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双六芒星の世界《ツイン・ペンタグラム》と助っ人モンスター

 試合は7回表が終わった。

 お互いタイムリーヒットで1点を取り合い、スコアは森人2-1東海。

 今は7回裏が始まる前の小休止中で、『東海都レジェンドブレイブス』の踊り子達が、弦楽器による陽気な民族音楽に合わせて、グラウンド上で舞い踊っていた。異世界でもラッキーセブンの文化は健在なようだ。


 二人は観戦をしながら料理を全て食べ終えていた。ルーチェは2杯の麦酒エールを飲み終えて赤ら顔。よせばいいのに、3杯目を追加で注文していた。


 山田は食事をしながら、終始異世界のメジャーリーグのレベルに圧倒されていた。


 レジェンドブレイブスの先発はMAX196キロ、火属性の魔球を投げる力特化型パワータイプの投手。ルーチェによると、火属性には球速を底上げする効果があるらしい。速球を軸に打者を圧倒していたが、ソロホームランを浴びて一点を追加されていた。


「ひっく。それじゃあここらで、イッキューにこの世界のことを教えてあげます。私たちの目標を説明するために必要ですからね」


 ルーチェは人差し指を立てて言うと、鞄から巻物を取り出した。


「ご主人、大丈夫か? 顔赤いぞ?」

「大丈夫ですよ! これくらいでどうにかなるものですか! それにちょっと美味しく感じてきましたよ! ふふふ。とっても良い気分なのです!」


 先ほどより声が大きかった。酔っぱらっているのは明らかだ。次にまた酒を注文しようとしたら止めようと山田は決心した。


 ルーチェは取り出した巻物を机の上で広げる。それは世界地図だった。六芒星のような形をした大陸が2つ並んでいる。

 2つある六芒星大陸の、全部で12カ所ある各頂点には、球団名と、野球チームのロゴのようなものが描かれていた。


 西の大陸の最西端の頂点には『小人ハーフリング領フェアリィレンジャース』と書かれており、そこから時計回りに、『魔王領デビルウイングス』、『聖教都ホーリーエンゼルス』、『西海都グッドパイレーツ』、『王都ゴールドギガンテス』、『王都ロイヤルナイツ』と並ぶ。


 東の大陸に目を移すと、一番東に『陽国サムライファイターズ』があり、そこから時計回りに『亜人領ビーストキングス』、『魔法学園マジックワンズ』、『東海都レジェンドブレイブス』、『山人ドワーフ領ハッピードランカーズ』、『森人エルフ領ディープグリーンズ』。


 東西で6個ずつ、全部で12個の球団。


「世界には六芒星の形をした大陸が2つ並んで存在します。六芒星の各頂点には1つの国と地域があり、1つの国と地域には1つの球団があります。これが私たちの住む世界です。双六芒星の世界(ツイン・ヘキサグラム)と呼ばれています。70年以上前に勇者によって旧魔王が倒され、人種間での争いはなくなりましたが、代わりに毎年、野球のリーグ戦でしのぎを削っているのです。各頂点に存在する国と地域を代表する球団が行うリーグ戦を、メジャーリーグと言います」

「メジャーリーグ……」


 アメリカの野球リーグと同じ名前。

 この異世界で、最高峰のリーグ。



「イッキュー、良いですか? よく聞いてください。私の目標は、そのメジャーリーグでプレイする、メジャーリーガーになることです」



 ルーチェは山田の目を見据えて言った。


「私は小さい頃から憧れていた舞台に立ちたい。それに、たくさんのお金が欲しいのです。この目標を叶える為なら何だってします。だからイッキュー、あなたには私と一緒に頑張って欲しいのです。召喚士である私はステータスが低いので、メジャーを目指すなら、召喚獣であるあなたの活躍が必須になります。そう、あの、『最強打者』ドラウリィのように」


 ルーチェは水晶玉を指差す。


 7回裏の『東海都レジェンドブレイブス』の攻撃は、2番から始まる好打順。グラウンドで舞を踊っていた踊り子たちが走り去っていくと、映像は上に向けられて、球場の遥か上空を映しだした。


 星の散らばった夜空。そこに巨大な赤いドラゴンが羽ばたいている。ドラゴンは滑空してバッターボックスの近くに降りてくると、体を発光させて人型に変化した。


 店内はその光景だけで大歓声に包まれ、口笛が吹きならされる。



「2番・センター・ドラウリィ」



 ドラゴンは少女の姿に変化し、右のバッターボックスに立った。赤い髪の少女。頭に生えた2本の角だけが唯一、ドラゴンの面影を残している。それ以外はどこからどうみても人間にしか見えないが、少女とは思えぬ凄まじい威圧感を放っていた。


