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敗戦処理

 YAMADA 18。


 勝負服に身を包み、先発のウェンディに代わって、5回の裏から山田が登板した。

 合せて、スタメンマスクを被っていたヴィンスに代わり、ルーチェがキャッチャーに入る。召喚獣は同時に2体までしか試合に出られない為、センターに入っていた鳥の召喚獣ジョーイもベンチに下がり、代わってノアがポジションについた。3人は初出場である。

 投球練習を終え、山田がマウンドをならしていると、ルーチェが近寄ってきてマスクを持ち上げた。


「さて、Fランクで、初となるマウンドですね」

「そうだな。めっちゃ燃えてる。打たれたウェンディには悪いが、せっかく回ってきた出番だ。やってやろうぜ。今日の配球は、どんな感じだ?」

「そうですね……。イッキューの持ち味である力の高さは、Fランクでも通用する値のはず。ここはやはり、速い球をメインに攻めましょう。無失点で抑えるなら、かわすピッチングをすべきなんでしょうが、敗戦処理に求められるのは、とにかくゲームを進行させること。四球を出したりするのも避けたいですし、ストライクを中心に勝負をしていきましょう」

「了解! んじゃ、いっちょやるか!」

「えぇ。しっかり頼みますよ! 最近、あの、何だか、その……あんまり……喋ってないですけど、し、しっかり、サインに応えてくださいよ?」


 ルーチェは不安げに、山田を上目遣いでじっと見上げた。


「ん? 何言ってんだ? 当たり前だろうが。ルーチェはパートナーなんだから。リード、しっかり頼んだぜ!」


 山田はグッと親指を立てた。

 ルーチェはパッと光が差したように笑った。


「はいっ!」


 ルーチェはマスクを被ると、ホームベースへと駆けていった。


 ○


 キィン。

 ザッ。鋭い打球が山田の足元やや右を抜ける。


「――ショートっ!」


 山田が振り返ると、ゲッツーシフトを取っていたショートのエルフ・メレスベスがグラブを伸ばしてキャッチ。そのままバックトスでボールをセカンドに渡し、素手で受け取ったエルフ・ファロスが1塁へと速やかに送球。エルフの二遊間による流れるようなプレーで、ゲッツー|(※一連のプレーで2つのアウトを取ること)が完成した。


「っしゃ!」


 山田はグラブを叩いた。これでチェンジ。1死1、2塁のピンチを切り抜けた。ベンチに戻りながら、メレスベスとハイタッチを交わす。


「どうもです。先輩」

「これくらい、できて当然でしょう。私もウカウカしてられないのよ」


 ベンチに座り、ふうっと一つ息を吐く。やはりまだ魔力の値が足りていないのか、バットに当てられると打球の球足が速い。

 それでも山田は健闘していた。5回、6回と投げて、ソロホームランによる1失点のみ。ヒット自体は4本打たれていたが、連打を浴びたのがホームランの後だったことが幸いした。先ほどの鋭い当りがゲッツーになる幸運もあった。


「イッキュー。次の回を投げ終えたら交代するぞ。ドレミィも試しておきたいからな。何とかあと1回、踏ん張ってこい」


 そう言って送り出された7回のマウンド。

 山田はまたしても1死1、2塁のピンチを迎えていた。


 キィン。


 フライがセンターに上がる。かなり大きな打球だったが、背走したノアが何とか追いついた。


「ナイスゥ!」


 あのエルフ、普段は阿呆だが、打球を追いかけるのは本当に上手い。あとで褒めてやらねば。救われた。

 セカンドランナーがタッチアップして、2死1、3塁に場面が変わる。


(なんとかあと1つまで漕ぎ着けたけど……。ここであいつか、やりづれぇ)


 対する打者はエスト。投手に打席が回った所で、エストが代打に告げられたのだ。期待の新入団冒険者の登場に、球場内は大歓声に包まれる。


(敵地はこれがやりにくいよなぁ……)


 完全なるアウェー。

 エストは左の打席に立ち、小さな体でバットをゆったりと構えた。

 口元に笑みを浮かべている。


 山田を挑発するように。

 あるいは、勝負を楽しむように。


「上等だっ……!」


 山田は燃えた。握り締めたボールに魔力が込められ、赤い輝きを放つ。


(ここは何としても抑えてぇ……。結果が大事だ!)


