第12話 もうひとつの珠
試験の受付を済ませた次の日、僕は改めて聖魔術の修行を行うことにした。
ローレンツに人が少ない開けた場所を教えてもらい、改めてウィンディを呼び出す。
「ウィンディ」
「はーい!」
待ってましたと言わんばかりに、そよ風と共に現れるウィンディ。
「どう、私の力、役に立ってる?」
「あ、うん、君ってすごい聖魔獣なんだね」
僕はクロード・ベアを吹き飛ばした話をウィンディに語った。
彼女は嬉しそうに宙をくるくるとまわった。
「それで、今日はもうひとつのほうの魔法陣を試してみようと思うんだけど……これってどういう力なの?」
「『鈍風の塊』ね、言うより出したほうが早いわ。右手で左手のひらに魔法陣を描いてみて」
僕は言われるままに右手の人差し指で左手のひらに魔法陣を描いた。
すると左手のひらの上に風が吹き、空気の塊のようなものが出来上がった。
が、少し空気が揺らいでいるだけで、見た目はほとんど何もないに等しい。
目を凝らしながら観察すると、手のひらをすっぽりと覆うような、お皿のように薄い風の塊だった。
右手で触れてみると弾力があり、強い力も押し返されてしまう。
「ね、簡単でしょ? 『鈍風の塊』はいろんなものをはじき返す盾のようなものなの。強い力を受けるほど、弾き返す力も強くなるわ」
僕は試しに落ちていた小石を空中へ放り投げると、左手のひらでそれを受け止めてみた。
すると小石は大して力を入れていないにもかかわらず、ぽよんと空高く跳ねた。
なるほど、これは物理攻撃に対して非常に有効かもしれない。
「ちなみに魔法攻撃は弾き返したりはできないけど、手を守りながら触ることならできるわ。覚えておくと便利かも。じゃあね」
そう言うとウィンディは風となって消えた。
前回もそうだったけど、もしかしたら聖魔獣はあまり長い時間、呼び出したままにはできないのかもしれない。
次に呼び出したときに確認してみようか。
その後、僕は黙々と『鈍風の塊』を練習し、暗くなる前に屋敷に戻った。
◇◆◇◆◇
「おかえりなさい!」
屋敷に戻ると、イリーネが僕を出迎えてくれた。
「ちょうどご飯が出来たところですよ」
「あ、ありがとう……って、イリーネが夕飯を作ってくれたの?」
「はい! と言ってもローレンツさんに半分以上手伝ってもらいましたけどね、さ、みんなで一緒に食べましょう!」
僕はイリーネに背中を押されるまま食堂へ向かった。
食堂に入るとテーブルの上に所狭しと料理が並んでいた。
こんな豪勢な料理は今まで見たことがないと感激していると、テーブルの向こうで突っ伏しているモニカの姿を見つけた。
「も、モニカさん! 帰られていたんですね!」
モニカはもそもそとゆっくり身を起こした。
「ああ、昨日無理やり拉致されてから徹夜で仕事をしていたよ……さすがに疲れた」
「皆さん、揃いましたね、それでは夕食に致しましょう」
ローレンツさんが僕らを席へ誘導し、グラスに飲み物を注いだ。
テーブルの上に並んだ料理はどれも美味で、これまで食べたことがないものばかりだった。
貴族は毎日こんな美味しいものを食べているのかと少し嫉妬してしまう。
とはいえ、地下に幽閉されていた時も食事はイリーネが作ってくれていたため、特にまずいと感じたことはなかったけど。
「そういえばアルノー、魔法試験の受付を済ませたそうだな」
「はい、次回はいつもより人数が少ないと聞いたので、受けることにしました」
「そうか、私も気になって情報を調べてみたんだ。そうしたら面白いことがわかってね」
そう言ってモニカは懐から折り畳まれた紙を取り出し、僕に投げてよこした。
広げてみると、それは次回の試験参加者の一覧表だった。
「私も魔法管理局の役職者だからな、こういった情報はすぐに調べがつく。見てみな、君の知っている名前があるぞ」
ぎょっとして僕は参加者の名前を順に見た。
そこには『ニクラス・クラーバル』の名前が記載されていた。
「え、え、え!? なんで弟の名前が……!?」
「彼は最近、13歳になったばかりだそうだな。この魔法試験の受験資格は13歳からだ。いち早く免許を取得して、他の貴族へけん制する家もたまにいる。ま、クラーバル家の考えそうなことだ」
僕は完全に食事の手が止まり、紙を見て呆然としていた。
「なんだアルノー、何か心配事でもあるのか?」
「い、いえ……せっかく街を離れたのに、こんなに早く顔を合わせることになるとは思わなくて」
「心配するな、ニクラスが大きな魔力を持っているといっても、お前の聖魔術と比べたら親子ほども差がある。仮に戦うことになってもお前が負けることはないよ」
「そうですよアルノー様、あんなイロガキ、吹っ飛ばしちゃってください!」
そうは言っても……。
どうしても過去を思い出して、ニクラスに対して委縮してしまう自分がいる。
「まぁ、魔力で勝っていても気持ちで負けてたら勝敗なんてわからないからな、アルノーの不安もわからんでもない。というわけでこいつをお前に託す」
そう言ってモニカはマーブル模様の珠を机の上に置いた。
身に覚えのある珠だ。
「え、それって、聖魔獣の珠……ですよね?」
イリーネが珠をまじまじと見つめながら言った。
「ああ、いつかアルノーに高額で売り付けてやろうと思ってたんだが、今はアルノーが大人として成長するほうが大切だ。こいつがどんな聖魔獣かはわからんが、これを使役して過去の憂いをぶっ飛ばしてこい」
モニカが力強くこぶしを握る。
この人は希少なものを僕に譲ってまで、僕の成長を助けてくれている。
僕の心の枷であるクラーバル家の重みをひとつ、晴らすチャンスがやってきたんだ。
ここでニクラスを超えることができれば、気持ちの面で大人に近づけるのかもしれない。
「ありがとうございます、モニカさん、ありがたくこの珠を使わせて頂きます!」
「ああ、召喚するときは私にも見せてくれよ」
試験まであと6日しかない。
明日から早速、新しい聖魔獣を使役できるようにしなければ。
僕ははやる気持ちを抑え、目の前のローストビーフにかぶりついた。
いかがでしょうか。
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