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†黒影†ブラック・ラビット

 朝である。


 山田とルーチェが宿から冒険者ギルドにやってくると、入口の横に猫族フェルパーの少女が腕を組んでもたれかかっていた。


 少年のような中性的な顔つきをしているが、胸のゆるやかな膨らみが女性であることを主張している。

 鴉羽からすばのように黒い、短めの髪と猫耳。

 漆黒のマントを羽織り、指の先端が露出した黒の皮手袋をはめ、腰には黒の双剣を差している。何から何まで黒い、黒ずくめの少女。


(厨二病って、異世界にもあるんだなぁ……)


 山田は見ていて恥ずかしい気持ちになった。


「遅かったな! 待ちくたびれたぞっ!」


 少女は山田たちに向けて唐突に叫んだ。

 山田はルーチェにひそひそと耳打ちする。


「誰? 知り合い?」

「いえ。見たことないですよ」

「なんか俺たちに話しかけた気がするんだけど?」

「人違いでしょうかね?」

「まぁ、知らないなら無視しようか」

「そうですね」


 2人は少女の横をスタスタと通り過ぎていった。

 まだノアとドレミィは来ていないらしい。2人は入口近くの机に座って、途中で買ってきた焼き立てのライ麦パンを食べ始めた。

 すると黒の少女は音もなく近寄ってきて、2人の前に腕を組んで立った。


「話は聞かせてもらったっ!」


 もぐもぐとパンを頬張りながら、山田とルーチェは顔を見合わせる。

 やはり少女は、自分たちに話しかけているらしい。


「今日、クエストに行くのであろう? ならば、我が力を貸してやろうっ!」


 2人は怪訝な眼で少女を見上げた。


(何だコイツ……? 昨日の会話、盗み聞きしてたのか?)


 怪しいやつである。

 しばしの沈黙。


「あ、あの、なんか言って欲しい……んだけど」


 少女は途端に、か細い声になって、探るような眼でルーチェと山田を見た。

 ルーチェはゴクンとパンを飲み込んで口を開く。


「誰ですか? あなた?」


 問われると、待ってましたと言わんばかりに、黒い少女は顔をほころばせた。しかしすぐにキリと表情を引き締めると、右手を顔の前に持ってきて、よくわからないポーズを取った。



「我が名は†黒影くろかげ†ブラック・ラビット! ブラットと呼ぶが良い! 双黒剣法ツヴァイ・ブラック・ソードの使い手だ」



「お、おう」


 山田は思わず苦笑いである。


「くろかげブラックラビット? それは本名ですか? 変わってますね」

「ふ、愚かな。我に付けられた二つ名だ。真名まなを名乗るわけにはいかんのでな」

「へぇ。二つ名ですか。誰が付けたんですか?」

「え、それは……」

「私は聞いたことないですよ? 誰に呼ばれてるんです? どこで?」

「おい。やめろって。ご主人。そういうのはそっとしとけよ。多分、自分で付けたんだよ」


 山田はルーチェに耳打ちした。


「え? 自分で付けたんですか? なんで二つ名を自分で付けたりするんですか? そんな滑稽なことをする人、聞いたことないですよ?」

「ばっ。ご主人、声が大きいよ」


 山田が恐る恐るブラットを見ると、羞恥で頬を染めて俯いていた。

 いたたまれない。山田はノってやることにした。


「あー。ブラット……。ツ、ツヴァイブラックソードとは、まさか、その腰に差した双剣のことかっ……!?」


 ブラットの顔が輝き、猫耳がぴょこんと屹立した。実に嬉しそうだ。

 腰に差した双剣を抜き、腕を前で交差させてポーズを取った。


「い、いかにもっ! 双黒剣法ツヴァイ・ブラック・ソードは闇の剣技だ! きこと光の如し、されど影に潜み対の刃で敵を討つ! 兎の耳の如く自在に跳ねる黒き双剣。ゆえに漆黒の双剣使い(ブラック・ラビット)と人は呼ぶ」