 山田は前かがみになってルーチェのサインを見た。


(速い球は逆に待たれているかも。まずは変化球で入りましょう)


 ルーチェの考えていることが、なんとなくわかる。


 エストは魔力で打球を飛ばす魔力型打者マジック・ヒッター

 魔力型打者マジック・ヒッターは力のステータスが低めの為、スイングスピードが遅く、一般的には速い球を苦手とする。

 しかし、エストには以前、ストレートをホームランにされていた。それについ最近、一週間前に対戦もしていて、山田のスピードには見慣れているはず。

 ほいほいとストレートを要求するのは危険と判断。ルーチェはフォークのサインを出して、ミットを低く構えた。


(低めですよ? 欲しいのはボール球です。最悪、歩かせても構いません)

(あぁ、わかってる)


 山田はセットポジションから、ルーチェの構えるミット目掛けて、全力で腕を振った。投じられた球は途中までストレートの軌道で飛来し、ホームベース直前でストンと落ちてワンバウンド。ルーチェは球を後ろに逸らして3塁ランナーを返さぬよう、体を張って全力で止めにかかった。


 エストは豪快にフルスイング。バットは空を切った。


「ストライーッ!」


 審判の声が響く。ルーチェは体に当てて止めたボールを拾い上げ、山田に返球した。


「ふん。多少は学習したようね」

「おかげさまで」


 エストの顔を見上げながら、にっこりとほほ笑んでみせた。


「ストレート、投げて欲しかったですか?」

「別に……。どちらかというと苦手だし」

「そうですか。じゃあ、次はやっぱり、ストレートを投げますかね?」


 エストは聞こえないふりをした。何かリアクションを返すのが、相手にヒントを与えるような気がしたのだ。


 ルーチェは少しだけ思案してから、ミットを真ん中やや低めに構えた。出したサインはチェンジアップ。先ほどよりも遅い落ちる球だ。

 山田は足を上げて2球目を投じる。スピーディーな腕の振りから放たれる、ラグのあるスローボール。遅い球を得意とするエストは、反射的にスイングを始動させた。


(しめたっ!)


 これはルーチェの狙い通り。ストレートを事前に意識付けていた為だろう。いくら何でもスイングの始動が早すぎる。これなら打っても、ファールにしかならないはず――。


(――んなっ!?)


 しかしルーチェは、向かってくる球を捕球しようとして、驚愕に目を見開いた。


 エストは体勢を大きく崩されながらも、踏み込んだ足でブレーキを踏んでグッとこらえて、ボールが到着するまで強引に体重を後ろに留めた。

 膝を曲げてしゃがみ込むようにしながら、無茶苦茶なフォームでバットを振りぬく。


 キィン。快音が響いた。


「やばっ!?」


 山田は打球を仰ぎ見た。

 外野に高々と舞い上がった大飛球。飛距離は十分であるように思えた。


 ――しかし。


 打球は僅かにポールの外に逸れた。


「ファール!」


 審判が両手を広げると、球場内は大きなため息に包まれた。


「あっぶねー。完璧に行ったと思った」


 山田の感触では、完全にフェアゾーンに飛ばされていた。


(もしかして、風か……?)


 山田はスコアボードの上に掲げられた旗を見た。羊と花が合体した奇妙なマスコットが描かれた旗が、バタバタバタバタと激しくはためいている。

 山田がそれを認めた瞬間、風が止んで旗がへたれた。


(ラッキー)


 山田は胸を撫でおろす。幸運以外の何物でもない。

 1塁方向に走っていたエストは、バットを拾い上げて悔しそうな顔をしていた。完璧に捉えたと思っていたのだろう。

 審判から返球を受け取った山田は、再び腰を屈めてルーチェのサインを見る。


(助かりましたね)

(助かったな)

(さて、サインですが……)

(とりあえず、1球外すか?)

