れた球まで空中をゆっくり進んでいる。
今まで感じた速さのおよそ半分くらいだろうか。
これなら簡単に避けられそうだ。
僕はゆっくり進む球に触れないよう、ふたつの球をやり過ごした。
通り過ぎた球は後方の壁に当たり、バァンと大きな音を立てた。
「なんだと!?」
僕が必要最小限の身体の動きでふたつの球を避けたことに、指導員は驚きを隠せないようだ。
躍起になった指導員は、再び球をふたつ掴むと、全力で僕に投げつけた。
僕は再びその球を身体をひねって回避する。
なるほど、意識を集中することで身体中の感覚が超スピードに対応できるようになるのかな。
投げつけられる球を避けながら、僕は『獅子躁妓の理』のコツを掴んでいった。
「よし、練習はこのくらいでいいだろう」
投げるのをやめた指導員が、肩で息をしながら言った。
「次からがいよいよ本番だ、辞退するなら今のうちだぞ」
そう言って後方で他の冒険者の相手をしていたふたりの指導員を呼び出した。
指導を中断された冒険者も何事かとこちらに注目している。
よく見ると、受付で談笑していた冒険者たちも扉からこちらの様子を伺っていた。
思わぬ観客の登場に少し緊張する。
「実は、本番はわれら指導員3人で行う決まりなんだ。前後左右から飛んでくる球を避けられるかな?」
追加されたふたりの指導員は、僕の斜め後方へ配置に着いた。
皆それぞれ球の入った籠を用意している。
単純に今までの3倍の球の量が、死角から飛んでくるということになる。
「言っておくが、これまでこのフォーメーションを逃げ切った冒険者はいない。本当に辞退する気はないのか?」
それじゃ今まで冒険者として登録出来た人たちはどうやって合格したんだと突っ込みたくなるのを我慢する。
この人、これが審査だってこと忘れてない?
「お願いします」
僕の言葉に指導員はやれやれといった表情をし、
「怪我をしても恨むなよ、君のためだからな」
そう言って球を持って構えた。
球が手から離れる前に魔力を集中させる。
死角からくる球をどうやって避けようか少し迷ったが、実際にやってみるとそう大変なことでもなかった。
常に周りを確認しながらバラバラに飛んでくる球を避ける。
「まじかよコイツ!」
追加されたふたりの指導員も、僕の動きに驚いているようだ。
思いがけず僕が奇麗に避けるため、3人の指導員は一斉に僕の足元を狙って球を投げた。
仕方なく僕はそれを真上に飛んで避ける。
すると僕の身体は予想に反し、4メートル以上も飛び上がり、ゆっくりと着地した。
ジャンプ力も常人以上になっているようだ。
僕は嬉しさ半面、しまったと思った。
同時に指導員がにやりと嫌な笑みを浮かべた。
「お前の身体能力の高さはよくわかった。だがこれで終わりだ!」
指導員は目で合図を交わし合うと、3人一斉に僕の足元を狙って球を投げた。
僕は先ほどと同じくジャンプして球を交わす。
「そこだあ!」
僕が頂点に差し掛かるのを見極め、3人の指導員はもうひとつの球を空中にいる僕目がけて放った。
さすがに空中では避ける術はない。
と、思っているんだろう。
僕は冷静に左手の甲に魔法陣を描き、その左手を身体の内側から外側に向けて薙ぎ払った。
「聖なるつむじ風」
僕の左手から風が巻き起こり、飛んでくる球の軌道が変わる。
3つの球は風に巻かれて、天井や壁に弾かれた。
「うお!」
球が僕に当たることを確信していたんだろう、指導員は3人とも呆然と宙にいる僕を見つめていた。
床に降り立った僕は、口をあんぐりと開けている指導員に聞いてみた。
「あの、この審査って、いつまで続くんですか?」
「あ、ああ、いや、そうだな」
指導員は少し考え込むと、僕の目を見て言った。
「君は合格だ。その年でなんという身体能力だ、君なら魔獣に襲われても逃げることができるだろう」
「ありがとうございます!」
様子を見ていた冒険者たちが、パチパチと僕に拍手を送ってくれた。
僕は照れながら、指導員に連れられて受付まで移動することになった。
扉をくぐる際、見物していた冒険者が僕に話しかけてくる。
「すごいな君は。最後に使ったの、あれ、風の魔法だろう?」
その言葉を聞いて、ロビーがざわめいた。
いかがでしょうか。
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