『27・ドラウリィ』。3割4分3厘。9本。22打点。


 ああしてモンスターが人間に変身するのは、これまでのイニングでも見た光景だった。

 両チームにモンスターがいて、守備をする時や打席に立つときだけ、人間に変化していたのだ。


 審判によってプレイが宣告され、エルフの投手、トゥアリスが初球を投じる。ドラウリィはバットをピクリとも動かさずに悠然と見送った。低めに外れて、ボール。


「あれさ、どういう理屈なんだ?」

「ひく。あれは召喚獣が人化の魔法で人型に変化しているのです。本来ならば、召喚獣に真っ先に覚えさせる魔法です。ああして人の姿にならないと、野球ができませんからね。各チーム2体まで、召喚獣を試合に出すことができます。ただし、召喚士も同時に試合に出ていることが、起用の条件です。『助っ人モンスター』と呼ばれています」

「俺も扱いとしては、その助っ人モンスターになるんだよな?」

「そうですね……」

「じゃあ俺、あんな化け物と同じくらい強くならないとダメなのか……? あのドラゴンとかと、2つしかない出場枠を争うと……」

「そういうことに……なりますね」


 ルーチェは表情を曇らせた。


 一方、山田は瞳を輝かせていた。


「面白いじゃねぇか」

「…………へ?」


 ルーチェは目を真ん丸にした。


「面白いって言ったんだよ。いいかご主人。よく聞けよ? 俺の目標は、メジャーリーグで一番の選手になることなんだ」


 山田はルーチェの目を見据えて言った。

 それを聞いて、ルーチェは信じられないという顔をして黙った。何かを言う代わりに、「ひっく」と可愛らしいしゃっくりを鳴らす。


「だったら、助っ人モンスターの枠とやらに入れるくらいには、どのみちならないといけないだろ? じゃないとメジャーリーグで一番なんて到底無理だ。それに、人間なのにモンスターと同じ枠って、なんか、燃えるじゃんか?」


 山田は打席に立つドラウリィを見る。目に焼き付ける。あれが自分のライバルだと言わんばかりに。

 ドラウリィは3球目を打って、センター前に抜ける安打にした。火の出るような打球だった。

 ルーチェは目をぱちくりとさせて、それから「ぷ」と笑った。


「イッキューは……とてもおバカなゴブリンですね」

「もう、ゴブリンで良いよーー」


 モンスターの枠に数えられるというのであれば、ゴブリン扱いも甘んじて受けよう。何しろ自分は『令和の怪物』なのだ。



「その代わり、世界最強のゴブリンになってやる」



 山田はニッと笑った。

 それから握った拳を差し出す。


「ご主人もメジャーリーガーになりたいんだろ? 一緒に頑張ろうぜ?」


 ルーチェは呆気にとられた顔をしていたが、ブンブンと頭を振ると、拳を強く握って山田の拳にぶつけた。


「良いでしょう! 言ったからには頑張ってもらいますからね!? ひっく。私たちは二人でメジャーの頂点を目指すのです!」

「おう。そうだご主人! その意気だ!」


 ルーチェは両拳を胸の前でグッと握る。


「それでは明日、早速冒険者ギルドに行きましょう!」

「ん? なんでメジャーリーグを目指すって話から、いきなり冒険者ギルドの話になるんだよ?」


 山田は首を傾げた。


「メジャーリーグを目指す為には、冒険者ギルドに入団する必要があるからですよ。良いですか? この世界にはメジャーリーグの下に、魔力の強さに応じた下位の野球リーグが存在します。A~Fと、さらにその下のルーキーレベル。メジャーを1軍として、8軍まであるのです。そして4軍以下の球団の運営は、全て冒険者ギルドが行っています」

「じゃあ、この世界の冒険者ってのは、野球をするのが仕事なのか?」

「いえ、野球は大事な仕事ですが、冒険者の仕事は野球だけではありません。魔物の討伐を始めとした、様々な依頼をこなします。それはトップのメジャーリーグに所属していても変わりません。野球をして大衆を楽しませ、同時に魔物の討伐なども行う。それが冒険者の仕事なのです」


「それ、どっちか片方だけじゃダメなのか? 野球だけやるのはダメなの?」

「ダメです。魔物の討伐をしないと、レベルが上がりませんからね。野球においては技術も大事ですが、ステータスも重要です。レベルが低ければどうにもなりません。ひく。だからメジャーを目指すには、魔物の討伐をこなしつつ、下位リーグで野球の実力も示す必要があるのです。どちらが欠けても、メジャーリーガーにはなれません」


