初級森林迷宮攻略クエスト
村の守衛に案内され、パーティーはしばらく歩いて、平野の中にぽつんと存在する森に到着した。
「あれが迷宮ですね」
遠くから目を凝らすと、森は蜃気楼のようにユラユラと怪しく揺らめいていた。
「えぇ、そうです。迷宮の出現から2週間以内。フェーズ進行はなく、まだ外部に出てきた魔物は確認されていません」
「わかりました」
「それでは、私は村に戻ります。ご武運を」
守衛に見送られて、一行は森へと歩いていく。
山田が昨晩、ルーチェから受けた迷宮に関する説明を要約すると、以下のようなものだ。
迷宮というのは、世界に満ちる魔力が濃くなった場所にできる異空間。
別名、魔力溜まりと言う。
そのような場所が生まれる原因は、クイーンと呼ばれる特殊な魔物の存在である。クイーンは突然変異的に世界に産まれ落ち、周囲の魔力を引き付けて迷宮を形成する。
このクイーンさえ撃破すれば迷宮は消滅するので、迷宮攻略クエストは全て、クイーンの撃破が最終目標であった。要するに、ボスというわけだ。
また、迷宮にはフェイズと言われる進行度が存在する。時間経過で魔力がどんどん濃くなっていくのである。
フェーズ1は生まれたばかりの迷宮。
フェーズ2は魔物が増えて、外部に溢れ出てきた段階。こうなると周辺地域に危害を加えるようになる。内部の魔物のレベルも上昇し、攻略難易度も上がる。
フェーズ3はさらに進行し、内部の魔力レベルがランクアップしてしまった状態。内部に住む魔物もランクアップしているので、一般的には上位リーグの冒険者が駆り出されて対応することになる。
そしてフェーズ4。最終段階に達すると、迷宮そのものが壊れてしまい、内部にいた魔物がクイーンも含めて全て外へと溢れ出る。この現象は魔災とも呼ばれ、周辺地域に壊滅的な被害をもたらすことになる。
そうならないよう、早期発見をスローガンに掲げ、各地の守衛は見回りをして迷宮を捜索し、発見すれば直ちにギルドにクエストを発注する。それがこの世界の在り方だ。
一行は迷宮化した森の前まで着くと、円陣を組んだ。
作戦会議である。
「では、最後に役割を確認します。イッキューとブラットは前衛。モンスターと遭遇したら攻撃をしかけてください。ブラット、ちゃんとできますか?」
「ふ、任された。我が音速の刃をとくと見るが良い」
「私とノアは中衛です。ノア、あなたは前衛を弓で援護してください。できますか?」
「おっけー!」
ノアは右手を元気よく上げた。
「ドレミィは後衛。あなたの役割はいざという時の切り札です。クイーンまで温存するのが理想ですが、魔物部屋に遭遇したら、いつでも魔法を撃てるように準備をお願いします。あと、私に何かあったら、代わりに司令塔をお願いします。おそらくあなたが適任です」
「……わかった。頑張る」
「迷宮は一度足を踏み入れると、別の出口を発見するか、クイーンを倒すまで外に出られません。覚悟は良いですか?」
ルーチェがパーティーメンバーを見渡すと、みなは静かに頷きを返した。
「では、いよいよ迷宮攻略です。油断せず、生きて帰りましょう!」
「「「「おー!」」」」
〇
揺らめく森に足を踏み入れると、中は外で見たよりも木々が生い茂っていた。一行は隊列を組んで、木漏れ日を浴びながら進む。
「迷宮内部は道と呼ばれる細い通路と、部屋と呼ばれる広い空間に大別されます。今私たちが歩いているのは道ですね。迷宮内の魔力の流れが道を作り、魔力が濃く集まった所には部屋ができます」
両サイドに並ぶ木々や茂みが壁を形成しており、確かに細い道のようだった。
山田は頭の中にローグライクゲームのMAPを思い浮かべる。あれと似ていた。
「そして魔物がいるのは、だいたい部屋の中です。なので部屋に入る時には、警戒を強めてください。ほら、ちょうど正面に、部屋の入口が見えてきましたよ」
角を曲がると、道の先が開けた空間に繋がっていた。
山田はごくりと唾を飲んで、部屋へと踏み入る。
そこはちょうど、野球の内野くらいの広さの空間だった。足元には草が茂り、四方を木々が囲っている。自分たちが侵入してきたのとは反対側に道が続いているのが見えた。
