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魔曲『タイガーラグ』

 オールスター。夢の舞台。出場する冒険者のプレーは全てが一級品。

 投じられる剛速球は190キロを優に超え、変化球はまるで絵筆で描いたように曲がる。メジャーリーグのトッププレイヤーたちの共演に、山田は1人の野球好きとして夢中になった。


 試合は8回表までが終わり、スコアは西連合ウエスタン3-1東連合イースタンに変わっていた。

 西連合ウエスタンは、魔王領デビルウイングスで4番を務めている女魔族、『第13代目魔王』フェレシアが、6回表に2ランを放って逆転に成功。対する東連合イースタンは度々チャンスを作るものの、あと1本が出ずに無得点が続いていた。


 4回以降、東連合イースタンの攻撃の際には、ステージ上のダークエルフの楽団による応援演奏が行われ、店内は大いに盛り上がっていた。演奏されるのは基本的に山田が聞いたことのない楽曲だったが、ランナーが2塁に達してチャンスを迎えた時だけは、聞き覚えのある『聖者の行進』が演奏された。フィンガーズの試合で、7回裏に合唱される曲だ。


 楽団の演奏の合間に、「かっせ、かっせ! 頼むぞ|(名前)! かっ飛ばせー! |(名前)!」と客から声が上がる様は、まるで現実のプロ野球や甲子園の応援のようだった。初めて『ムーンライト・ハウス』に来た時とは、随分と違う雰囲気である。

 山田たちも一緒になって、声を出して応援を楽しんだ。


 しかし肝心の能力上昇バフスキルに関しては、まだ使用された様子がない。ステージの中央に立つダークエルフの女性は、すました顔でトランペットを演奏している。オールスターの応援は楽しいが、今日の目的は彼女の使うスキルを、その身で体感すること。

 残りは2イニングしかない。そろそろスキルを使用してもらいたいところだった。


 そして始まる8回裏の攻撃。

 1死無走者から『安打流師範』犬童けんどうがレフト前に鮮やかに流し打って出塁すると、三振を挟んだ後に、『最強打者』ドラウリィがヒットを打って、2死ながら1、2塁のチャンスを作った。

 1発出れば逆転という場面。迎える打者は、東リーグのホームランダービーでトップをひた走る、レジェンドブレイブスの若き主砲、『巨大魔獣ベヒーモス』ヒューディー。


 店内の興奮はこの時、最高潮に達した。

 水晶映星に映し出されたヒューディーは、期待を一身に背負って左の打席へと向かう。


 ヒットを讃えるジングルを鳴らし終えたダークエルフの女性は、トランペットから口を放して、微かに笑みを浮かべながら背後に目配せをした。ダークエルフの奏者たちは、待ってましたという表情で頷き合う。


 一瞬の静寂。

 その後、ヒューディーが打席に入ってバットを構えると共に、ミュージック・チェンジ。


 ダークエルフの女性がトランペットに口を付けた瞬間、躍動感に満ちた陽気な音が空気を震わせた。さながら虎の咆哮である。トロンボーン、ドラム、ピアノ、ウッドベースの音も縦横無尽に跳ねまわり、空間に音楽が駆け巡った。


 それはこの日、初めて演奏される曲だった。試合の行方を左右する最重要局面ターニング・ポイントでのみ使用する、とっておきのチャンステーマ。

 山田はその曲を知っていた。


「これは……タイガーラグ……?」


 アニソン以外では珍しく、深く印象に残っている曲だった。

 なぜならば、それは平成最後の甲子園――記念すべき第100回大会で、決勝進出の快進撃を演じた公立高校が、応援に採用していた楽曲だったからだ。


 2018年、夏。

 山田が決勝の舞台で倒れ、異世界転生することになる、令和元年のちょうど1年前のことである。その年、甲子園出場を逃した当時1年生の山田は、チームメイトと一緒にテレビにかじりついて、その高校の試合を観戦していたのだ。


 その時に脳裏に刻み込まれた旋律が、この異世界で奏でられている。

 山田は不思議な感慨を覚えた。


 魔曲『タイガーラグ』。

 その曲がアルプス・スタンドに鳴り響く時、何かが起こる。

 ――ゆえに魔曲。


 古くから存在する定番のジャズ・ナンバーは、公立高校の快進撃を支えるチャンステーマとして、世間の注目を集めることになったのだ。


(この曲も……伝説の勇者とやらの影響か?)


