ネタエルフとポンコツ魔法使い
一行は差し当たって、『街周辺森林部の剣兎定期駆除』という依頼を受けた。
街の治安維持組織が発注した依頼で、15体以上を討伐したと証明できればクエストクリアだ。街から遠出をしたくないという冒険者は多いので、10000ベイスという足元を見られた非常に安価な報酬だった。1人当たりで割ると1日の生活費程度にしかならない。
街の門から出ると、4人は街道を外れてしばらく歩く。
やがて森林が見えてきた。
「さて、剣兎はあの森を住処としているはずです。弱い魔物なので過度な警戒は不要ですが、一応イッキューは初めてなので気を抜かないでくださいね」
「どうやって戦えばいい?」
「あなたの場合、まだ魔法もスキルもないので、力任せに殴ってくれればそれで良いです。力が高いのでそれでどうとでもなります。でも、手加減とか躊躇だけはしないでくださいね? それが一番危険です。全力で仕留めに行ってください」
「……わかった」
まともな喧嘩というのはしたことがないが、運動神経には自信がある。
山田は力強く頷いた。
「では、イッキューは最前列に立ってください。私は中列で臨機応変に動きます。ドレミィは魔法を温存。窮地になったら範囲魔法で打開してください」
「了解」
的確に指示を出すルーチェに、さすがはキャッチャーであると山田は感心した。
「ノアは…………というか、ノア。あなたは何ができるんですか? 道楽師って何が得意なんです?」
ルーチェは首をかしげた。
「んー。ノアは歌うのが得意だよ?」
「ふざけてるんですか?」
ルーチェは苛立たしそうにする。
「怒らないでよー。でもほんとに、今の所使えるスキルは、『歌唱』と『演奏』くらいだよ?」
「それって使うとどうなるんですか?」
「モチベーションが……上がる?」
「……身体能力強化って理解で良いですか?」
「んーん。楽しい気持ちになるだけ」
「もう一度言いますよ? ふざけてるんですか?」
「ふざけてないよ! だって歌手になりたいんだから、そういうスキルを優先的に取るのは仕方ないでしょ!」
「戦闘で使えるスキルはないんですか!?」
「ないよ! 悪いの!?」
逆切れである。
「悪いですよ! あなた、何の役に立つんですか!?」
ノアは途端にエルフらしいアンニュイな表情を浮かべた。
「……ルーチェ。世の中、役に立つものだけあれば良いというのは間違いだよ? 一見無駄に思えるものが、世界の美しさを証明してくれたりするんだよ?」
とても詩的なことを言ってやったぞという顔をしている。
「はったおしますよ?」
ルーチェはぷるぷると震えていた。
「まぁまぁまぁまぁ」
山田は仲裁に入った。
「なぁノア。なんか武器とか持ってないの?」
「んー。弓があるけど」
ノアは鞄から木の弓を取り出した。
「おお! いいじゃん! エルフっぽいじゃん!」
「でも、昨日のクエストで矢を全部打っちゃって、もうないの!」
ノアはミヨンミヨンと弓の弦をはじいて見せた。
「は? 何してるんですか? 買ってくださいよ!」
「だって、全然パーティに入れてもらえないから、もうお金なくて」
「さっき私にハンバーガー奢ったじゃないですか!」
「あれが全財産だったんだもん!」
「なんで全部使っちゃうんですか!? バカなんですか!? その金があれば何本か矢を買えたでしょう!?」
「でも、奢ってなかったら、パーティー入れてくれなかったでしょ?」
ノアはツンツンと指を突いてルーチェを見た。
「うぐ。それは……そうかもしれませんが」
「明日! 明日からはちゃんと矢を買ってくるから! だから今日の所は、ほら、これで我慢して!」
そう言ってノアは、おもむろに背中のリュートを奏でた。
やたらと上手い。陽気な民族音楽。アイリッシュな旋律。
「おお。確かにこれは、楽しい気持ちになるな!」
「えへー。でしょー?」
「イッキュー! おだてないでください! バカが調子に乗ります!」
「バカって言わないでよ。ほら、笑顔笑顔!」
ノアはジャカジャカと弦をかき鳴らす。
ルーチェはこめかみをひくひくとさせた。
「もういいです。じゃあせめて静かにしていてください。これで自分の身だけは守ってくださいね?」
鞄から取り出した木の棒を渡す。