その前に5体の魔物が立ちふさがっている。
魔物との遭遇である。
蜘蛛の魔物が2体と、目玉の付いた松ぼっくりの魔物が3体。
どちらも尋常ではない大きさだった。
「巨大蜘蛛と、突撃ぼっくりです! 蜘蛛の吐く糸に気を付けてください! 身動きが取れなくなります!」
こちらに気付いた突撃ぼっくりは、パイナップル状の皮を轟かせてゴロゴロと高速で転がってくる。
山田にはそれがボールに見えた。打席に立っているようだ。球種は直球。
金属バットのような杖を両手で握り締めて、突撃ぼっくりのうちの1体をフルスイングで打ち返す。
「おらぁ!」
キィンと乾いた音がして飛んでいき、打球は空中で消滅した。
「ふ。遅いっ!」
ブラットも駆け出して、突撃ぼっくりに双剣で切りかかる。目にも止まらぬ連続切り。
もう1体がバラバラに刻まれて消滅する。鮮やかな手並みだった。
3体があっという間に1体になる。
しかしもう1体の突撃ぼっくりは、前衛の2人の合間を縫って、後列へと抜けていった。標的はドレミィだ。
「よっと!」
しかしルーチェがそれをすかさずインターセプト。大杖で高々と打ち上げた。
「ノア! 今です!」
「ラジャー!」
ノアは矢筒から木矢を抜き取り、弓を構えて放つ。空中で回転する突撃ぼっくりを正確に射貫くと、透過して消えていった。
前衛の2人は続いてのそのそと近寄ってくる巨大蜘蛛に対峙する。2体の蜘蛛はこちらに走りながら、同時に口から糸を吐いた。
ブラットは機敏に避けたが、山田は咄嗟に金属杖で防いでしまった。ぐるぐると糸が巻き付き、強い力で手繰り寄せられる。山田は地面を踏みしめて綱引きのように踏ん張った。
そこへもう1体の巨大蜘蛛が襲い掛かる。
「やべっ!」
「よいしょっ!」
後ろから走ってきたルーチェが咄嗟に杖を振り回して弾き飛ばす。
「ブラット! ノア! あいつの相手は頼みました!」
「承知!」
「おっけー!」
ルーチェは懐からナイフを取り出して、山田の杖に巻き付いた巨大蜘蛛の糸をぶった切る。強い力で引っ張っていた巨大蜘蛛は、体制を崩してひっくり返った。
「イッキュー! 今です!」
「よっしゃ!」
山田は駆けだして、猛然と巨大蜘蛛に金属杖を振り下ろした。さらけ出された腹にジャストミートして一撃で消滅する。
それとほぼ同時に、ブラットとノアのコンビも、もう一体に止めを刺した。
完封勝利である。
「おつかれ」
最後列で戦闘を見守っていたドレミィが近寄ってきた。
「ねーねー! ノアちゃんの活躍見てくれたっ!? どうどうどうどう? やればできるでしょー? 褒めて褒めてー!」
ノアはルーチェに抱きついた。大きな2つの乳房に顔を挟まれる。
「わぷ。まったく、色んな意味で自己主張の激しいエルフですね……。これくらいで喜びすぎです。狙撃手ならあれくらいやってもらえないと困ります」
「えーっ!? 良いじゃん褒めてよー! ノアは褒められて伸びるタイプなんだよー?」
「はいはい。良かったですよ。次もその調子で頼みます」
「はーい!」
ブラットもルーチェの傍に寄ってきて、猫耳をヒクヒクとさせている。尻尾もせわしなく動いていた。わかりやすい。ルーチェは呆れた顔で言う。
「ブラットも良い動きでしたよ。安心しました。これならポイってしなくて良さそうですね」
「ま、まま、まぁな! 当たり前だろう! 我を誰だと思っているのだーっ!」
ブラットはニヤニヤと口元を緩めさせて、マントをバサッと翻した。
感情表現の下手くそな忍者である。
山田は最後に仕留めた巨大蜘蛛が何かをドロップしているのに気付いてしゃがみ込んだ。
「これは糸か?」
つやつやとした白い糸が巻かれた状態で落ちていた。
「お! ラッキーですね! それは巨大蜘蛛の糸ですよ! 野球ボールの芯を巻くのに利用される素材です! 高く売れますよ!」
ルーチェはほくほくとした顔で受け取って鞄にしまった。それから魔核も拾い集める。
「うん。パーティーの初戦にしては上出来でしたね。連携も上手く行っていました。この調子で油断せずに進みましょう!」
一行は部屋の奥の道へと進んでいった。