(いえ、ここは意表を突いて、3球勝負と行きましょう。ここがチャンスです)


 ルーチェはストレートのサインを出し、内角一杯に構えた。


(いいねぇ)


 山田は嬉しくなった。


 ルーチェは細かい性格に見えて、案外、こういう時に大胆なサインを要求するのだ。そういうところが、山田は大好きだった。応えるのが楽しくて仕方がない。

 山田は大きく左足を踏み出して、ちぎれんばかりに腕を振る。

 今日1番の力を込めた、渾身の火の玉ストレート。


「……っ!」


 意表を突かれたエストは、スイングを始動させられなかった。

 ゴウっと空気を切り裂きながら、赤いオーラをまとった剛速球が、ルーチェの構えたミットに寸分たがわず収まる。


 スパァン!


 快音が響いた。

 僅かな沈黙の後。


「ス、ストライーッ! バッターアウッ!」


 審判の右手が高々と上がった。


 結局、山田は3回を投げて1失点。敗戦処理としては上々のピッチングだった。

 ベンチに戻ってきた山田を、マギーは握手で迎えた。


「よくやった。初登板にしては上出来だ。ま、多少ラッキーではあったがな」

「ありがとうございます」

「ポテンシャルの高さを感じたよ……。この調子でやってくれ」

「はいっ!」


 その後、山田のバトンを継いで、ドレミィが8回裏のマウンドに上がった。ヒットを一本打たれたものの、お得意の”魔力酷使オーバードライブ3倍“によって威力を高めたスライダーで、レベルが各上の相手から三振を奪ってみせた。


 ノアも都合よくチャンスで打席が回ってきて、”大舞台“のスキルによって本拠地開催程ではないが上昇したステータスで、ヒットを放ってみせた。

 ブラットは代走で出場して見事に盗塁を決めた。


 試合には結局5-2で負けたが、出番が確約されていない山田たちのパーティーからすれば、アピールに成功したと言える試合だった。負け投手はウェンディ。これで8勝10敗。負け星が2つ先行したことになる。


 敵地での3連戦は、フィンガーズの2勝1敗で幕を下ろした。


 ○


 その日の夜。

 帰りの魔動機関車に揺られていると、パーティーのもとへマギーがやってきた。右手に酒瓶とグラスを持っている。


「おう、お前ら。ちょっと酒盛りに付き合え」

「監督、ホントにお酒が好きですね」

「野球とこれが私の生き甲斐だからな。敵地での3連戦を2勝1敗で切り抜けたんだ。ささやかな祝杯さ」


 マギーはふふと笑ってから、自分の持っているグラスに酒を注いだ。


「今日はナイスピッチングだったな。ほれ、飲むか?」

「あ、どうもっす」


 受け取った茶色く澄んだ酒に口を付けると、苦みと熱さが口に広がった。


「うえー、なんすかこれ!?」

「ウイスキーだよ。まだまだお前には早いかな?」

「これは俺、当分飲めなくて大丈夫です。甘いやつが良いっす」

「ふふ。お子ちゃまめ」


 マギーは口元に笑みを浮かべながら酒に口を付けた。


「あ、監督、そういや1つ、相談があるんですけど」

「ん? なんだ?」


 山田がチラとノアの顔を伺うと、うんうんと頷いていた。


「ノアのことなんですけど、実は――」


 山田はマギーに、道楽師のクラスツリーから戦闘スキルが失われてしまい、ノアがこのままでは戦闘の役に立たないということを説明し、何か打開策はないかと相談した。


「――ふむ。なるほど」


 マギーは一通り説明を聞き終えると、顎に手を当ててしばし考えた。


「ノア、お前は『道楽師』というクラス自体に、こだわりがあるのか? お前のやりたいことは『道楽師』であることか?」

「はぇ? ど、どういうことですか?」

「あー、聞き方が悪かったな。じゃあ質問を変えよう。ノア、お前はなぜ、道楽師になりたいと思った?」


 マギーはノアの両目を真っすぐに見つめた。


「それは――――音楽が好きだから」


 それだけ言うと、少し間を開けた。


「ノアの歌を聞いた人に、心から良いなって思ってもらって、それで、元気になってもらいたいの。楽器の演奏を聞いた人に、なんだか悪くないなって、そう思って欲しいの。それはね、野球をやりたいっていうのと、同じくらい大事な気持ちなの」


