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敵地3連戦 ~魔動機関車に揺られて~

 早朝、パーティーは敵地への遠征に向かう為に、街の中央から少し外れた場所にある、魔動機関車の駅へとやってきた。改札を抜けてホームに入ると、フィンガーズの他の冒険者や、マギー監督の姿もあった。


 しばらく待っていると、プォォォォォという汽笛を鳴らして真っ白な蒸気を吐き出しながら、ホームに魔動機関車が走り込んできた。

 光沢のある黒いボディ。ロマンと鉄の塊。機関車のすぐ後ろは客車になっており、さらに後ろには、貨物車両がいくつも連なっている。

 間近で見たドレミィは、はぁはぁと息を荒くしていた。


「最高……」

「かっちょえー」


 山田も興奮。


「ほら、2人とも、見惚れてないで早く乗りますよ」


 ルーチェに促されて客車に乗り込む。


「俺、窓際の席が良い!」

「じゃあノアは隣に座るー」


 山田はウキウキとした様子で、向かい合った3人掛けの座席の窓際に座り、ノアもすかさずその隣に陣取った。


「あっ……」


 ルーチェは一瞬、右手を宙に彷徨わせて寂しそうな顔を浮かべたが、すぐにブンブンと頭を振り、山田と対角線に位置する通路側の席に座ってそっぽを向いた。


「2人とも、さ、最近妙に、仲が良いではないか? 何かあったのか?」


 ノアの向かいに座ったブラットが首を傾げる。


「べっつにー。何もないよーだ」

「そ、そう? うち、なんか、仲間外れにされてたりしない?」


 ブラットは不安げにノアを見た。相変わらずネガティブな忍者である。

 そうしてパーティー5人で向き合って座っていると、マギーがやってきて空いた1席に座った。


「お前ら、ちょっと失礼させてもらうぞ」

「どうぞどうぞ」


 マギーは椅子に座ると、鞄から取り出した新聞紙を読み始めた。やがてプォォォォォと汽笛を鳴らし、魔動機関車はゆっくりと加速を始める。出発進行である。


「あぁ。良い音……」


 ドレミィは口からよだれを垂らしていた。


「うおぉぉ。動いた!」


 魔動機関車は市街を貫くように敷かれた線路の上を行く。山田は窓に張り付いて、流れていく街並みに瞳を輝かせた。


「はは。お前、子供か」


 マギーは苦笑。

 魔動機関車が街を囲む壁の外に出て、平野を走り始めた頃、マギーは読んでいた新聞紙を開いて一行に差し出した。


「おい、これ、お前ら見てみろ。記事になってるぞ」


 パーティーは顔を寄り合わせて新聞紙を覗き込む。


「フィンガーズの新入団冒険者5名。野球工房を体験……」


 山田が記事の見出しを読み上げた。紙面の見開き2ページが、まるまる新入団した山田たちの特集に使われていた。


「ふむ。どうやら、工房体験は熱心に取り組んでくれているようだな。好意的に書かれている。ま、こうして記事になったことで、みんなお前らのことを、応援しにきてくれるだろう」

「こんなに大きく扱われるとは思ってなかったんで、なんだか照れ臭いっすね」


 新聞ではルーキーリーグ時代の成績や、各自のポジションなども紹介されていた。特に山田は、人間の召喚獣という異例の存在として注目されていた。魔災ディザスターで子牛を亡くして悲しむ子供の為に、最終戦でホームランを打ったエピソードも紹介されている。


「あー! なんですか! この記事!」


 ルーチェは紙面の隅っこを指差して叫んだ。

 マギーが見出しを読み上げる。


「なになに? パーティー唯一の男性イッキュー、両手に花? ノアとルーチェ、恋のライバル……。ぷっ。お前ら、なんだ、早速スキャンダルか?」

「変なこと書かないでって言ったのにぃ! とんだ誤解ですよ! 新聞社に抗議します!」


 ルーチェは顔を真っ赤にしていた。憤慨しているのだろう。


「まぁまぁ、落ち着けルーチェ。こうやって好き勝手に書かれるのも、冒険者の仕事のうちさ」

「あ。あと、これ」


 山田はまた別の記事を指差した。そこには「新旧フィンガーズの冒険者。託される想い」と書かれていた。無言で記事を読み進めると、かつて冒険者だったロバートに、山田がメジャーへの夢を託されたと書いてあった。