 なんにせよ、山田は知っている曲が演奏されたことで、テンションが大いに上がった。

 店内もまた熱気に包まれている。楽団の奏でる陽気なメロディに合せて手拍子を打ちながら、「おい! おい! おいおいおい!」と声を張り上げていた。両手を左右に振って踊っているものまでいる。


 ――その時。


 山田は不意に、ステータスが高まるのを感じた。

炎熱機関バーニングエンジン“を使用した時のように、体が火照ってきたのだ。

 燃えるように熱かった。


「なぁ、これ……」

「えぇ。私も感じています」

「ノアも……」


 パーティーは顔を見合わせた。みな驚きを浮かべている。山田たちの目には、各自の体が、微かに橙色のオーラをまとっているように見えた。


「どうやら、ここ一番の場面で興が乗ってくれたようだな。これがくだん能力上昇バフスキルだ。どうだ? 能力の上昇を体感できるだろう?」

「はいっ!」


 ノアは笑顔で頷いた。

 音楽が、文字通り、力に変換されている。

 これが霊楽師。


(このスキルを使えれば……ノアも戦闘で役に立てる! 音楽も……続けられる!)


 胸に希望が灯った。


「試合が終わったら、彼女に聞きに行ってみるといい。だがまぁ、それよりも今は、この勝負を楽しもうじゃないか――」


 マギーは笑みを浮かべて水晶映星に視線を移した。


「じゃないと、野球の神様に失礼ってもんだろ?」


 彼女の言う通りである。山田たちも立ち上がって、周囲の客に合わせて声援を送った。

 店中の人々が音楽の元に一体となった。


 おい! おい! おいおいおい! おい! おい! おいおいおい!

 わっしょいわっしょいわっしょいわっしょい!

 わっしょいわっしょいわっしょいわっしょい!


 ――まさにお祭り騒ぎ。


 もちろん、こんなところでどれだけ騒いだところで、水晶映星の向こうにいるヒューディーに聞こえるはずがない。

 それでもここにいる客は、声を張り上げて叫ぶのだ。

 そうしたいから、そうするのだ。

 届くか届かないかに関わらず、どうか打ってくれと、祈りを捧げるのだ。


 ――そして。


 オールスターで4番に座るような、真のスーパースターというものは、そういう祈りに応えてくれるものなのだ。

 ヒューディーは3球目をフルスイング。


 カキィン!


 乾いた心地よい音が楽曲の旋律を切り裂いた。

 途切れる演奏。息を呑む観客。

 打った瞬間に、それとわかる当りだった。

 白球は高々と舞い上がり、バックスクリーンのスコアボードにぶち当たる。

 逆転の3ランホームラン。


 わぁぁぁぁぁ!


 店内は歓喜に包まれる。

 トランペットを吹いていたダークエルフの女は、その様子を見て微笑みを浮かべていた。


 ○


 魔法学園が誇る3賢者が1人、属性魔導士エレメンタラーの女ストッパー『炎の守護神(イフリート)』ことメルキオが、最終回を3人でピシャリと締めて、試合は東連合イースタンが4-3で勝利した。


 その後、店長と顔なじみであるというマギーが話をしてくれて、山田たちはダークエルフの歌手に会わせてもらえることになった。

 コンコンコン。店長がノックをすると、楽屋の中から少ししゃがれた女性の声が返ってくる。


「はぁい。何かしら?」

「ベリィ。少しいいかな? 君に会いたいという人たちがいる。フィンガーズの冒険者のみなさんだ」

「冒険者ぁ? そんな方々が、私みたいな旅芸人に何の用かしら?」

「なんでも、君に教えを乞いたいそうだよ。是非とも話を聞いてやってくれないか? 君も野球は好きだろう?」

「私に教えを乞う? 酔狂な冒険者がいたものね。ま、いいわ。話のネタになりそうだし、暇つぶしに聞いてあげるわ」


 ガチャリとドアが開き、ステージ上でトランペットを吹いていたダークエルフ――ベリィが姿を現した。豊満な肉体。髪は流れるようなロングの白髪。露出が大きい衣服を纏って、大人の色香をこれでもかと漂わせている。口には紙巻きたばこを咥えていた。

 胸元には、紫色の宝石がはめ込まれたネックレスを付けている。


「あなた達がそうなの? 随分と可愛らしい冒険者達ね。新人さんかしら? さ、突っ立ってないで、中へ入りなさい」


 山田たちは導かれてゾロゾロと楽屋内に入る。その部屋はどうやら女性専用の控室になっているらしく、他の楽団のメンバーはいなかった。部屋の中にはもやりと紫煙しえんが漂っている。ベリィはふうーと煙草の煙を吐き出すと、灰皿に押し付けて火を消した。


