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序章

人類史においてトレーディングカードゲームの歴史は意外と浅い。

1993年の夏に初めて世に出たそれは瞬く間に世界中へと広がりひとつの魔法をかけた。

掌の内に収まってしまうような小さな紙片であるカードに「戦いを制する力と法則」を与えたのだ。

やがて力あるカードを巡って人々が争い競い合う様になっていく。カードの持つ底知れない力に人々は魅了され己の運命をすらカードに委ねるようになっていく――。


ただ一つ確かなことはこの世界にかけられた「魔法」は未だ解かれていないと言う事だ。

富、名声、力。

多くの人々の運命を変革させる力を秘めたカードが、この世には確かに存在している。


そう、いま君が手にしたそれがそうだ。

君をここに導いた一枚。

君の運命を占う一枚。

――さぁ、よく目を見開いて君の力を確かめたまえ!




壮大な演出ナレーションに沿って、派手な演出と共に裏向いていたカードがくるりと光を放ちながら表になる。眩く溢れる幾筋もの光の螺旋。虹色の輝きは昨今の様式美テンプレだ。


「ンンンンン、レジェンドレアーーッ!!」


軽妙な効果音と共に渋い男性声優のシャウトが響き渡る。

射幸心を煽る賑やかな演出が目に毒だ。


「ふぁぁ……封印されし妾を起こした阿呆は貴様か。物の順序も分からぬ召喚主うつけに従うほど妾は安くないのでな……精々、退屈だけはさせんでくれよ?」


エキゾチックな衣装に身を包んだ尊大な態度の少女が画面越しにこちらを見下していた。青と白を基調にした淡い色合いはどこか儚い印象すら受けるが、歪んだ口元から覗くギザギザに尖った歯と、山羊を思わせる横に伸びた瞳孔は彼女が人ならざる存在であることを雄弁に物語っていた。

彼女自身は自己紹介の中で名乗らなかったが、有機ELのディスプレイにはレアリティと一緒に『ダゴン』と書かれている。どこかの神か悪魔の名前だったと記憶しているが曖昧だ。大抵のゲームではタコの化け物だったと思うので彼女も恐らくはタコの化け物の擬人化なのだろうと思う。


「やっと引けたー!」


今月、新しくリリースされたスマホのデジタルトレーディングカードゲームアプリ。

その最初の一歩として「リセマラ」と呼ばれる苦行をファーストフード店の片隅でしていたのだが、どういう訳か友人は一発で目当てのキャラを引き当ててしまったようで、今の今まで自分だけが延々とリセマラを続けていたわけだ。リセマラとは現代のスマホアプリの殆どがガチャという課金システムを採用した結果、プレイヤーが最初にそのゲームを遊ぶ前に欲しいキャラを引き当てるための通過儀礼となっている行為で……目的を果たすまでリセットをマラソンするからリセマラと言う。今回のリセマラはおよそ一時間。

平均を見ればまだまだ短い方だと言えるだろうが、友人が早々に隣でリセマラを抜けたせいで実際に掛かった時間以上に精神的負担が大きかったのだ。


「ただこいつ、目当てのキャラじゃないんだよな……」

「あちゃー」

「もうリセマラ疲れたからこれで行くけどさ」


今日は運が悪かったのか何度やり直しても最高ランクであるレジェンドレアを一度も引けなかったのだ。これ以上苦行を続けたくはないので、悔しい気持ちはあるがリセマラを切り上げることに決める。リセマラで燃え尽きてゲームを遊べなくなるプレイヤーは少なくないらしい。本末転倒だろうとは思うのだがこれも全部ガチャが悪い。ガチャは悪い文明なのだ。


「奈須野はもうだいぶ進めた?」

「いや、折角だからとお前を待ってた」

「マジか。俺の屑運のせいで遅くなってすまんな」

「あるあるだから気にすんなって」

「いや、気にはするだろ!リセマラぐらい勘弁して欲しいぜ!」


そうやって互いに軽口を叩き合いながら放課後にだらだらと遊ぶ。

可愛い彼女とデートしたり、部活で活躍したりといったキラキラ輝く青春を謳歌しているわけではないが、相応に充実感のある日々を俺たちは過ごしていた。


「さて、それじゃ早速ゲームを始めますかね!」

「そう思ってアプリを再起動したんだけどウンともスンとも言わないんだよね。リリース直後だしバグ引いたかな?」


平和で安全、時々退屈な時もあるけれど何かを渇望するほど飢えたことはない。


「サーバーが混雑してるとか?」

「あー、初日だしそういうのありそうだよな」


こんな世界が無くなってしまえばいいと思ったこともない。


「BGM?SE?画面は真っ暗だけど音は聞こえるんだよな」

「あ、本当だ。やっぱバグってんのかな?」

「画面タッチしたら反応はしてるみたいだけど……」


ここではない別の世界に行きたいと思ったこともない。


「うわ、画面が指で凹んだ!」

「俺の指が……!ちょ、ちょ、なんだこれ……指が画面から離れない!?」

「腕が!スマホが!お、重い……どーなってんだよぉ!?」


特別な何かになりたいと思ったこともない。


「奈須野!!」


特別な力を欲した事もない。


「瀬ノ尾!!」


唐突に。日常が崩れていく。


「か、身体がスマホの画面に吸い込まれてる!?」

「くそっ、何も見えない!息が、苦しくなって……ッ!!」

「がはっ、溺れ……る……ッ!?」


全てが闇に閉ざされる。

そして、ここで俺の意識は途切れた。

ちょっとずつ更新します。


評価・ブクマしてもらえると嬉しいです。

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