弱そうな武器である。国民的RPGの初期装備のような。
「ラジャー!」
ノアは木の棒を勇者の剣のように掲げた。
〇
森の中に入って、木々の合間を歩いていると、進行方向の先の茂みから、2匹の兎が飛び出した。
剣兎。森に生息するルーキーレベルの魔物である。基本的に森で生活するが、数が増えると街道まで出てきて人を襲う。キョロキョロと首を忙しなく動かしており、愛くるしい見た目だが、口から伸びる長い前歯はやたらと鋭く、刃物のようだった。
ルーチェはすかさず木の大杖を構えた。
「でましたっ。イッキュー。油断しないでください!」
「わかった!」
剣兎は縄張りへの侵入者を認めると、地を蹴ってイッキューたちへと向かってきた。小動物とは思えないスピード。
しかし剛速球を打ちなれたイッキューからすれば遅く見えた。自分へと向かってくる2匹のうちの先頭の方に向かって、低めをすくい上げるようにして杖をフルスイングする。
会心の一撃である。飛ばされた剣兎は、空中で身体を透過させていき、最後に蝋燭が燃え尽きるような白い光を放って消滅した。
しかしフルスイングで隙が生じたイッキューに、もう一匹が口を大きく開けて向かってくる。
「させませんよ!」
ルーチェは中列から前に踊り出ると、剣兎の鋭利な歯を杖で受け止め、弾いて飛ばす。
「イッキュー! 追撃です!」
「おうっ」
イッキューは飛ばされた剣兎を追いかけ、すかさず上から杖を振り下ろした。芯でとらえると、またも一撃で消え去る。
戦闘終了。完封勝利である。
「ふう。楽勝だったな」
あっけないくらいだった。
「今回は群れじゃないのが幸いでしたね。少数ならば、剣兎は脅威ではありません。でもイッキュー。なかなか良い動きでしたよ! やるじゃないですか!」
「まぁ、運動神経には自信があるからな!」
戦闘が終わった後、地面にしゃがみ込んで何かを探していたノアが、透明な石のようなものを拾い上げて、見せびらかす様に歩いてきた。
「ねぇねぇ、魔核拾ってきたよー!」
「なんだそれ?」
「魔物の核だよ! 倒すと絶対落とすんだ! 魔力を蓄積する効果があるの。色んなものに使われるんだよ! ギルドで買い取ってもらえるのー」
「低ランクの魔核は二束三文ですがね。ま、討伐の証拠品みたいなものです」
「こっちは皮もドロップした。ラッキー」
ドレミィは魔核に加えて兎の皮を拾ってきた。
「ドロップってのは?」
「魔物の体は魔力で組成されているので、倒すと分解されて消滅するのですが、稀に倒した後も体の一部が世界に定着して残ることがあります。それがドロップ品ですね。剣兎の皮はルーキーレベル帯のボールの素材として利用されます。魔核よりは価値が付くはずです。昨日キャッチボールで使ったのも、剣兎のボールなんですよ」
「なるほど……」
見慣れぬ素材だと思ったが、まさか魔物の革とは驚きである。
「ボールに限らず、この世界の野球道具は全て、何らかの魔物の素材が使われています。グラブも、バットも、靴も、みんなそうです。だから常に、魔物の落とす素材には一定の需要があるんですよ。もちろん、武器防具にも使われますしね」
「さすが異世界だなぁ……」
山田はドレミィの持つ兎の皮をしげしげと眺めた。
〇
その後、一行は森の中の散策を続け、1体、2体と剣兎を難なく撃退した。どちらも山田とルーチェの連携のみで倒すことができた。ドレミィとノアは後ろに突っ立ってそれを眺め、戦闘が終わった後に魔核を拾ってきた。
この2人、まるで球拾いである。
とはいえ、ノアはともかくとして、ドレミィに関しては、魔法を撃つほどの脅威ではなかったというのもある。まだ実力を判断するには早い。
そうこうして進んでいると、やがてパーティーは森の中にぽかりとできた、広間のような空間に出た。中央まで進んだあたりで、周囲の茂みから気配がしたかと思うと、ぞろぞろと10匹の剣兎が出てきて瞬く間に囲まれた。
「……群れと遭遇してしまいましたね。数が多い。中央に集まって、ドレミィを囲ってください」
「わかった」
4人は駆けだして、広間の中央で陣形を組む。
「さぁ、ドレミィ! ついに出番ですよ! あなたの実力を見せてください!」
「わかった」