「それで、私に何を聞こうって言うのかしら?」

「あの! お願いがあるんです! ノアをあなたの弟子にしてください!」


 ノアは開口一番にそう言うと、ガバリと頭を下げた。


「…………はぁ?」


 ベリィはいきなりの懇願に、困惑を隠せない。


「おいノア。すっ飛ばしすぎだろ! もっと順を追って説明しろよ!」


 山田の突っ込みをうけて、ノアはしどろもどろにこれまでの経緯を説明した。

 話が終わるまでに、ベリィはまた煙草を1本吸い終わった。


「――――なるほど」


 一通り説明を聞き終えたベリィは、ノアの鼻に人差し指を当てた。


「ふごっ!?」

「あんた、なかなかの馬鹿ね」


 ため息を吐く。やれやれという感じだった。


「ば、馬鹿って言わないでくださいよぉ! ノアは本気なんです! どこが馬鹿なんですかぁ!?」

「そんなのもう、何もかも、全部よ。メジャーのお立ち台で歌を歌いたいって話や、道楽師の分際で冒険者をやってるところ、あとは今の今まで戦闘スキルを習得できないって問題に気付かなかったこととか。もう、とにかく、今聞いたエピソード、ぜーんぶ馬鹿。あとは、話し方もね」


 山田は隣で聞きながら、心の中で頷いた。

 ――確かに。


「ひ、ひどいよぉ!」

「――それに、何と言っても1番馬鹿なところは、エルフのあんたが、ダークエルフの私に、お願いをしてるってことかしらね?」


 ベリィは冷たい視線でノアを見つめた。


「あなた、まさか、エルフの連中がダークエルフに対して、現在進行形でしていること、知らないってわけじゃないでしょう?」

「そ、それは――」


 ノアはツンツンと指を突いた。


「エルフの王国は、ダークエルフを未だに奴隷として扱っている唯一の国。あんたたちは私たちの同胞を、生ける道具として使役しているの。そんなエルフに対して、ダークエルフの私がものを教えるなんて、とんだお笑いぐさよね? そうは思わない? それとも何? それは私じゃないから関係ないって、そう思ってるのかしら?」


 ベリィは嗜虐的な笑みを浮かべて言葉を並べ立てた。ノアは泣きそうな顔をしながら、ギュッと自身の服を握り締める。

 山田は何かを言いたいと思ったが、何も言えなかった。


「――ふん。もういいわ。ちょっと苛めてみただけよ。何にも言わなくて結構。もう帰りなさい。馬鹿エルフ」

「いやですっ!」


 ノアは即答。


「はぁ?」

「絶対に嫌です! 霊楽師がどんなものか教えてもらえるまで、絶対に帰りませんっ!」


 ノアはハシとベリィの腰に抱き着いた。


「ちょ、あんた、離しなさいよ! うっとうしい!」

「いーやーだーっ! 教えてもらえるまで離しませんっ! 絶対絶対絶対ーっ!」

「なんなのあんた!? 本当にエルフ!? あんたみたいな情けないエルフ、見たことないわよ!? プライドってもんがないわけっ!?」

「プライドなんてないもん! 普段からみんなにバカバカ言われて、ほんのちょっと残ってたプライドも、全部粉々になっちゃったんだもん!」

「ごめんな?」「ごめんなさい」「ごめん」


 山田、ルーチェ、ドレミィが、口々に謝罪の言葉を口にした。


「わ、我は言ってないぞ……。い、言ってないよね?」


 ブラットは不安そうにノアを見た。


「でも! でもでも! みんな口は悪いけど、ノアはみんなのこと大好きなの! もっといっぱい! もっともっといっぱい! みんなと一緒に冒険したいの! 野球をしたいの! だから戦えるようになりたいのーっ!」

「もー。ほんと、離しなさいっ! じゃあ、道楽師を辞めたらいいじゃない? 狩人レンジャーにでもなれば?」

「それもだめっ! 音楽も諦めたらダメなの! 野球と音楽、その両方が無いとダメなの! ノアはどっちも叶えたいの! どっちかが欠けても、ノアはノアじゃなくなっちゃうの! だからお願いです。霊楽師について教えてくださいっ。その為なら、ノア、何でもするからっ!!」