 両手を胸に当て、自分の気持ちを確かめるように、ノアは言った。


「そうか。ノア、それは素晴らしい心掛けだ。そして、それならば、私に1つアイデアがある。お前のやりたいことを実現できて、なおかつ、戦闘に役立つスキルを習得できるクラスに、心当たりがあるんだ」

「本当ですかっ!?」


 ノアはパァっと明るい顔になった。


「なんていうクラスなんです?」

「――霊楽師」

「れいがくし? 聞いたことないですね」


 ルーチェは知らないという様子だった。


「あぁ、今じゃめっきり、数が減っているらしいからな。珍しいクラスだよ。私も本で読んだことしかなかったが、ちょうど最近、街に霊楽師と思われる者がやってきたんだ。一月ひとつきほど前かな? ほら、この前、ムーンライト・ハウスで歌を歌っていたダークエルフだ。イッキューとノアは見ているだろう? あの時はスキルを使っていなかったが、以前、野球の応援演奏に行った時には、興が乗ったのか、能力上昇バフスキルを使っていた」

「応援演奏ってなんです?」


 山田は首を傾げた。


「音楽バーならではの野球の楽しみ方だ。チャンスになったりすると、ノリがいい音楽を楽団が演奏して、みんなで盛り上がったりするんだ。ほら、あの店にも、水晶映星があっただろ? メジャーリーグをやっている日には、あの店はよく、応援演奏を催しているんだ。ま、とにかく、1度私と一緒に行ってみよう。百聞は一見に如かずというやつだ。ちょうど来週は、オールスターがあることだしな」

「えぇっ!? オールスター!?」


 山田は素っ頓狂な声をあげた。


「なんだ? お前、忘れてたのか?」

「いや、忘れるも何も、そんなものがあるなんて知らなかったっす」

「そうか、誰も教えてなかったのか。オールスターは良いぞ? 野球の祭典だ。楽しみにしておけ」


 マギーはニヤッと笑った。


 それからパーティーは、オールスターに出場する冒険者の話をしながら、マギーの酒盛りに付き合った。山田たちもメイランド村の広場でたまにメジャーリーグ中継を見ていたので、オールスターに出場する冒険者の名前を聞くと心が躍った。

 話がひと段落したころ、山田は思い出したようにマギーに尋ねた。


「あ、そういえばなんですけど、ロバートさんとのこと、酒を飲みながら聞かせてくれるって言ってませんでした?」

「あぁ……そういえば、そんなことも言ったっけな……」


 マギーは窓際に肘をついて、グラスの中の液体をクルクルと回し、それからゆっくりと口に含んだ。


「じゃあ、今日の好投の褒美に聞かせてやろう。別になんてことはない話だがな。端的に言うと、私とロバートは付き合っていたんだ。一時いっときは、結婚の約束をしたりなんかもした」

「「「……ええーっ??」」」


 ロバートのことを知る山田とルーチェとノアの3人は、目を丸くした。

 マギーは苦笑。


「そんなに驚くことじゃないだろう。男女が同じパーティーにいたんだ。そういうことだってあるさ。お前らがいたカウカウズのジャックだって、同じパーティーの人間と結婚したんだぞ?」

「あ、そういえば、そんなこと言ってましたね」


 山田はメイランド村で行われた歓迎会のことを思い出した。


「でもでもでも。じゃあじゃあ、何で今は、ロバートさんの居場所すら知らなかったんですか? 前にお酒飲んだ時に言ってた、いつの間にか大好きになってた人って、ロバートさんのことなんですよね? 大好きだったのに、嫌いになっちゃったの?」