 練習したのだろう。

 よどみなく言い終えると、ブラットは達成感に満ちた表情を浮かべていた。


「で、ブラックさん。何の用ですか?」

「ブ、ブラットだ。だから、さっきも言ったであろう? 汝らのクエストを、我が手伝ってやる」

「いえ。結構ですよ? 怪しいですし」

「我は強いぞ? 役に立つぞ?」

「うーん。でもとりあえず、推奨人数の4人は集まりましたしね……」

「良いのか? こんなチャンスはまたとないぞ? 入団テストは最大5人一組で受けられるんだぞ? 我が汝らを手伝ってやらんこともないぞ?」

「むう。なんだか偉そうですね。パーティーに入れて欲しいんなら、素直にそう言ってくださいよ!」


 ルーチェが睨むと、ブラットはしゅんとこうべを垂れた。


「あ、はい。あ、ああ、あの。パーティーに、い、入れてもらえると、嬉しい、です……」

「まぁ、嫌ですけど」

「そんなぁ」


 ブラットは涙目である。


「ご主人、いじめてやるなよ」

「別にいじめてませんよ。あからさまに怪しいじゃないですか。なんだか話しづらいですし。不審者ですよ、不審者!」

「パーティーは最大5人なんだろ? あと1人空きがあるんだし、入れてやってもいいじゃないか」

「むう。イッキューはもう少し慎重になるべきです。こんな本名も名乗らない、どこの馬の骨とも知れない人を、ほいほいパーティーに入れるというのは無いですよ。まったく。この人には常識というものがないんですかね。せめて自己紹介くらい――」


 ブラットは途端に気を付けをして、大声で叫んだ。


「ね、ねねね、猫埼兎丸ねこさきうさぎまるですっ! じゅ、15歳! 猫族フェルパーで、陽国ようこく出身です! レベルは11! クラスは忍者! 得意なポジションは、遊撃手ショートです!」


 なんというか、必死だった。山田は悲しい気持ちになった。

 猫埼兎丸さんは瞳をうるうるとさせていた。


「ご主人、泣かすなよ……」

「な、なんでですかっ!? 泣かせてませんよ!」

「ブラット。落ち着いて話してくれ。な? どうした?」


 山田はブラットと呼んであげることにした。



「はい! あの、陽国からはるばるぅ、入団テストを受けに来たのにぃ! うち、上手く人と話せなくてぇ。ふぇ。ずっとパーティー組めなくてぇ。いつのまにかテストまで一週間切っちゃってぇ。うぅぅ。それでぇ! どうしようかなって思ってたところにいっ! あなたたちがいてえっ! あと1人ならぁ、入れてもらえないかなって思ってぇ。勇気を出してぇ! 声をかけたんですぅ! ふえぇ……」



 ブラットはめそめそと泣きながら事情を説明した。

 随分とメンタルの弱い忍者である。


「ご主人、ほら。悪い人じゃなさそうだしさ、とりあえず、今回だけでも、連れてってあげたらどうだ?」

「えー。嫌ですよ」


 ルーチェの言葉を聞くと、ブラットはおもむろに土下座をした。


「お願いしますぅ。あぐ。入れてくださいぃ。何でもしますからぁ」

「ちょ、おい。こんな目立つところでやめろよ」


 山田は慌ててブラットの腕を掴んで立たせた。

 周囲の視線が痛い。


「もー。ご主人、可哀そうだろ? 土下座までしたんだぞ? いじわるするなよ? 入れてやれよ? な?」

「…………もうっ! もうーっ! なんで私の所には変な人ばっかり寄ってくるんですか! なんで私がいじめっ子みたいになるんですか!? まったく、仕方ないですね! ブラットさん! 使えなかったら、すぐにポイってしちゃいますからね!? 良いですか!?」

「……はいぃ。ありがとうございますぅ。頑張りますぅ」



 こうして、猫耳忍者、ブラットが仲間になった。



 彼女はしばらくの間、猫耳をペタとしぼませてしょげていたが、ノアとドレミィが来る頃にはメンタルを持ち直したらしく、例のよくわからないポーズを取って2人に名乗った。


「我が名は†黒影くろかげ†ブラック・ラビット! ブラットと呼ぶが良い! 双黒剣法ツヴァイ・ブラック・ソードの使い手だ」


 懲りないやつである。


 ノアとは波長が合うようで、「かっこいいー」と何やら手を叩いて喜んでいた。それを見たルーチェの顔には、「うへぇ」と書いてあった。


 その後、一行は『初級森林迷宮の攻略』というクエストを受注した。

 ルーチェによれば、迷宮攻略クエストの中では、森林は比較的楽だろうとのことだった。依頼元の村まで多少距離はあるものの、報酬も悪くない。クリアできれば、もちろん入団テストの受験資格も付与される。他の依頼と比べても条件は良さそうだった。

