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はじまり――翌日


祈りも空しく、一晩経っても気味の悪さは拭いきれなかった。


あれから何度も見間違いか勘違いだと考えようとした。けれど、そうやってあの教室の景色を頭に思い浮かべるたびに、あれほどはっきりと見えて、しかも相手もこちらに気付いたあの瞬間が見間違いや勘違いであるわけがない、という反論が浮かぶ。そうなると、彼女が消えたことも説明がつかなくなる。それはつまり、幽霊の可能性が高いということ。


「なあ、加賀。幽霊って信じる?」


あの出来事が頭から離れないせいで、教室に入るなり、友人にこんな質問をしてしまった。


「幽霊?」


怪訝な顔で訊き返したのは加賀健太。高校入学と同時に同じテニス部で仲良くなり、3年生でクラスも一緒になった。


「うん、学校の怪談とかあるじゃん? うちの学校だとほら……放課後の幽霊」

「そんなのあったっけ?」


加賀は首を傾げた。


「あったじゃん。確か、部活のときに聞いたんだよ。加賀もいたと思うけど」

「覚えてないな。それに、見たって話も聞いたことないし、よくある都市伝説的なやつじゃないの?」


軽い調子で言われて気付いた。確かに俺も、見たという話は聞いたことがない。でも、ずっと言い伝えられている話なのだ。ということは、やっぱり何かあるのでは……?


「どうしたんだよ、変な顔して。もしかして尾張、見たの?」


加賀の目がきらりと光った。


それを見て返事に詰まる。持ち出してみたものの、話すかどうかは決めていなかったのだ。すると加賀は「そう言えば」とニヤりとした。


「尾張って、怖がりのくせに怖いもの好きだったよな? みんなで遊園地行ったときも、お化け屋敷に入りたいって自分で言い出したのに、入ったら俺の後ろでずっと目つぶりっぱなしだったじゃん? あのときは『何のために入ったんだよ?』ってみんな思ったよ。もったいなかったよな、あははは」

「あれは!」


恥ずかしい思い出を持ち出され、思わず声が大きくなる。


「あれでいいんだよ! 雰囲気を味わったんだから! 十分に!」

「ははっ、確かにそうだけど。“辰之進(たつのしん)”なんてせっかく武士っぽい名前なのに、あんなに怖がるなんて」

「いいんだってば!」


確かにお化け屋敷で何も見ることができなかったのは残念に見えるだろう。でも、俺はあれで満足だったのだ。ずっと入ってみたかったお化け屋敷に入って、“全身で思いっきり怖い”という経験ができたから。それもあのメンバーだからこそできたことだ。だから、心の底から楽しかったと言い切れる。――ただ、将来も笑われ続けることだけは覚悟しなくちゃならないけれど。


加賀の指摘どおり、俺は怖がりのくせに怖いものが好きだ。小さいころからテレビの怖い番組を見てはひとりで風呂やトイレに入るのが怖くなる、ということをずっと繰り返している。でも、怖い番組を見るのをやめようと思ったことはない。


「なあ、見たのか、幽霊? どこで? どんなだった?」


加賀はまだからかい気味ながらも熱心さを見せて顔を寄せてきた。


「いや、見てないよ」


最後の一瞬で言わないことに決めた。幽霊が掃除をしていたなんて言ったら、ますます馬鹿にされるに決まってる。


「せっかく幽霊ばなしがあるのに見ないで卒業かと思っただけ」

「はは、見たら怖いくせに」

「まあ、そうだけど」


苦笑いの裏で決心する。こうなったら自分で確認しに行こう。休み時間にちょっと行って来ればいいだけだ。


もしかしたら、幽霊じゃなくてあのクラスの生徒かも知れない。だとしても、たったひとりで電気も点けずに掃除をしていた理由が謎だけど。しかも、消えちゃったし……。


「見ない方がいいぞ」


まるで心を見透かされたようなタイミングでドキッとした。脅かすような加賀の表情にたった今の決心が揺らぐ。


「……どうして?」


声に思わず弱気がにじんだ。


「きっと呪われる」

「呪われる?」

「うん。こっちが見たら、むこうにだって分かるさ。で、『よくも俺を見やがったな!』ってなるだろ? 呪われるに決まってるじゃないか」


いや、あの幽霊はたぶん女子だ……なんてことは、呪いにはおそらく関係ないだろう。そして、呪われるとしたら、俺の場合はもう遅い。あの瞬間に気付かれた。――いや。


「違うだろ? あの幽霊はただ消えるだけって話だったぞ」

「あれ? そうなのか? あははは」


――まったくもう。


加賀は俺を怖がらせようとしただけだ。本気にした俺を笑おうとして。


やっぱり話さなくて正解だった。このまま黙って、ひとりで確認しに行こう。みんな同じ制服を着ているとは言え、あのシルエットの主がいればたぶん見分けられる。


あれは確か5組の教室だった。そして、うちの幽霊は“放課後にひとりでいるとき”限定だ。ということは、休み時間には出てこない。いるとすればただの生徒だ。安心して見に行ける。


――よし。


この落ち着かない気味の悪さを払拭するには、あれが幽霊じゃなかったとはっきりさせるしかない。何度か廊下をうろうろすれば、きっと解決するに違いない。もしも本当に幽霊だったら……それはそのときに考えよう。







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