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一日目(2)


一日目で分かったのは、放課後の校舎は意外と人がいて、幽霊が出そうな場所はそれほど多くないということだ。北校舎でも、音楽室や美術室が部活で利用されているのはもちろん予想していたが、理科や家庭科系の教室、視聴覚室などを部室にしている部もあって、部員が廊下を歩いていたりもする。ただ、歩いている生徒が幽霊かどうか見た目では分からないのが困るところだ。


確かめるためにはあとをつけて行かなくてはならない。でも、疑われずにあとをつけるというのは簡単なことではない。しかも、どの程度で幽霊じゃないと判断するかがはっきりしない。“消えてしまう” と聞いたけれど、それはどのくらいの時間を指しているのか。


三人ほど部室やトイレに入るのを見届けたあと彼女と相談し、トイレは出てくるまで、廊下は角を一つ曲がっても存在していたらそこでOKとすることにした。


前から歩いて来たらそのまますれ違い、適当なところに隠れて行き先を見届ける。相手が角を曲がったら急いで角まで走る。トイレに入ったら、離れた場所で出てくるのを待つ。尾行というものは、暇なようで忙しい。


結局、幽霊は出ず、四時半に待ち合わせ場所で彼女と顔を合わせたときはなんだかとても疲れていた。


「テスト前とかじゃないと見られないのかも知れないね。もっと人が少ないとき」


帰り道、隣で自転車を押している彼女は残念そうだ。


「静かなのはわたしたちの教室のところと、あとちょっとしかないもんね」

「うん。時間が早いことも関係あるのかな?」


頭上にはピンクとオレンジのみごとな濃淡に染まった雲。太陽が沈んだ直後で、夕焼けが深い色へと変化していく時間だ。


「あるかもね。部活終了のあとならもっと暗いし、幽霊も出やすそう」


そう。この時期の部活帰りはいつも真っ暗だった。友人と別れて帰り道でひとりになると、住宅街は闇にひっそり沈んで、物陰から何かが飛び出してくる想像をせずにはいられなかった。


「無駄な挑戦なのかなあ……」


彼女が肩を落とした。


「馬鹿なことやってるって思う?」

「全然!」


俺の即答に、彼女は目をぱっちり見開いた。


「だって面白いよ? 最初にこの話聞いたとき、『いいなあ』って思ったし、今日も面白かった。それでよくない?」


そう言えば、いつの間にか怖さが消えている。怪しまれないようにということばかり考えていたせいで、幽霊が怖いことは頭から押し出されていたらしい。


この気分なら明日からも大丈夫。今後二度とないであろう幽霊探しをこの機会に楽しみたい。


「その言葉、嬉しい」


彼女はちょっとだけ笑った。それから静かな目を前方に向けた。


「この計画のこと、ほかの誰にも話してないの。反応によっては実行できなくなりそうな気がするから」

「ああ、分かる。俺も話してないよ」


言われる言葉など簡単に想像できる。「そんな話、信じてるのか?」「くだらない」「何が面白いの?」「馬鹿みたい」――肯定してくれる相手を思い付かない。さらに、女子と一緒にやるなんて知られたら、どれだけからかわれるか分からない。


「わたしさあ、高校生らしいこと、何もやってなかったって気が付いたの」


高校生らしいこと……。


「たとえば部活で何かを目指して努力するとか、羽目を外して遊ぶとか、必死で勉強するとか、恋をするとか……」


なんとなく視線を逸らしてしまった。「恋」なんて言葉を女の子の口から聞くのはなんだか照れくさい。


「生徒会は?」


気まずさを振り払い、急いで訊いた。彼女は小さく笑って、


「仕事はきちんとやったって胸張って言えるけど……、やるひとがいなくて引き受けただけだから」

「え、そうなの?」

「中学でも高校でもそう。中学のときは先生から勧められて、その経験があったから高校で先輩に声をかけられて、断る理由もないから引き受けたの」


淡々とした口調にあきらめがにじむ。


「まあね、積極的じゃないにしても自分が決めたことに違いないし、断ってまでやりたいことっていうのもなかったから、それはいいんだ。いい仲間と出会えて、楽しく活動できたし」


たぶん、やっぱり彼女はしっかり者なのだ。先生や先輩が、彼女ならできると見込んで頼んだのだろうから。


「だけどね、自分がやりたいことを精一杯やったっていう気がしなかった。高校生だからできること、高校生じゃなきゃできないこと、そういう何かをやりたいって思った。だから……」

「幽霊を探してみようと思ったってわけ?」


止まってしまった彼女の言葉を引き継ぐと、彼女はにっこりと俺を見て「そう」とうなずいた。


「大人になったらできないことをしたかったの。『馬鹿なことしたよね』って、あとで笑って言えること。普通からちょっとはずれたこと。そういうことを」

「ああ……、分かる」


彼女の言葉は俺の中にあった思いもすくい取っていた。


「俺も……何かやってみたいって気持ちがあってもなかなかできなかった。部活では上手いヤツには追い付けないってあきらめてたし、興味を惹かれるものがあっても、やれない理由ばっかり考えてきた。あと、目立たないようにって」


今、分かった。それらはすべて、失敗への恐怖心が原因だ。失敗したときのみんなの反応が怖かった。できない自分を突き付けられるのが怖かった。“頑張ればできたかも知れないけれど”という言い訳を残しておきたかった。


「でも、本当は何かに挑戦したかった。だから幽霊を探すって聞いたとき、すごいなって思った。実行する力もそうだけど、それを俺に宣言したってことに胸がすうっとした」

「尾張くんにしか言えてないけどね」


彼女が小さく微笑む。


「不思議だよね、まだよく知らない相手なのに、あのとき、『言っちゃおう!』って思ったんだから」


あのときの挑戦的な笑顔を思い出す。瞳を輝かせて、少し得意気で。


「たぶん、俺に幽霊かって訊いた時点で、ハードルを一つ越えてたんだよ」

「確かに!」


明るい声と表情が彼女に戻った。明日の幽霊探しも楽しくなりそうな気がする。


卒業まであとわずかのこの時期に新しい仲間ができた。このまま何事もなく終了すると思っていた俺の高校生活には、最後に一風変わった思い出が用意されていたらしい。







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