 というわけで、ファンボーケンの街から出ている定期馬車に乗り、クエストの依頼元である村を目指して、東へと向かった。


 〇


 馬車に揺られながら、山田はドレミィに相談を持ち掛けた。


「なぁ。ドレミィ。昨日、実はレベルが上がってたんだけどさ。魔法は何を習得したら良いだろう? 教えてくれよ、先輩」


 昨晩、宿に戻ってステータスを見てみると、レベルが1上がっていたのだ。

 魔力は0から11に上昇しており、まずは安心した。ちゃんとレベルアップで上がるらしい。スキルポイントも5付与されていて、それでどの魔法を習得したものか決めかねていたのだ。

 先輩と呼ばれて、ドレミィはまんざらでもなさそうな顔である。


「魔法は一般的に、得意な属性を習得するのが良いとされている。ボクの場合は水属性。キミも得意な属性を調べる必要がある」


 そう言って、ドレミィは鞄から野球ボールを取り出した。


「これを持って魔力を込めてみて」

「魔力を込めるってのがよくわからないんだけど。この前もできなかったし」

「魔力さえあれば自然とできるはず。イメージすれば良い。自分の中に渦巻く魔力の流れがあって、それを外に出してあげる感じ。やってみて」


 山田はボールを受け取って、言われるがままにイメージをしてみる。

 すると一瞬、ボールが仄かな赤い光を放った。


「ふむ。キミは火属性。火の魔法を習得するべき」

「火属性ってのは、野球だと球が速くなるんだっけか?」

「そう。ストレートが武器のピッチャーが多い」

「おお! それは良いな! 200キロ投げられるかな!?」

「それは……努力次第」

「ご主人! というわけで、早速火の魔法を覚えるぞ! ステイトってやつやってくれ!」

「わかりました。”能力転写(ステイト)“」


 羊皮紙にステータスとスキルツリーが表示される。


「どうやって習得するんだ?」

「習得したいと願えば習得できる。初歩魔法の”火球ファイアー“を習得するのがセオリー。スキルポイント5で習得できる」


 山田は早速、言われるがままに、”火球ファイアー“を習得したいと念じる。

 すると羊皮紙が輝きを放ち、頭の中に”火球ファイアー“の概念がインプットされた。

 不思議な感覚だった。まるで昔から知っていたかのようだ。


「今日の夜にでも、試しに一発撃ってみると良い。繰り返し使うと熟練度が上がる。でも、今のキミのMPだと、一日に2発が限度。使いどころを良く考えて」

「ドレミィ、それはお前が言うなというやつでは?」

「……てへ」


 〇


 長時間馬車に揺られ、一行が到着したのはメイランドという小さな農村だった。


 ライ麦を育てる畑と、乳牛を飼育する牧場、それと木造の家が建ち並ぶ長閑のどかな村。村の面積自体は広いが、人の姿はまばらだった。

 老人の村長が出迎えて、野球場に隣接した小屋で紅茶を振る舞ってくれた。


「いやぁ。良く来てくれました。お恥ずかしながら、この小さな建物がメイランドの冒険者ギルドなんです。普段は誰もいませんがね。わしがギルド職員も兼ねています。今日のところはここに泊まって、ゆっくりしていってください」

「ありがとうございます。頂きますね」


 ルーチェはお礼を言って紅茶に口を付けた。


「本当にクエストを受けてくれて助かりました。2か月ほど前までは、この村にもパーティーが常駐していたんですがね、開幕早々Fランクリーグに昇格して旅立ってしまいました。それ自体はめでたいことなんですが、それ以来、なかなか冒険者が来てくれなくて、困っていたのですよ。なにぶん何もない農村ですから」