 野球をして、魔物と戦う。それがこの世界の冒険者。

 さすが異世界だと山田は思う。


「というわけで、とりあえず明日、冒険者ギルドに行きましょーっ!」


 ルーチェはそう言って拳を突き上げた。だいぶ酔っぱらっているようだ。



 その時、店内に大歓声が上がった。



 何事かと水晶玉に目をやると、3番が凡退した後、4番のヒューディーがヒットを打ったようで、いつの間にか局面は1死1、3塁に変わっていた。

 ピッチャーの元にエルフの内野手達が集まる。


 どういう原理かわからないが、リプレイ映像が再生された。ヒューディーの痛烈なライト前ヒットで、一塁にいたドラウリィは快足を飛ばして一気に三塁に到達したようだ。


「5番。キャッチャー。エノティラ」


 ルーチェの贔屓の冒険者がコールされる。


「わ。わ! どうしましょう。エノティラさんに大チャンスで回ってきましたよ!」


 ルーチェは興奮した面持ちで水晶玉をじっと見ている。

 先発ピッチャーには疲れが見え始めているが、どうやら続投を決断したようで、集まっていた内野陣が散っていく。


 7回裏で2-1のビハインド。試合の行方を左右する重要な場面だった。

 ルーチェは不安と期待の入り混じった顔。胸の前で手を合せ、映像をじっと見つめる。


「おお、神よ……。エノティラさんに力をお与えください」

「打てるといいな」


 山田も心の底から願った。

 二人は勝負の行方を固唾を飲んで見守る。


 初球は外角に外れるスライダー、ボール。

 2球目は内角に沈むように落ちるシンカーを空振り。

 3球目はカーブを打って三塁線に切れるファール。

 4球目はインコース高めに外れるストレート。エノティラはのけ反ってかわした。

 これでカウントは2ストライク、2ボール。


 勝負の5球目。


 エルフの投手、トゥアリスが投じたボールはシュート。


 真ん中から右打者の内側に切れ込むように入ってくる変化球だ。見逃せばボールになるかという際どいコースだったが、エノティラは猛然とスイングした。


 ゴツン。鈍い音がした。


 バットの芯を大きく外した打球は三塁方向に転がる。三塁手は軽快に前進して掴むと、体を捻って二塁に送球してワンアウト。ボールを受け取った二塁手は流れるような所作で一塁に投げてツーアウト。併殺打ゲッツーの完成である。


 これでスリーアウト。絶好機を逃して無得点で攻守交替チェンジ。最悪の展開だった。


 店内は「あーっ」という大きなため息に包まれた。隣の席のドワーフも「なんでや」と呟いて頭を抱えている。


「やめちまえー」「へたくそー」「バントしろバントー」「ゲッツー王!」


 辛辣な野次が飛び交った。

 山田が恐る恐るルーチェを見ると、うるうると瞳を潤わせていた。涙目である。


「ま、まぁ。こんなこともあるって。元気出せよ? な?」

「ふえぇ。みんな酷いですよ。エノティラさんはレジェンドブレイブス一筋でずっと活躍してたのに、こんな言い方ってないですよぉ。うええぇ」

「おい、泣くなよ……」


 山田は困惑した。いくら何でも泣くことはないだろうと。

 これが泣き上戸というやつか。


「こうなったら、やけ酒です! こういう時、大人はやけ酒を飲むものなのです!」


 ルーチェはグッと一気に麦酒エールを煽った。ぐびぐびと細い喉を鳴らす。


「ちょ、おい。止めろって。明日ギルド行くんだろ? 飲みすぎるなよ。ていうか一気に飲むな、危ないらしいぞ?」


 山田の制止を聞かずに、ルーチェは一気に麦酒エールを飲み干していく。

 良い子のみんなは絶対に真似をしてはいけない。


「ぷはー」


 ルーチェはジョッキを置いて、酒臭い息を吐いた。


「おっさんかよ……」

「おっさんじゃないですー。15歳なんれすぅ。女の子なんれすぅー」


 ルーチェはぐるぐると目を回し、ふらっと前に倒れて机に突っ伏した。


「あっ。おい!」

「メジャーリーガーになるんれすぅ……」


 最後にそんなことを言って、すやすやという寝息を立て始めた。


「この酔っ払いめ……」


 気持ちよさそうに眠っている。山田は頭を抱えた。


 〇


 結局、試合を最後まで見るのは諦めた。あんなところでご主人様を寝かせておくわけにはいかない。

 山田はルーチェの鞄に入っていた金貨袋で慣れない支払いを済ませると、ルーチェを背負って宿屋を目指した。街灯には淡い光を放つ石が埋め込まれており、夜道を月明かりのようにぼんやりと照らしていた。


 背中にはルーチェの小ぶりな胸が当たる感覚。やわらかい。


 耳元ではすうすうという可愛らしい吐息。くすぐったい。


 山田はつい欲情してしまう。仕方ない。彼は健全な男子高校生なのだ。

 それでもなんとか理性を保って部屋に戻り、1つしかないベッドにルーチェを寝かせ、布団をかけてやった。


 照明は淡い光を放つ小さな石が1つあるだけで、部屋の中は薄暗い。これでは寝るくらいのことしかできなさそうで、山田は異世界の不便を感じた。

 ルーチェはゴロンと寝返りを打って、むにゃむにゃと口を動かしている。


「まったく……いくらなんでも無防備すぎだろう、うちのご主人は」

「ふへぇ。ホームランれすぅ……」


 ルーチェは夢の中でまで野球をしているようだった。


「幸せそうに眠りやがって……」


 山田はルーチェを見下ろす。

 彼は健全な男子高校生。

 そして、眠っているルーチェは美少女。


 しかし山田にとってルーチェは、無防備な寝姿をさらす美少女である以上に、つい先ほど、一緒にメジャーを目指すと誓い合った仲間だった。


 不義理を働く気にはなれない。


「……俺も寝るか」


 山田は布団を一枚拝借して、木の床に寝転がった。


 理性の勝利である。

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