第17話 暴走するニクラス
「さぁ今、救護班がニクラスの様子を確認しに行きます!」
実況中継の声が会場に響き渡った。
できれば立ち上がらないで欲しい。
が、正直これで恨みを晴らしたとは思っていない。
もっと彼に恥をかかせ、貴族として没落へのきっかけを作ってやりたいというのが正直なところだった。
「それにしてもハルトムートの平手打ちの威力たるや凄まじいですね。只今入った情報によりますと、彼は『風』を操る魔力を持っているとのことです! なんということでしょう、ここにも『自然系統』の魔力特性を持つものがいたとは! 本日見に来たお客様はラッキーですね!」
会場から割れんばかりの拍手が沸き起こる。
「ちなみに本日行われた筆記試験では、ニクラスが100点中88点と大健闘! 更にハルトムートは史上初の100点満点を取っております! これほどの逸材は過去いなかったかもしれません! 青田買いなら今しかないですよ!」
会場の盛り上がりはピークに達している。
こんなところで試験の点数を公表されるとは思わず、僕は少し照れてしまった。
いいぞ、いいぞー!
マスクを取って素顔を見せてー!
俺のパーティに入れー!
娘を嫁にどうだー!
様々な歓声が上がり、そのたびに会場は笑い声に包まれた。
僕は少し緊張感を削がれながらも、ニクラスの埋まった瓦礫の山から目を離さなかった。
すると唐突にガラガラと瓦礫が崩れ、中からニクラスが姿を現す。
「うるさああああい!!」
近寄る救護班を押しのけ、血走った目で僕を見る。
「よくも……よくもよくもよくも! 僕をぶったな! パパにもぶたれたことないのに! お前だけは、絶対に許さない!!」
怒りで周りが見えてないのか、瓦礫に躓いて派手に転ぶニクラス。
ドッと会場が沸く。
救護班が助け起こそうとするが、ニクラスは腕を振り回してそれを制止した。
「俺に触るな! 俺は怒ってるんだ! 本当だぞ!」
だんだんと語彙力がなくなっていくニクラスを見ると、本当に頭にきているのがわかる。
「おおっと、ニクラスはダメージを受けているものの、まだ試験を続行するようです! さあこれからどんな展開が待ち受けているのか!」
「俺を怒らせたこと、後悔させてやる!」
そういうとニクラスは身体の前で両手のこぶしを合わせ、ぶつぶつと呪文を唱え始めた。
彼の身体から漏れ出る魔力が陽炎のように揺らぎながら、会場の中央、頭上高くに集まっていく。
その魔力の塊は緩やかに大きくなっていき、次第に透明な揺らぎから赤黒い色合いへ変化していった。
それにつれ、近くにいた運営スタッフの動きが慌ただしくなってくる。
「お、おい、魔力値が想定を大きく上回っているぞ。魔法障壁が耐えられないかもしれん」
「誰かニクラスを止めにいけ、このままだと大惨事になるぞ」
スタッフのひとりがニクラスの元へ走る。
頭上に浮かんだ魔力の塊は、次第に炎を帯びて熱を発し始めていた。
観覧席もざわつき始める。
「えーっと、ニクラスの魔力がとんでもないことになっております! 障壁は大丈夫なのでしょうか。只今スタッフが確認をしておりますので、少々お待ちを!」
実況のお姉さんもこの成り行きに心配を覗かせる。
「ニクラス、魔力を集め過ぎだ! 今すぐ中止しなさい!」
運営スタッフのひとりがニクラスの肩を叩いた。
「うるさい! 俺の邪魔をするなああああ!」
振り向きざまにニクラスは炎の魔力に包まれた手でスタッフの顔を殴りつけた。
「うああああ!」
そのスタッフは炎に包まれ、地面を転げまわる。
「こ、これは危険です! ニクラスは見境がなくなっている模様です! 皆さん今すぐ避難したほうがいいかもしれません!」
観覧席がざわめきだすと、ニクラスはニヤリと笑みを浮かべた。
「俺を怒らせたら怖いんだぞ、ハルトムート! 俺はお前なんかより実力は上だあ!」
ニクラスのセリフと同時に頭上の塊にひびが入り始めた。
そういえば魔力の本で読んだことがある。
炎の属性魔法に『降り注ぐ炎の刃』という魔法があった。
魔力で空高くに巨大な炎の玉を作り、それを破裂させて炎のかけらが広範囲に降り注ぐといった魔法だ。
頭上の塊は本の内容に比べたら小さいが、魔力が凝縮されている分、危険かもしれない。
僕は咄嗟に走り、ニクラスに詰め寄った。
「ニクラス! 早く魔法を止めるんだ、じゃないと観客にも被害が……」
「うるさい! 観客なんて知ったことか! おまえを倒すためなら手段は選ばない!」
ニクラスが振り回した腕が僕の顔をかすめる。
「うっ」
思わず数歩後ずさった。
かろうじて直撃は避けたが、こぶしが触れたこめかみ辺りにじりじりとした熱さを感じる。
ニクラス自体が熱を発しているのか、容易には近づくことができない。
その時、炎の塊からひとつの欠片が弾き出され、魔法障壁を破り観覧席を直撃した。
途端に会場内がざわめく。
他に手はないか必死で考えるが、頭上の塊が発する光と熱が原因となり、地面に色濃く出る影を見て、僕は覚悟を決めた。
「モニカさん、約束破るけど許して」
「くらえ、ハルトムート! 降り注ぐ炎の刃!」
塊が一瞬小さく収縮し、それに伴い大きくひびが入る。
僕は魔力を込めると、頭上の塊を見据えて空中にマークを描いた。
「漆黒の空間!」
塊がはじけ飛ぶのと同時だった。
僕の生み出した黒い球状の空間が、塊を中心に闘技場の半分以上を暗闇で覆う。
これは賭けだった。
が、僕に出来ることはもうこれしか思い浮かばなかった。
いかがでしょうか。
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