「常駐パーティーがいたということは、この村でもリーグ戦が行われるのですか?」


 ドレミィは窓から見えるグラウンドを眺めながら尋ねた。


「えぇ。2週間に1試合くらいですがね。ルーキーリーグの『東部3区カウカウズ』のホームゲームが行われます。その日はもう、村民総出でお祭りですよ」


 ここで試合が行われるのかと、山田もグラウンドを眺めた。フェンスの代わりに木製の柵が並んでいる。河川敷のグラウンドのようだ。


 そのグラウンドでは、1人の子供がバックネットに向けて壁当てをしていた。その子と目が合ったので、山田は手を振ってやる。おそらく10歳前後の小さな男の子だ。男の子は手を振り返す代わりに、こちらに勢いよく走ってくると、窓から身を乗り出した。


「なぁじいちゃん! その人たち、冒険者の卵か!?」

「おぉ。コニー。そうだぞ? クエストを受けて、わしらの村に来てくれたんだ」

「なー。ってことはさー、野球上手いのか? だったら一緒にやろうぜ! なぁなぁ!」

「おい。みなさん長距離の移動で疲れてるんだ。そんなことを言うんじゃない」

「いや、村長さん。俺も野球をやりたいと思ってたんです! よかったらグラウンド、使わせてもらえませんか?」

「それはもちろん……構いませんが」

「よし! じゃあ坊主! 野球やろうぜ!」

「おっしゃー!」

「ほら、みんなもどうだ? 俺としてはいっぺん、みんなと一緒に野球やってみたいんだけど。クエスト行くのは、どうせ明日だろ?」


 ウキウキとした顔でパーティーメンバーを見渡す。ルーチェも、ノアも、ドレミィも、ブラットも、山田と同じような顔をしていた。

 5人はグラウンドに飛び出した。野球の時間だ。


 〇


 みんなで軽く走って、馬車の移動で固まった体をほぐしてから、まずはキャッチボールをした。ノアと子供コニー。ルーチェとドレミィ。山田とブラットの組合わせ。


 ルーチェが、キャッチャーとして、投手ドレミィの球を一度受けてみたいと言ったので、寂しそうな顔をしていたブラットを山田が誘ったのである。


「ナイスボール!」


 ブラットの投げた球をパァンと心地よい音を鳴らして捕球する。ブラットはなかなか肩が強かった。動きも軽快だ。全身のバネが強いという印象を受けた。ブラットは子供みたいに夢中になってキャッチボールをしていた。こんなに楽しいことはないというくらいに。


 キャッチボールをしながら、横目でルーチェとドレミィの組合わせも観察する。

 ドレミィは左投げ(サウスポー)だった。セットポジションのフォームで投球練習のようにして投げている。途中から変化球の練習もしていたようで、球の軌道がググっと大きく横に曲がっていた。スライダーだろう。


 ノアは子供相手なので加減をして投げているが、投げ方が綺麗だった。とにかく楽しそうに、にこにこと笑顔を浮かべて、ボールを捕って投げていた。見ていて気持ちよくなるくらいに。


 こうやって大勢でキャッチボールをやっていると、山田はそれだけでもう楽しくなってきた。野球はやはり、大人数でやるものなのだ。


「よーし、そんじゃ、せっかく人数いるんだし、ノックでもやろうぜ!」


 声を張り上げる。


「あ、でも、バットがないか?」

「そんなの、あるに決まってるじゃないですか!」


 ルーチェは鞄から木製のバットを取り出した。思えば、この世界に来て初めて見るバットである。現実と特に変わりはない。


「なんだよ! バット持ってたのかよ」


 今度から貸してもらって、夜に素振りをしようと山田は思った。

 ルーチェからバットを受け取って構える。山田は左打ちだった。


「よし! じゃあ俺がノックを打ってやるよ! コニー君だっけ! 君はどこやりたいの?」

「ショート!」


 元気な返事だ。


「そーか! じゃあショート守りな! ブラット。ライバルじゃん。負けんなよ?」

「う、う、うん!」


 なぜかブラットは、やたらと緊張した面持ちでショートの守備位置に付いた。


「仕方ない。ボクがファーストをやってあげよう」


 ドレミィはたったかとファーストに向かう。


「センターもよろしくねーっ!」


 外野に走りながら、ノアが声を張り上げた。


「よーし。そんじゃまず、ブラット! いくぞ!」

「は、はいっ!」


 ブラットは上ずった声を出してグラブを構えた。なんだか余裕がないように見える。


 手始めに、正面に打ってみることにした。


 キィン。乾いた音がしてゴロの打球が飛んでいく。ブラットは猛然と前に出て、走りながらショートバウンドで球を拾い上げる。軽やかな身のこなしだ。しかしなぜか、その後ファーストではなく、正面に向かって投げた。山田の隣に立っていたルーチェが捕球する。