「――いいや。愛していたよ……。とても」


 マギーは噛みしめるように言った。


「あいつ、今はどうだか知らないが、昔はそりゃあ、かっこよかったんだ。野球以外の趣味もあったしな。ムーンライト・ハウスで音楽を聴きながら、一緒に良く酒を飲んだりしたものさ。気に入らないのは、野球が下手くそだったことくらいだ」

「じゃあ、なんで、離れ離れになっちゃったんですか……?」

「野球が下手くそだったからだよ」


 マギーはそれだけ言うと、空になったグラスに酒を注いで、唇を潤す様に一口飲んだ。

 それからゆっくりと話を始めた。


「自分で言うのも何だが、私は優秀なピッチャーで、当時のパーティーの中でも、1人だけ飛びぬけて野球が上手かった。しかし他の連中はへたっぴでな。私がどれだけ好投しても、なかなか上のリーグには上がれなかった。そんなある日、当時の監督に、パーティーを離脱して、他の冒険者と新しくパーティーを組みなおせば、上のリーグに昇格できると言われたんだ。年齢制限が間近に迫っていた私は、その提案に飛びついた。どうしてもメジャーリーガーになりたかったからな。私は似た境遇の冒険者たちと新たなパーティーを組み、Eランクリーグに昇格していった。もちろん、ロバートとは別れてな。ふふ。別れ話をした時は、随分と喧嘩になったものだよ」

「そんな……」


 ノアは悲し気に眉根を寄せた。


「ひどい話だろう? ロバートだけじゃない。他のメンバー全員を裏切ったようなものだ。だけどまぁ、後悔はしていない。あの時ああしなければ、今の自分はなかったからな。野球を続ける為には、必要な選択だったんだ」


 マギーは酒をグイッと一気に煽った。


「手に入れたものはあるが、引き換えに失ったものもある。それだけのことさ」

「……ロバートさんとは、また会いたいと、思わないんですか?」


 ノアの質問には直ちに答えず、マギーはしばらく、客車の窓から外を眺めた。夜の暗闇が包み込んでいて何も見えず、窓ガラスにはマギーの顔が映り込んでいた。

 眼鏡を掛けた40代の女は、寂しそうに笑っていた。


「……思うよ。そりゃあ、思う」


 マギーはしみじみと呟いた。


「後悔はしていないが、しかし、あの時、野球を選ばなかった未来というものが覗けるならば、覗いてみたいと思うこともある。それくらいには、ロバートのことを愛していた。引きずっていたということなんだろうな。新聞であいつの名前を見た時には、はっきり言って動揺したよ。こんな近くに、住んでいたのかと……」

「……だったら会いましょう!」


 山田は右手を握り締めて、勢い良く立ち上がった。


「……はぁ?」


 呆気にとられるマギーを見下ろして、山田は力強く宣言する。


「俺、ロバートさんを誘ってみますよ! 来週のオールスターの応援演奏、一緒に見に行きましょうって! 久しぶり会ってみたらいいじゃないですか!」

「……とは言ってもなぁ。これはもう、言うなら終わった試合なんだ。それにだいたい、相手が会いたいと思っているとは限らない。というか、この街にいることを隠していたということは、私に会いたいとは思っていない可能性が高いだろう」


 マギーは煮え切らない様子。


「大丈夫ですよ! きっと! そこで会って、話して、それでほら、また仲良くなったりするかもしれないじゃないですか!」

「ははは。そう簡単にはいかんだろうよ。まぁでも、お前らが工房体験でロバートの下についたというのも、何かの縁なのかもしれんな。せっかくだし、じゃあ、頼むとしようか。お前らと一緒なら、久しぶりに会っても、気まずい思いをしなくてすみそうだ」


 マギーは困ったようにはにかんだ。

 それから間を開けて、ぽつりと呟く。


「ロバート……手紙、読んでくれなかったのか?」


 プォォォォォ。


 マギーの呟きは汽笛にかき消された。

 薄ぼんやりとした月明かりに照らされながら、魔動機関車は夜の中を走る。


 マギーの目には、一瞬、窓ガラスに映る自身の顔が、10代の少女に見えた気がした。

 しかし、瞬きをすると、幻はすぐに消えた。

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