ドレミィは教鞭のような短い杖を構え、魔力を込めて詠唱する。
「凍てつけ大気よ。かの群れを襲う暴威となれ――」
杖が冷たく青い輝きを放つ。
「唸れッ! ”凍てつく暴威“!」
先端から吹雪がほとばしった。凄まじい冷気、風圧。
吹雪は90度に広がって飛んでいく。範囲魔法だ。進路にある草木は凍てつき、吹雪の暴威に飲み込まれた4匹の剣兎は瞬く間に消滅する。
それは明らかに過剰な暴力だった。魔法が放たれた一帯が氷の森と化している。
「す、すごいです! なんて威力! とてもルーキーレベルの魔法使いとは思えませんよ!」
「な!? だから言ったろ? ドレミィは凄いと思ってたんだ!」
「その調子でもう一発お願いします。今度は反対側を!」
ドレミィは再度杖を構え、口を開く。
「しかしMPが足りない」
「…………は?」
「しかしMPが足りない」
大事なことだと言わんばかりに、2度同じ言葉を繰り返した。
「ふざけてるんですか?」
「ふざけてない。今のでボクのMPは無くなった。あとはよろしく」
「ふざけてますよね!? レベル10なら、一日に最低3発は範囲魔法を撃てるはずですよね!?」
「一球入魂ってやつ」
ドレミィは希薄な表情で、「むふー」とドヤ顔をしてみせた。
「だから、ふざけてるんですかっ?!」
「ごめん。今のはちょっとふざけた」
ルーチェは震えていた。もちろん怒りで。
「なんですか! このポンコツ魔法使いは!」
「ポンコツじゃない。ロマン砲と言って欲しい」
「ロマンもくそもありませんよ! なんで一発しか撃てないんですか!? おかしいですよね!?」
「ボクは『魔力酷使3倍』のスキルを習得している。あらゆる魔法で強制的に3倍のMPを消費する。威力は2倍」
ドレミィはVサインを作って見せた。
「アホですか? そんなスキル聞いたことないですよ? 素直に3回撃ったらダメなんですか?」
「ダメ。ロマンがない」
「はったおしますよ?」
「おい。漫才してる場合じゃないぞ!」
ドレミィの撃った魔法の威力に慄いていた剣兎の群れが、次の攻撃が来ないということを察したのか、一斉にパーティーに向かってきた。
「もうーっ! しょうがない! 行きますよ、イッキュー!」
ルーチェは杖を振り上げて剣兎に向かっていく。山田も逆方向からの襲撃を迎え撃つ。
「が、がんばれー!」
「がんばれ」
ノアとドレミィは後ろから声援を送った。何の足しにもならない。
山田は杖を振り回して1匹を仕留めるが、隙が生まれたところに、別の1匹による攻撃が来る。自分に向かってくる鋭利な歯。
この時初めて、山田は恐怖を覚えた。
(あれ、これ食らったら、かなりヤバいんじゃ?)
剣兎の前歯はほとんど刃物である。切られたらただではすまなそうだ。
(ていうか、もしかして、最悪、死ぬんじゃあ……?)
回避は間に合わない。山田は身を固くした。
剣兎の前歯が山田の肉体に食い込む。
しかし、貫通したりするようなことはなく、浅い切り傷を作るだけだった。
血が出て、痛みはあるものの、想定していたよりもずっと軽い。鋭利な前歯の見た目の凶悪さと、実際に受けたダメージとのギャップに、山田は混乱した。
「イッキュー! 何ボサっとしてるんですか!? 早く攻撃してください!」
ルーチェもダメージを受けながら、1匹を葬り去っていた。
残りは4匹。
「お、おうっ!」
慌てて山田は攻撃に移る。
こちらにむかって来る剣兎をアッパースイングで撃退。飛び掛かってきたもう1匹の攻撃をゴロっと回ってかわすと、背後から一撃を浴びせて試合終了。
ルーチェの方も戦闘を終えたようで、周囲から魔物の気配が消えた。
「す、すごーい!」
「グッジョブ!」
ノアは手を叩いて喜び、ドレミィはグッと親指を立てた。
「せめて魔核拾いは任せましたよ!」
ルーチェは鬼神の如き表情で二人を睨んだ。
二人は慌てて球拾いに散っていく。ルーチェは肩で息をしながら山田に近寄った。疲れというよりも、怒りで呼吸を乱しているように見えた。
「大丈夫ですか? 傷を見せてください」
「あ、あぁ。ちょっと痛いけど、大したことじゃあ。もっとザックリ行くと思ったんだが?」
山田は服をペロンとめくった。割れた腹筋。
薄皮が破れて肉に到達し、血が出てはいたが、思った以上に浅い傷だった。
