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頑張れ、自分


俺の願いを伝える――。


きのう、そう決心した。それは今も揺るがない。どんな返事をもらっても平気だと覚悟もしている。だから、今の今まで、心の準備ができているつもりだった。


でも、具体的な言葉や場面はよく考えていなかった。覚悟ができたからいつでも言い出せるような気がしていたのだけれど、今、俺の頭の中は大混乱している。


靴を履き替えるために離れた隙に拳で頭を叩き、深呼吸をひとつ。さらにもうひとつ。でも、まったく効果がない。心臓は飛び跳ねるようだし、足は地面に着いている感触がない。


幽霊との出会いを振り返る彼女にどうにか相槌を打ちながら、自転車置き場へと向かう。刻々と減っていくふたりの時間に追い立てられて焦り、伝える言葉を必死で考え、タイミングをうかがう。なんだかめまいがするようで、千鳥足になっているのではないかと気になる。


――言い訳だ。


自分を叱った。


具体的な計画を立てていなかったなんて、そんなのは言い訳だ。何も言えずに終わったときに、自分を擁護するための言い訳。逆に計画を立てていても行動に移せなかったときは、「予想と違ったからできなかった」と考えるに決まってる。


俺が願っていること。それは、彼女との関係が続くこと、だ。


これからもふたりで何かをしたり……ただ話したりしたい。彼女の答えは分からないけれど、伝えなければ、俺たちの関係は今日で終わりだ。もちろん、廊下ですれ違いざまにあいさつするくらいのことはできるだろう。でも、彼女に自分の希望を伝えられなかった敗北感が俺の中にわだかまって、今と同じ関係を維持することは、たぶんできない。


彼女がバッグを自転車のかごに入れた。俺の自転車は向こうだ。――いや、ここで。ここでにしよう。これ以上は延ばせない。


「どうしたの? 忘れ物?」


足を止めた俺に彼女が声をかけた。チェックのマフラーを巻き直しながら。


「あ……」


緊張で声がかすれた。小さく咳払いをして、大きく息を吸う。でも、やっぱり効果なし。せめて姿勢だけでも堂々と見えるようにリュックを肩に掛け直し、足を踏ん張った。緊張を悟られないように片手をさりげなくポケットに入れて握り締める。


「きのう、願い事の話をしたよね?」


思ったよりも落ち着いた声が出たことでほっとした。


「あ、うんうん! 教えてくれるの?」


彼女がぱっと顔を輝かせてこちらに向き直った。その瞬間。


――ああ、俺はやっぱりこのひとが好きだ。


じわっと想いがあふれた。


この生き生きとした表情が好きだ。いろいろなことに興味を持つところが好きだ。世界を楽しもうとする心が好きだ。


冬の風が抜けて行くガラガラの自転車置き場。コンクリートと金属ばかりの冷たい場所だけど、彼女を想うだけで胸の中が熱くなる。


「うん。約束だからね。幽霊は見られなかったけど」


自然と微笑みが浮かんだ。


「でも、叶わないって決まってるわけじゃないもんね?」


彼女がにこにこして言った。


そう。そのとおり。叶わないと決まっているわけじゃない。


「その、」


彼女が見上げる。俺の言葉を待って。


「もしよかったら……、これからもときどき一緒に帰らない?」


照れくさくて、途中から視線が下がってしまった。けれど返事が気になってそっと様子をうかがうと……、彼女は眉を寄せて首をひねっていた。


通じなかったのだろうか。それとも――。


「あ! もしかして!」


叫んで目を丸くする彼女。赤い手袋をした手をゆっくりと口許に当てる。


ほっとした。体から力が抜けて、緊張が引いていくのを感じる。まだ照れくさいことに変わりはないけれど、自分を鼓舞して顔を上げる。もう一度息を吸って。


「毎日じゃなくてもいいんだけど、その……楽しかったから、一緒にいるのが。もっと……いろいろ話したいな、って思って」


俺からの精一杯の言葉。胸の中で俺を温めてくれる想いを伝えるには少なすぎるけれど。


「あの、これって……」


驚いた表情のまま彼女がつぶやく。


「これって、もしかして……」


また不安がこみ上げてきた。


やっぱり上手く伝わらなかったのだろうか。告白なら告白らしく、「好きだ」と言わなくちゃダメだっただろうか。でも、直接的な言葉は照れくさいし、今さら言い足すのもなんだか……。


「もしかしたら……」


どうか伝わっていてくれ、と祈りながら次の言葉を待つ。


「願いが叶った……かも?」


彼女が尋ねるように俺を見上げた。


「……え?」

「わたしも……同じようなこと思ってたの。はっきりとじゃないけど、これからも続いたらいいなって。これって……願いが叶った? ……って言う?」


きょとんとした表情も反応も、俺の予想とはかなり違う。ただ、どうやら断られてはいないらしい、ということは分かる。いや、それどころか、彼女も同じように思ってくれていた? それが彼女の願いだった? それが叶ったって言ってるのか? 幽霊のご利益で?


「ええええええぇ?」


出たのは落胆の声だった。


不満なわけじゃない。不満なわけじゃないけど、もう少し――それこそロマンティックな雰囲気を期待していたのだと、今、気付いた。








最終日は2話投稿します。

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