第27話 それぞれの思惑
「アルノー、そなたの世話係を勧誘して申し訳ないが、そなたが旅に出るのであれば、その間、イリーネ殿に宮廷で働いてもらいたいのだ」
急な提案に僕はびっくりした。
イリーネが、僕の元を離れる?
「あ、あの、私には……それほどの価値はありませんし、それに……」
そう言ってイリーネは僕のほうを見た。
「アルノー様が旅をされるのであれば、私もついていきたいと考えてます……」
「ふむ、アルノー、そなたの意見はどうだ?」
「ぼ、僕はまだひとりで生活するのは無理です! イリーネがいないと死んでしまいます……」
僕の必死な物言いに、国王は声を上げて笑った。
「ははは、そうだったな、そなたはまだ外の世界に出て日が浅いんだった。聖魔獣を操るそなたを見て、立派な大人と勘違いした、許せ」
「陛下、あまり先を急がれても、彼らを困惑させるだけですよ。坊ちゃんには聖魔獣を手に入れて成し遂げたい目的がありますから、まずはそれを見届けるのがよろしいかと」
ヨアヒムがそう言って僕に片目をつぶって合図した。
きっとクラーバル家の復讐のことを言っているに違いない。
ひとまずイリーネと離れることは無くなったようで、僕はほっと胸をなでおろした。
イリーネも安堵の表情を浮かべている。
するとオスヴァルド国王は柔らかな表情で僕とイリーネを見た。
「しかし冗談で言ったわけではないぞ。イリーネ殿には是非とも私のもとで働いて欲しいし、アルノーも娘婿としていつか招き入れたいと思っている。まだその時期ではないようだがな」
僕たちはふたりで恐縮した。
「アルノー、ひとつだけ約束してくれ。そなたは今後、いろんな方面へ『聖地』を探して旅をするのだろう。その際はこの国を拠点とし、必ず私のもとへ帰ってきて欲しい。そのために必要なことがあれば、この国の王として出来る限り協力しよう」
一国の王様にここまで言わせて、断ることなんてできるわけがない。
僕は席を立ち、その場に膝をついて頭を下げた。
「み、身に余る光栄です、陛下。必ずこの国へ戻ってくることをお約束いたします」
「うむ、新しい聖魔獣を見るのを楽しみにしているぞ」
程なくして会食はお開きとなり、僕らはモニカ邸へ送り届けられた。
盛りだくさんな1日だった……。
◇◆◇◆◇
ある日のクラーバル家。
魔法試験に不合格となり、屋敷に戻ったニクラスは、恐る恐る父、ヘンリックが待つ部屋へ向かった。
コンコン
「入れ」
ヘンリックの静かな声が聞こえた。
ニクラスは幼少の頃から、父親の冷めた声は怒りを秘めていることを知っていた。
ゆっくりと扉を開け、中に入る。
「…………」
部屋に入っても父はなにも語っては来なかった。
ただニクラスの目をじっと見つめているだけだ。
その目が全てを見透かしているようで、恐れを抱いてしまう。
「あ、アルノーのやつ、まさか魔力を手に入れてるなんて……」
視線に耐え切れず、ニクラスは声を出した。
「つ、次は絶対にアルノーに勝って見せる! だから……」
「次? 次とはいつだニクラス」
父の問いに言葉を失うニクラス。
「いつでも次のチャンスがあると思うな。お前は魔力だけは人一倍あるくせに、醜態をさらして無様にまだ吠えるというのか。どうやらお前の育て方を間違ったようだ」
「ぱ、パパ……」
本気で怒っている父に気付き、ニクラスは驚愕した。
「お前のせいで私の爵位が脅かされたらどう責任を取るつもりだ?」
「こ、今度の試験は絶対に受かるよ! そうしたらパパの後を継いで……」
「お前に私の仕事を継ぐのは無理だ。魔法試験とは魔力を見る以前に、人としての適性を見ている。お前は幼稚な考えで私の権力を振りかざし、我がクラーバルの名前を失墜させた、それだけは断じて許せることではない」
ニクラスは何も言えなかった。
「いいか、偉いのは私だ、お前ではない。身の程をわきまえろ」
悔しさのあまりぽろぽろと涙をこぼすニクラス。
しかし彼はその悔しさを反省ではなく、アルノーへの怒りに変換させていた。
「アルノーは地下室にいた頃から魔力を身に着けていたかもしれない。彼は魔法試験で大きく株を上げたことだろう。彼が私の嫡男であることを世間に浸透させなければ」
そう言ってヘンリックは机から紙を取り出し、その上にペンを走らせた。
「何をしているニクラス、もうお前に用はない。部屋から出て行くんだ」
歯を食いしばりながらニクラスは部屋を出た。
そして玄関に向かいながらぶつぶつと独り言をつぶやく。
「パパは騙されているんだ。アルノーに! あいつがいなくなれば、きっと優しいパパに戻ってくれる! はやく、はやくなんとかしないと!」
ニクラスは鬼のような形相をしながら、クラーバル家の屋敷を出て行った。
◇◆◇◆◇
翌日の朝。
僕は珍しくひとりで目が覚めた。
いつも起こしてくれるイリーネの姿がない。
昨日、国王よりいろいろな提案を受け、イリーネも混乱しているのかもしれない。
僕はなんとなく身体のだるさを感じながら、着替えをして1階へ降りて行った。
「あ、アルノー様! もう起床の時間でしたか!? 起こしに行けず申し訳ありません!」
イリーネは朝食の皿をテーブルに置くと、ペコリとお辞儀をした。
「ううん、大丈夫だよ。でも昨日いろいろあったからかな、まだ疲れが取れてないみたいだ」
「え、大丈夫ですか!?」
そう言ってイリーネは前髪を上げると、自分のおでこを僕のおでこにコツンと当てた。
唐突に迫ったイリーネの顔に僕は固まってしまう。
顔にかかるイリーネの吐息に、理性を保つのが精いっぱいだった。
「あああ、熱がありますよアルノー様! 今、お薬を……」
イリーネがあたふたして戸棚から薬の瓶を取り出した。
「はい、これを飲んで今日はゆっくりしましょうか」
「う、うん、ありがとう……」
僕は熱の原因がイリーネのせいだとは言い出せなかった。
いかがでしょうか。
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