表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

2/40

第2話 外の世界


「さて、どうしようかな……」


 勢いで歩き出したはいいけど、なんのプランもなかった。

 それに生まれてからずっと引きこもっていた自分にとって、街で人と接することに激しく抵抗がある。

 僕がこの14年間で接してきた人物は、父と弟、世話係のメイド、そして僕の家庭教師の4人だけだ。

 家庭教師には親切にいろいろと教わることが出来たが、知識だけで経験のない僕には、外の世界は恐怖でしかなかった。


「とにかく、今日のご飯と寝る場所だけでも確保しないと……」


 そう独りごちながら道なりに歩いていくと、曲がり角の先に人の気配を感じた。

 思わず近くの塀に身体を向け気配を押し殺してしまう。

 この道沿いにはクラーバル家の屋敷しかなかったため、誰も来ないだろうと少し油断していた。

 角を曲がった人物は、僕の存在に気付くとぴたりと足を止めた。

 僕の後ろ姿をじっと眺めている気配がする。


 ドサッ


 音にびっくりして振り返ると、その人物が地面に荷物を落とした音だった。


「ア、アルノー様ああぁぁ??? ど、どうしたんですか?、そ、外ですよここ!?」


 聞きなじみのある声。

 顔を見ると、僕の世話をしてくれていた専属のメイドだった。

 買い物帰りなのか、地面に野菜や果物が散らばっている。


「あ、イリーネ……うん、おかえり」

「い、いや、おかえりじゃなくてですね……ど、どうして外にいるんですか!?」


 イリーネは僕より年上の17歳、腰まで伸びる長い黒髪を縛り、透き通るような澄んだ瞳とその幼い顔立ちで、僕より年上には見えない。

 世話好きが祟ったのか、父に僕の世話係を押し付けられてしまったが、彼女はそれを苦も無く笑顔でこなしてくれていた。

 僕にとって唯一信頼できる人物だった。


「えーとね……」


 僕は先ほど屋敷の中であったことについて説明した。

 最初は真剣に聞いていたイリーネだが、途中から涙をぽろぽろと流しながら感情をあらわにしていた。


「なんてひどいことを……旦那様も心の中ではアルノー様のことを家族の一員と考えてくださっているのかと思っていたのに……」

「うん、僕には普通の家族というのがどういうものかわからないけど……でも僕にとって一番の家族はイリーネだよ」


 イリーネは、はっとした顔で僕を見た。

 涙を拭きながら、興奮したからか顔が少し赤い。


「アルノー様、私に任せてください。これからの生活についても今まで通り、私がお世話させて頂きます!」

「え、でも、僕はもう屋敷には……」

「はい、あんな屋敷にはもう戻らなくていいです! 私の人脈を駆使してアルノー様には不自由させません!」

「あ、ありがたいけど……本当にいいの?」

「はい! ひとまず、今日の宿を確保しましょう。今後についてはそこでゆっくり話しましょう」


 そういうとイリーネは凄い勢いで屋敷へ戻ると、買い物袋を置いて再び僕の元へ戻ってきた。

 そのままイリーネの案内で、街の中心部にある宿へ向かう。

 僕が彼女の陰に隠れつつも、宿についてからイリーネは宿泊の手配を全て済ませ、程なくして2階の部屋に通された。

 部屋の中はさほど広くはないが、大きめのベッドに机と洋服ダンスがあり、窓からは商店街の様子が一望できた。

 僕は初めての経験にドキドキしながら、見るもの全てに対して興味津々だった。


「アルノー様、ひとまず今夜はこちらでお休みになってください。また明日のお昼頃、お迎えに上がりますね」

「ありがとう、イリーネはどうするの?」

「私は屋敷での仕事が残ってますから……それとも、私も一緒にいたほうが……いい、ですか?」


 少し上目遣いのイリーネにドキッとしてしまう。


「い、いや、ひとりで平気だよ。孤独には慣れてるから……ははっ」


 自虐ネタで鼓動の高鳴りをごまかそうとするが、イリーネはむしろ泣きそうな顔をして僕の手を取った。


「アルノー様はもう孤独ではありません。これから先、可能な限り私がアルノー様の自立をお助けいたします!」

「あ、ありがとう」


 イリーネは扉の前で一礼すると、部屋を出ていった。

 再びひとりになったが、屋敷の地下にいた時とは違い、街の喧騒が程よく聞こえてくる。

 部屋の中をよく見ると、机の上に紙袋が置かれており、中にはパンと飲み物が入っていた。

 『アルノー様の夕飯』とメモが入っている。

 きっと一度屋敷に帰った後、慌てて厨房からかき集めてきてくれたんだろう。

 本当によく気が利いている。


「イリーネには頭が上がらないな」


 僕はパンを食べると、ふっくらとしたベッドで横になった。

 これから僕はどうするべきなのか。

 それを考える間もなく、僕は深い眠りについた。



◇◆◇◆◇


 次の日、僕はカーテンから洩れる日の光を浴びて目を覚ました。

 見慣れない部屋の景色に一瞬混乱するが、すぐに状況を思い出した。

 そうだ、僕は屋敷を追い出され、これから自由に生きていくんだ。

 ベッドから降りてテーブルの水筒で喉を潤すと、扉からノックする音が聞こえた。


 コンコンッ


「アルノー様、お目覚めでしょうか」


 扉が開いてイリーネが顔を出した。

 

「うん、起きてるよ。こんな気持ちよく起きたのは初めてかも」

「それは良かったです!」


 イリーネはいつものメイド服とは違い、白いブラウスに薄緑のスカート、長い黒髪を後ろで結い、手には大きいカバンを持って現れた。

 これまで見なかった姿に見惚れて言葉をなくしてしまう。


「えーと、その恰好、どうしたの?」


 つたない語彙でなんとかそれだけ伝える。

 するとイリーネはその場でくるっと一回転し、僕を見ていった。


「どうですこれ、ずっとアルノー様に見せようと思ってたんですけど、機会がなくて……」


 彼女はこれまで、地下での生活で僕の気が滅入らないよう、無理な注文でも聞き入れてくれていた。

 その一環で僕は、彼女にメイド服以外の服を見てみたいとリクエストしたことがあったのだ。

 もうすっかり忘れていたが、彼女は覚えてくれていたようだ。


「でも、僕の世話をするのに、汚れやすい服は着れないって……」

「ええ、でももう関係なくなっちゃいました」


 彼女はニッコリと微笑んだ。


「本日をもって私、イリーネはクラーバル家の召使いを解雇されましたので」

「えええええ!!」


 今度はこっちが驚かされた。


いかがでしょうか。

一部でもこの物語が良いと思われましたら、「ブックマーク」や「評価」を是非ともお願いいたします!(評価は広告下の【☆☆☆☆☆】をクリックすることで行えます!)


本作品を最後まで楽しんで頂けるよう、全力で頑張りますので、是非ともよろしくお願いいたします!

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