 ノアは振りほどこうとするベリィにすがった。みっともなく。


「ちょ! あんた! 鼻水出すの止めなさいよ! この服高いんだから! おい。おい! おぉい! マジでやめろっつってんだろうがぁ!」


 ブチ切れたベリィはノアの鳩尾に膝蹴りをかました。


「げぼぅっ!」


 クリティカル。ノアに50のダメージ。

 ノアを振りほどいたベリィは、はぁはぁと肩で息をしていた。


「もういいでしょう? エルフのあんたに教えることはないわ。さっさと帰りなさ――」

「あの! 俺からもお願いしますっ!」


 山田は90度に頭を下げた。

 ほとんど反射的に。何も考えずに。


「他のエルフのことは、俺、あんまり知らないですけど、ノアは! ノアの歌は、人を幸せにできるんです! ノアが歌ってるのを見てると、こっちまで楽しい気持ちになるんです! そんなやつ、これまで他に見たことなくて、俺、本当に、こいつのそういうところが、凄いと思うし、好きなんです。だから、だから――どうかこいつに、霊楽師について教えてやってくれませんか? 音楽も野球も諦めて欲しくないんです! お願いします!」


 全てが心からの言葉だった。馬鹿正直な男なのである。

 それを聞いたノアは顔を真っ赤に染めて、ベリィはボリボリと頭をかいた。


 しばしの沈黙。


「……あぁもう、青臭いわね。勘弁しなさいよ……。ったく。わかった、わかったわよ! それじゃあ、1つ条件を出すわ。それを達成できたら、霊楽師について教えてあげる。私がこの街にいる間だけはね!」

「ほ、本当ですかっ!? や、やったー!」


 ベリィは机の上で羽ペンを走らせると、万歳をするノアに紙片を差しだした。


「そこに書かれている場所に行って、霊楽師にクラスチェンジする為の前提条件になっている、魔導書グリモアスキルを習得してきなさい。エルフのあんたが行っても断られるかもしれないけど、ま、そん時は諦めなさいな」

「ぜ、前提条件?」

「そのスキルがないと霊楽師になれないってことよ。霊楽師は一応、上級ハイクラスなの。誰でも願えばなれるってもんじゃないのよ。それならもっと数がいるはずでしょう? 霊楽師になる為には、それ相応の演奏技術と心構え、それから前提スキルの習得が必要ってわけ。わかった? わかったら返事!」

「は、はいっ!」


 ノアは気を付けをした。


「あとは……期限を設けておこうかしら。いつまでもダラダラやられたらかなわないわ。そうね――来週末までに、魔導書グリモアスキルを習得してきなさい。それができなかったら、あんたには資格がないってことで、この話はチャラよ。来週末のフィンガーズの試合の後に、この店で待っててあげる」

「はいっ! わかりました! 頑張りますっ!」


「おいノア。来週末までって、ダメだろ……。明日から俺たち、試合の直前まで経験値稼ぎ(キャンプ)クエストだぞ?」

「……あ。そうだった! ま、待ってください! せめて2週間! 2週間ください!」

「……はぁ? 嫌よ。できないんだったらそれまでね。あんたの事情なんて知らないわ。言ったことを簡単に覆すんじゃないわよ」

「そ、そんなぁ!」


 ノアは頭を抱えた。


「さ、もうこの話はおしまい。行った行った。今夜の私は非番なの。さっさと帰らせてもらうわ」


 ○


「ど、どうしよう……」


 テーブルに戻って、一行は顔を突き合わせて作戦会議を行っていた。

 ノアには魔導書グリモアスキルを習得してもらう必要があるが、かといって経験値稼ぎ(キャンプ)クエストを放棄するわけにもいかない。レベルが足りなければ、野球の試合で活躍できないのだ。

 悩むパーティーに対して、マギーが提案する。


「二手に分かれたらどうだ? 経験値はパーティーで共有される。それは離れていても同じことだ。だから魔導書グリモアスキルを習得しに行くメンバーと、経験値稼ぎ(キャンプ)クエストに行くメンバーに分かれて行動するのが、ベストだろう。そうだな――ノア1人では何かと不安だし、2対3に分かれたらどうだ?」

「で、でも、3人で経験値稼ぎ(キャンプ)クエストなんて、大丈夫でしょうか?」


 ルーチェが不安そうに尋ねた。


「本来なら、十分に安全とは言えない。が、しかし、今回は他のチームの冒険者と合同で行ってもらう経験値稼ぎ(キャンプ)クエストだ。こちらのチームのメンバーが2人欠けても、ま、何とかなるだろう。多少効率は落ちるだろうがな」

「なんか、でも、悪い気がするよぅ。ノアのせいで、みんなに迷惑かけて、その、ごめんね……?」


 バン。山田は下を向くノアの背中を叩いた。


「何言ってんだよ、ノア! らしくねぇ! むしろ良かったじゃんか! ノアが霊楽師になれたら、パーティーはパワーアップするんだろ!? ならもう、やるしかないだろ! 頑張ろうぜ!」