「私たちの身体は、HPの残量に比例したダメージしか受けませんから。剣兎は見た目こそ凶悪ですが、力や魔力は低い魔物です。攻撃を受けてもHPの減少はたかがしれてます」
「HPの残量ってのはどうやってわかるんだ?」
「胸に手を当ててHPについてイメージしてみてください。頭に数字が浮かぶはずです」
「こうか?」
やってみると、脳裏に『96/106』という数字が浮かんだ。ルーチェのHPもわかる。『54/77』。
「おお、ほんとだ。てか、ご主人の方が減ってるじゃないか。大丈夫か?」
「平気です。が、念のために回復をしておきましょう。光よ癒せ――”治癒光“」
ルーチェが唱えると右手が光を放つ。その手を当てると、傷口がみるみる塞がり、二人のHPが全快した。
「おおおー! 凄いな!?」
「これくらいは神官ですから、できて当たり前です」
治療を終えた頃、魔核を集めた2人が寄ってきた。
「ちゃんと全部見つかりましたか?」
「うん! 皮も2つドロップしたよ! 魔核は10個あったから、これでさっきのと合せてちょうど15個だね!」
「目標数は達成ですね。では、ひとまず戻りますか」
一行は来た道を折り返した。
街に戻るころには日が暮れかけていた。
〇
クエストの報酬を山分けすると、4人はギルドの机に向かい合って座った。
「首です」
ルーチェは開口一番に言った。
「そんなーっ! お願いだから見捨てないでよぉぉぉ! 明日から本気出すからぁぁ! もう誰も組んでくれないのぉ! お金もないのぉ! 1週間後の入団テストに挑戦できないと詰みなのぉぉ!」
ノアはルーチェの体に縋り付いた。
「止めてください! 恥ずかしいから大声出さないでくださいよ!」
「ルーチェ。ボクからも頼む。ノアにもう一度チャンスをあげて欲しい」
「いやいやいや。だからなんで、ドレミィはさらっとこっち側にいるんですか? 2人とも首ですよっ!」
「HAHAHA……」
ドレミィは眉一つ動かさずに笑った。
「HAHAHAじゃないですよ! なんで冗談だと思えるんですか?! 一発しか撃てないって、ポンコツすぎますよね!? なんですか『魔力酷使3倍』って!? そんなアホなスキル聞いたことないですよっ!?」
「それは……魔導書スキルだから」
「魔導書スキルって……繰り返し繰り返し魔導書を読み込んで、課題を達成して、初めて習得可能になるスキルですよね? なぜそんな苦労をしてまで、ネタみたいなスキルを取ったんですか?」
「それは……ロマンの追及の為」
「だから、あなたの言うロマンって、具体的に何なんですか?」
問われ、ドレミィは真っすぐとルーチェの瞳を見た。
「わかった。本気で答える。だから真面目に聞いて欲しい。良い?」
空気が変わった。
かつてないほど真剣な声音だった。
「……わかりました。聞きましょう」
ルーチェは姿勢を正した。
「ボクの言うロマンは、メジャーリーガーになって、永遠に人の記憶に刻まれるような1球を投げること。通算記録に残ったりしなくても良い。一瞬で良い。閃光のように輝く1球を、メジャーリーグのマウンドで投げたい。『魔力酷使3倍』はその為に習得した。繰り返し使って熟練度を上げて、さらに高度な魔導書スキル、『魔力酷使10倍』を習得したいから。そのスキルを使って、ボクは前人未到の1球を投げる。それが目標」
ドレミィは抑揚のない声で語った。
迫力があった。鬼気迫るものがあった。
本気の目。バカだと山田は思った。
野球バカだ。
「ご主人、面白いじゃんか」
「だから……面白いかどうかで判断するわけには……」
ドレミィはガタっと音を立てて椅子から立ち上がった。
「わ、な、なんですか急に?」
ルーチェはビクッと体を跳ねさせる。
ドレミィはとんがり帽子を取ると、胸に当てて、ルーチェに向かって頭を下げた。
「お願いします。なんとか役に立てるように頑張るから、ボクとパーティーを組んでください。1週間後の入団テストを、ボクは受けたい」
「わ、私もっ!」
ノアも立ち上がって、ドレミィの真似をするように頭を下げた。
「本気なの。こんなんでも、本気でメジャーリーガーになりたいの。もうお金もないし、1週間後の入団テストに何とかチャレンジしたいの。だから、お願いします」