「ん? どうしたんですか? ファーストいますよ?」


 ルーチェはドレミィを指差した。普通内野手は、ノックで捕球したらファーストに投げるものである。


「あ、そ、そうか。いつもの癖で!」

「いつもの……癖?」

「あ、その、それはっ! その……」


 ブラットは何かを言い淀んでいる感じである。


「どうしたんですか? 言ってくださいよ。隠し事ですか?」


 ルーチェに言われると、途端にブラットはあわあわとうろたえ始めた。まるで蛇に睨まれた蛙である。出会いのくだりで、すっかり上下関係が刻まれているようだった。


「実はその、うち、守備の練習、壁当てしか、したことなくてっ! 誰かとキャッチボールするのも、初めてでっ! それでつい、前に投げちゃったの!」


 ブラットは大声で、叫ぶようにカミングアウトした。



「「「「「……えー!?」」」」」



 グラウンドにいる全員の声が重なった。

 コニー君もドン引きである。


「で、でも! 壁当て、1日何時間も、毎日毎日やってたから! だから捕って投げるのは上手にできるはず! もう一回お願い!」


 ブラットは守備位置に戻ってグラブを上げた。


「お……おう」


 山田は戦慄した。1日に何時間も、1人で壁当てを続けていたという精神力メンタルに。


(コイツ、どんな人生を送ってきたんだ……?)


 凄絶ですらある。普通、そんな孤独な真似はできない。

 ごくり。唾を飲み込んだ。


「じゃあ、もういっちょ行くぞ? 今度はファーストだぞ?」

「は、はいっ!」


 ブラットは腰を若干落として構えた。

 キィン。今度は左側に打ってみる。ブラットは逆シングルで打球を掴むと、ステップを踏んで一塁に送球。ドレミィのグラブにボールが収まる。


「おー。上手いじゃん!」

「え、え、えへへ」


 ブラットは照れ照れとしている。

 忍者というだけあって軽快な動きだった。壁当てだけであそこまで上達したというのが信じられないくらいに。


 続いて、コニーに向けて優しくゴロを打つ。その次にノアにフライを上げる。一巡すると、またブラットにゴロを打つ。


 コニー。ノア。ブラット。コニー。ノア。ブラット……。


 そうして繰り返し繰り返し、山田は陽が暮れるまでノックを打ち続けた。


 ノアのセンターの守備も申し分なかった。フライを打ち上げると、正確な打球判断で落下地点に入る。取ったら「えーいっ」とルーチェに矢のような送球を返す。強肩の持ち主だった。みんな野球が上手い。

 山田も久しぶりにバットを振る感覚を楽しんだ。


 ブラットは途中から調子を取り戻したのか、「我が華麗なるグラブ捌きを見よ!」などと言って、コニーに守備を見せびらかしていた。

 キャラが安定しない忍者である。


 練習を終えて引き返してくると、ブラットは無邪気な面持ちで、誰にともなく、ぽつりと呟いた。



「こんなに楽しいのは、生まれて初めて……。野球ってやっぱり、みんなでやるものなんだね」



 山田は泣きそうになった。

 ルーチェは呆れたような顔で言う。


「何を言ってるんですか。当たり前じゃないですか。また、皆でやれますよ。ノックだけじゃないです。入団テストに合格すれば、試合だってあるんです。だから、明日はしっかり頑張ってくださいね? 期待してますよ? 使えなかったらポイですからね?」

「うんっ」


 良い返事だった。

 その日の夜はコニーの両親に晩御飯を振る舞ってもらった。ライ麦のパンとシチュー。温かい食事。大勢で食べるご飯はたいへん美味しかった。


 いよいよ明日は、迷宮攻略クエストに出発である。

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