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一日目(1)


一緒にやるから怖くない――、それは大きな間違いだった。


そもそもの前提を忘れていた。放課後の幽霊はひとりでいるときにしか出ないのだ。彼女の「一緒に探そう」という提案にわくわくして、大事な部分を見落としていた。いや、幽霊探しをしたいあまりに、俺の頭が勝手に置き換えてしまったのかも知れない。


「教室に残るのと校内をまわるのを交代でやったらどうかと思うんだけど」


放課後に待ち合わせた渡り廊下でその提案を聞いたとき、自分の勘違いに気付いて愕然とした。それまで想像していたのは、二人で一緒に探しまわることだった。でも、幽霊に出会うためにはひとりで行動しなければならないのだ。


「うん、そうだね……」


もしもひとりでいるときに出会ってしまったら……。そう思うとぞっとする。彼女を幽霊と間違えたときの恐怖がよみがえり、背中を冷たいものが走った。


けれど、今さら怖いなんて言えない。昨夜、彼女からの確認の連絡に大丈夫だと返してしまった。今日の午前中も、廊下ですれ違ったときに上機嫌で合図してもいる。どう見ても、幽霊探しを楽しみにしているようにしか見えなかったはずだ。


「それとも担当場所を分ける? 北校舎と南校舎とか」


歯切れの悪い俺に彼女が別な案を出す。まさか一緒に行動したいとも言えず、時間を稼ぐために窓から校内を見まわすふりをして「そうだね……」とつぶやく。


一番怖くないのはどの方法だろう? 別々に行動していても、相手が見える方法はあるだろうか? 見えなくても、せめて近くにいることが分かれば――。


「出たとき、どうする?」


気軽さを装い質問すると、彼女が首を傾げた。


「ほら、幽霊が出たときにすぐ近くにいれば、ふたりとも見られるかも知れないよ」

「ふたりとも? でも、ひとりでいないと――」

「そうだけど、別々に同じ場所を見たらどうなんだろう?」


彼女ははっとして、「確かに可能性はあるね」とうなずいた。そして。


「すぐに確認できる場所にいれば、この前みたいに誰かを幽霊と間違えることもないよね、きっと」


と笑った。





とりあえず、連絡を取りながら行動することになった。スマホでお互いに自分が向かう場所を伝え、相手が見える場所や向かうルートを想定しながら校内をめぐる。カバンは渡り廊下1階にある玄関の下駄箱の上に並べて乗せておき、ときどき確認することにした。


うちの学校は南と北の2つの校舎があり、西寄りにある渡り廊下でつながっている。南校舎にはおもに各クラスの教室、北校舎には図書館と科目別の特別教室がある。階段がそれぞれの校舎の東西の端と渡り廊下横の3か所。校舎の北側にはテニスコートと小グラウンド、西側には校庭、その北側に体育館。


放課後になると、玄関から出た生徒たちは中庭を突っ切って東門から学校を出るか、渡り廊下の端にある通路をくぐって校庭や体育館に向かう。今はその波も終わり、中庭には葉の落ちたケヤキが静かに立っているだけ。


最初は南校舎を見回ることになり、俺は東側、彼女は西側の階段に向かう。体育館や外は運動部が活動しているので探索の対象からはずした。


――出ないでほしい。いや、でもせっかく探してるし……。


いよいよ幽霊探しを始めると、緊張で胃のあたりが重くなってきた。時刻は3時45分。日はかたむき始めているけれど、まだ昼間の明るさだ。でも、これから幽霊に出会うのだと思うと、それこそお化け屋敷にいるような気がしてくる。


東側の1階には職員玄関、事務室、PTA会議室など、今まであまり縁のなかった場所が並んでいる。関係のない場所をうろうろしているのが後ろめたいから、できれば誰にも会いたくない。幽霊は生徒の姿だという話だから、大人なら怖くはないけれど。


事務室は、中に人がいるのが窓口から見えた。PTA会議室からは賑やかな笑い声が聞こえたけれど、誰も出てこなかった。階段から先生が一人下りてきたので視線を落とし、軽く会釈をしてすれ違う。たどり着いた階段を一段抜かしで上っていく。


『3階廊下を見回ります』


彼女からの連絡。2階は職員室があるのでちらりとのぞくだけ。


『OK。こちらは4階に向かう』


まるでスパイごっこをしているみたいだ。


すうっと肩の力が抜けた。おとながいる場所を通り過ぎてほっとしたらしい。そこで楽器の音に気付いた。そう言えば、さっきから聞こえていた。木管楽器の音だ。上の方で誰かが練習をしているらしい。吹奏楽部は北棟4階の音楽室で練習していると思っていたけれど……。


――幽霊ってこともあるのかな。


幽霊が何かをしているとは考えていなかった。音で存在を主張することもあるのだろうか?


彼女を呼ぶべきか。ひとりのときにしか現れないのだから、ふたりで見に行って、そこに誰もいなければ幽霊だったことがわかる。


でも、それではふたりとも幽霊を見ないままになる。いや、そもそもいたのかどうかも分からなくなってしまう。やっぱり、まずは俺が確認しないとダメだ。


覚悟を決めて上っていくと、音は5階からだった。かなり大きな音が廊下を伝って響いてくる。曲ではなく、音階の練習をしている。そして、どうやら二人くらいいるような気がする。複数なら幽霊じゃないってことでいいような気がするけれど、幽霊が複数分の音を出している可能性も完璧には否定できない。


『5階を確認する』


メッセージを送ってから廊下に踏み出す――と。


「あ」


思わず声が出た。と同時に数メートル先の壁際に並べた椅子でクラリネットを吹いていた女子三人が一斉にこっちを見た。クラリネットはそのままで、目だけで。


「し、失礼」


あわてて引き返す。女子三人は俺には無理だ。幽霊よりも苦手かも。


気付いたときには3階まで駆け下りていた。深呼吸で落ち着こうとしていたら、また人が――。


「あれ? 尾張くん?」


立ち止まったのは樫村さんだった。


「あ、ああ、5階には……三人いたよ」

「ああ、そう」


彼女がにっこりした。


「三人なら幽霊じゃないね」

「うん。ほら、あの楽器の音」

「ああ、吹奏楽部か。そう言えば、個人練習は好きな場所でやるって聞いたことがあるよ」

「そうなんだ?」


それを知っていれば、もう少し心の準備ができていたんじゃないかと思うんだけど。







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