「イッキュー……」


 ノアは瞳に涙をためて山田を見た。


「うんっ! そうだねっ! がんばろう! おーっ!」


 完全復活。立ち直りの早いエルフである。


「どういう組に分かれる?」

「それはもちろん――」


 ルーチェが口を開くよりも前に、ノアがイッキューの腕に抱き着いた。


「ノアはイッキューと一緒が良い!」

「あ……」


 ルーチェは口をポカンと開けてしばし呆然。それから思い出したようにブンブンとツインテールを揺らしてから、バンと机を叩いて立ち上がった。


「だ、ダメですよ! イッキューは召喚獣なんですから! 召喚士と一緒に行動してもらいます!」

「まぁまぁまぁ。ルーチェ、今回は大目に見てくれよ。ノアも困ってるだろうし、なんか同じ部屋で色々と話を聞いてたから、俺としても力になってやりたいんだ。俺もノアと一緒に行きたい」

「イッキュー! 嬉しい! やったー!」


 ノアは大きな胸を腕に押し付けた。


「ちょ、おま、やめろって」


 山田は顔を赤くしつつも、柔らかな感触がまんざらでもない様子。


「の、ノア! 下品ですよ! 胸を押し付けるのをやめなさいっ! イッキューも! なにデレデレしてるんですかっ!」

「し、してねぇよ!」

「してますっ! ばかゴブリン! ふん! なんですかもう! なんですかもうーっ! そんなに大きな胸が良いんですか! だったら勝手にしてくださいよっ!」


 ルーチェは頬を膨らませてプイっと横を向いた。

 マギーはその様子を微笑ましそうに見守っていた。

 ブラットはおろおろしていた。


 ――その時である。


 カランカランと入口のベルが鳴って、1人の男が入ってきた。


「ロバート……」


 マギーは目を見開いた。そして頬をわずかに染めた。山田たちを見つけたロバートが近寄ってくる。

 ロバートは普段工房で着ているのよりも、上等そうな服に身を包んでいた。顎の無精ひげも綺麗に剃っている。見違えた。


「よぉ、イッキュー、さっきぶりだな。オールスターは楽しかったか?」

「あ、はい!」

「そうか。そりゃ何よりだ。それで――悪いんだが、ちょっと席を外してくれないか? マギーと2人でしたい話があるんだ」

「わかりました」

「すまねぇな……」

「いえ。ちょうどそろそろ帰ろうと思っていた頃なんです。マギー監督。俺たちはもう、失礼しますね。明日も早いことですし」

「あぁ……そうだな。そうしてくれ。ここの支払いはしておこう。明日から各自、やるべきことをしっかりやるんだぞ? 来週の試合での活躍を、期待しているからな?」

「はいっ!」


 返事をすると、山田たちは立ち上がって出口へと向かった。パーティーの最後尾を歩いていたノアは、マギーの元で立ち止まると、耳元で囁いた。


「監督、頑張ってくださいね! ふぁいとです! また『大事な話』について、聞かせてくださいね!」


 マギーは口元に笑みを浮かべる。


「あぁ――そうだな。そんなに期待しないで、待っていておくれ。お前もしっかりやるんだぞ?」


 マギーは手を振ってパーティーを見送った。

 そしてロバートに向きあった。


「久しぶりだな、ロバート。本当に……久しぶりだ」

「あぁ……久しぶり。マギー」

「さて、それで? 『大事な話』とやらを、聞かせてもらおうか?」


 その夜、マギーとロバートが交わした『大事な話』について山田たちが聞かされるのは、もう少し後のこと――来週末のデビュー戦の後である。


 ○


 冒険者寮への道を歩く山田たちを、月明かりが照らしている。

 ノアは一歩前を歩く山田の背中に、ぽつりと呟いた。


「イッキュー。今日の言葉、嬉しかったよ」


 山田にも他のメンバーにも、聞き取れないくらいに、小さな声で。


「――お酒に酔って、『あーやって』言ったわけじゃ、なかったんだなって」

「……はぁ? 何か言ったか?」

「えへー。なんにもー」


 ノアは山田の腕に抱き着いた。


「ちょっと! ノア! またそうやって胸を押し付けて! 下品ですよ! 離れてくださいっ!」

「そんなに怒って、羨ましいのかなー? ルーチェには押し付ける胸がないもんねー」

「首絞めますよ?」

「ぐえー。絞めながら言わないでよおぉぉ」


 ビッグ・ベルの夜は更けていき、やがて空には太陽が昇る。

 朝日に包まれながら、山田たちは各自のすべきことをする為に二手に分かれ、魔動機関車に乗って旅立っていった。

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