無言でじっと頭を下げる二人。
「ず、ずるいですよ、そんなの……」
ルーチェは困ったような顔をする。
二人は黙々と頭を下げ続ける。ルーチェが何かを言うまでは、ずっとそうしていそうな勢いだった。
「どうするんだ? ご主人?」
山田はもう、2人のことを気に入ってしまっていた。
素朴に、2人と一緒に野球をやってみたいと思った。
ルーチェは「はぁ」とため息を吐いた。
「わかりました。顔を上げてください。私としても、できれば1週間後の入団テストに挑戦したいと思っています。明日もう一度パーティーを組んで、課題クエストに出かけましょう」
2人はパッと喜色満面で顔を上げた。
「た・だ・し! やるからには真面目にやってもらいます! まずはノア!」
「はいっ!」
ノアは気を付けをした。
「今日のクエストの報酬を貸します。だから、ちゃんと矢を買ってきてください。今度はなくならないように、たくさん。矢があれば、もう少しまともに戦えるんですよね?」
ルーチェは報酬の入った金貨袋をドサッとノアの前に置く。
「う、うん。『狩人』みたいにはいかないだろうけど、多少は役に立てると思う。小さい頃から弓の練習はしてたし……。でも、良いの?」
ノアは指をツンツンとして、不安そうな顔でルーチェを見た。
「あげませんからね? ちゃんと返してもらいますから! わかりましたか?」
「わ、わかった! ありがとうっ」
「次にドレミィ!」
「……はい」
「あなたはMPさえあれば立派な戦力です。とりあえず、値は張りますが、これでMPポーションを2つ買ってきてください。今回はお金で解決です。1日に2つまでの使用なら、行動不能になることもありませんし」
ルーチェは鞄から金貨袋を取り出して渡した。
「こんな大金……」
「貸すだけですからね! クエストの報酬で返してもらいますから! それだけあれば2つは買えるでしょう。今日の魔法が3発撃てれば、切り札としてかなり期待できます。課題クエストはそれでゴリ押しましょう」
「あの、初歩魔法なら、5発くらい撃てる……けど?」
ルーチェはふるふると首を振った。
「それではダメです。魔法使いに期待する役割は、いざという時の切り札なんです。劣勢をひっくり返せるだけの強力な魔法です。初歩魔法ではあまり意味がありません」
「そう……」
「だからせめて、1日に2発は、今日の魔法を撃てるようになってください。今すぐにとは言いませんから。それがこちらからできる最大限の譲歩です。いつまでもMPポーション頼りでは、いくらお金があっても足りません」
「……わかった。でも、きっと2発撃てるようになるには、少し時間がかかると思う。ごめん。ボク、こんな、ポンコツ魔法使いで……ごめんなさい。ロマンとかなんとか言って、バカみたいだよね……。自分では夢中になって頑張ってきたつもりなのに、滑稽で、情けなくて、笑っちゃう……」
ドレミィは俯いて、静かに泣いていた。氷の表情に流れる一筋の涙。
ルーチェは優しく笑って、ドレミィの顔を見た。
「いいえ。ドレミィ。私はあなたのロマンとやらを、否定するつもりも、笑うつもりもありません。むしろ気に入りましたよ。だって私はキャッチャーなんです。前人未到の1球なんて言われたら、受けてみたいに決まってるじゃないですか!」
「……ルーチェ」
「まぁただ、私の我儘も少しは聞いてくださいよ。冒険者はチームプレイが大事なんです。私、あなたには、期待してますから。頼みますよ?」
「うん」
ドレミィは嬉しそうに頷いた。
それは彼女が初めて見せた、表情らしい表情だった。
山田は改めて、ルーチェのことを尊敬した。
このパーティーの扇の要はルーチェだ。さすがはキャッチャーである。
「……では、明日の朝に、再び冒険者ギルドに集まりましょう。課題クエストに出発です!」
「「「おー」」」
3人は拳を突き上げた。
〇
――その様子を、柱の影から羨ましそうに見つめる猫族の少女が1人。
全身黒ずくめの怪しい少女。
猫耳をそばだてて、山田たちの話を盗み聞きしていた様子である。
通り過ぎる冒険者ギルドの面々は、何だコイツという眼差しを送っている。
「ふ、明日の朝か……」
そう呟くと、少女はいずこかへと立ち去った。