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2話

彼女はニヤけた表情を隠すつもりも無いのだろう、唖然としている俺を余所にその場でくるりと回り、しなを作ってはドヤ顔で更にもう一度俺のことを見下してくる。混乱しきりの俺には彼女の意図が全く読めず、ただ時間だけが過ぎていく。


「おい、なんぞ気の利いたセリフの一つも言えんのかキサマは?」


沈黙に焦れた彼女の方から催促が掛かる。

場の空気感に困惑しつつも何とか言葉を捻りだす。


「き、綺麗な髪の色ですね」


潮風にふわりと靡くロングウェーブは全体が淡い青灰色をしているのだが、先端が触手になっている房だけは途中から薄紅色に染まっていくようだ。それだけでなく、複雑に波打つ髪は日の光を浴びることで時折虹色に変化しているようにも見える。アニメだと表現するのが面倒な色彩設計だと思うのは無粋の極みだろう。


「妾の髪が特別に美しいのは当然。そもそも妾は存在全てが至高であるのだから髪だけを褒めるというのは些かセンスに欠けると言いたいところじゃが……ま、及第点じゃな」


やれやれと言わんばかりに肩を竦めるが、俺の返答は彼女の機嫌を損ねるものではなかったようだ。

どう見ても彼女は気難しい性格をしている。事情は全く呑み込めていないが下手を打たないように気を付けた方が良さそうだ。

気を取り直して周囲を見渡すが見覚えのない海と砂浜が広がっている。強いて言えば和歌山あたりだろうか。


「ここは一体どこなんだ」

「知らん」


俺の独り言に憮然とした態度で少女が答える。

初対面のはずなのに距離感が近い、おそらく人間ではないであろう彼女に俺はどう接すれば正解なのか。


「えっと、その、君の名前って――」


かける言葉を探していたら波の穏やかだった浜辺に突如として勢いよく幾条もの水柱が伸びる。

顔にグロテスクな魚を張り付けた男――ではなく、全身が鱗に覆われた魚面の二足歩行生物が槍を携えて海から飛び出してきたのだ。その数は四体。こちらを半円状に包囲するようにして迫ってくる。


「ふん、『半魚人マーマン』風情が何をしに妾の前に姿を現したのだ!疾くこの場より去れ!」


少女は厳しい口調で異形の生物に一方的な命令を突き付ける。

威風堂々とした立ち振る舞いだが言葉が通じているのかどうか。彼らの表情からは全く窺えない。

しかし、掲げた槍の穂先がこちらを捉えている以上、彼らの態度からはこの場を去ろうという意思は一切見受けられない。


「……妾の命令が聞けんと言うのか。まったく近頃の若い魔物は……おい、召喚主サマナー!妾の下僕としてキサマに命じる、この魚面の馬鹿たちの首を刎ねて大海原のあぶくの粒へと返してやれ!!」

「えぇっ!?」


突然の話題提供があまりにも物騒過ぎて思わず隣にいた彼女に振り返る。


「キサマもキサマで何故、妾の前で情けない面を晒しておるのだ!」

「いやいやいや、良く分からん化物が武装して四人でこちらを囲んでいるんだぞ!素手で素人の俺が何をどうやってもどうにか出来る相手じゃないだろ!?」

「えーい、いちいち取り乱す出ないわ見苦しい!!キサマが童貞だろうが素人だろうが、ようは召喚主サマナーとして己の力を行使すれば良いのじゃ!」


先ほどの光景がフラッシュバックすると共に記憶が鮮明になる。

……そうだ、カードに封じられた力を行使する才能が俺にはあるらしい。本当に神々の権能すらも収めたカードがあり、それらの力を引き出すことが出来るのだとすれば、異形の怪物が相手でも勝機は十分にあるのかもしれない。


「だが、肝心のカードを俺は一枚も持っていないぞ」

「……そのスマホの中に『初期デッキ』があるのじゃろう。それを使えば良い」


呆れた様子を微塵も隠そうとしない彼女だが的確な助言を与えてくれる。

確かに、チュートリアルで選んだ初期デッキは既に所持しているはずだ。

ファストフード店からずっと握りしめていたらしいスマホに視線を落とす。アプリで手に入れた彼女ダゴンが実体として存在しているならこの中に納まっているはずの初期デッキのカードも、そして、そのカードに封じられた力を使役することもできる――今まで生きてきた常識に照らし合わせれば非現実的な発想、しかし、今は実感としてそこにある彼女の存在が現実とは何かを雄弁に物語っている。


「ドロー」


緊張で生唾を飲み下して、脳裏に思い浮かぶままに呪文を唱える。

呪文によってスマホから飛び出したカードが俺の周囲に漂い宙を舞う。

その中の一枚を掴み取るとまた新たな呪文が脳裏に浮かんだので今度は躊躇うことなくそれを唱える。


「出でよ、我が眷属!『ミノタウロス』!」

「ムッ!?」


石板の様な質感のカードが眩い光を放ちながら砕ける。

零れ落ちた光の粒子が大きく膨れ上がると、火の粉を撒き散らしながら巨大な筋肉を纏い武骨な大斧を携えた牛頭の戦士が顕現する。荒々しい雄たけびと共に口元から吐き出された白い蒸気はまるで火山の噴火の様にも見える。圧倒的なフィジカルとパワーを誇る火属性の初期デッキの代表格となるカード『ミノタウロス』がここに顕現した。


「ほ、本当にカードからモンスターが……」


半信半疑だった。

召喚主サマナーとしての能力や才能を自覚したことなんてこれまでの人生で一度もなかった。

しかし、いまこの瞬間に起きている全ての事柄が――これが現実だと、事実だと、真実だと俺に告げている。


俺は選ばれたのだ。選ばれてしまったのだ。

召喚主としての素質、自分自身も知らなった才能によって、右も左も分からない異世界に招かれた。


そして、


「行け、ミノタウロス!奴らを薙ぎ払え!!」


戦うことを宿命づけられたのだ。

ちょっとずつ更新します。

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