「ひっでぇ。捏造ですよ、これ。ロバートさん。そんなこと言ってないのに」

「ロバート……? ロバートだって?」


 マギーはその記事を読んで顔色を変えた。


「あ、ロバートさん。マギー監督と、同じパーティーだったんですよね? 今はもう、会ったりとかはしないんですか?」


 山田が話しかけても、マギーは心ここにあらずという感じで、新聞紙をじっと見つめて呆けていた。


「マギー監督?」

「……ん。あ、あぁ……すまん。少し驚いてしまってな。なんだった?」

「いや、今はもう、会ったりとかはしないのかなって」

「あぁ……そうだな。というか、そもそも、あいつが今も、この街にいるということを知らなかった。てっきり、故郷に帰ったものだとばかり……」

「そうなんですか。連絡とかは、取り合ったりしていなかったんです?」

「あぁ。そんな資格はないからな。私には」

「資格がない?」


 山田は首を傾げた。


「気になるか?」


 マギーは山田を見てふ、と笑った。


「めちゃくちゃ」

「はは。そりゃそうか。なに、話してやらないこともない。が、この話は素面しらふでするようなもんでもない。また今度、酒でも飲みながら話してやるさ」


 それからマギーは立ち上がって、無人の座席を指差した。


「やはり私は、向こうの席で寝てくるとする。昨日は遅くまで本を読んでいて、ちょっと寝不足でな。お前らと一緒だと楽しいが、寝るには少しうるさそうだ」


 窓際の席に移ると、マギーは肘をついて目を閉じた。


「あ……ノアのスキルのこと、聞こうと思ったのに」


 山田は機を逸した。


 ○


「もうすぐ到着だね! ほら、見てあれ! きれー!」


 ノアは窓の外を指差した。

 魔動機関車の外には、地平の遥か彼方まで、青々と茂った植物が広がっていた。広大な畑である。労働者があちこちに点在し、腰を屈めて何やら作業をしていた。植物は黄色がかった小さな花をつけており、花弁が風に吹かれて揺れている。生きとし生けるものに力を与える、魔力を帯びた風。


「ホントだ。綺麗だな。でも、ありゃなんだ?」

「あれは羊花ひつじばな


 山田の向かいに座っていたドレミィが、説明をしてくれた。


「ひつじばな?」

「モコモコの羊の毛みたいな実をつける、不思議な花。羊花は衣服の材料に使われる素材で、例えばボクが着ているこのローブも、魔物素材と羊花を織り交ぜた生地で作られてる」


 ドレミィは自身のローブを摘まんでみせた。


「今日からボクたちが3連戦を戦う『大農園バロメッツ』は、羊花の大規模栽培で栄える街を、本拠地とするチーム。そこではたくさんの労働者が、日々羊花の栽培に勤しんでいるらしい」


 山田は窓の外、広大な畑で作業に精を出す人々を見た。ダークエルフと亜人の割合が多い。


「世界には色んな街があって、色んな仕事があるんだな……」

「うん。それもこれも、鉄道のおかげ。鉄道ができたことで、大量の物資の運搬が容易になって、何か1つのことに特化する街が増えた。大量に生産したものを鉄道で輸出し、足りないものは鉄道で輸入する。勇者のもたらした技術革命(ブレイベイション)は、そうやって、この世界の在り方をガラリと変えた。勇者がもたらした変化は、メジャーリーグの創設だけじゃない」

「なるほど」

「振り返ってみると、初めて鉄道が作られた経緯というのも――」


 ドレミィの鉄道呪文の詠唱は、駅に着くまで続いた。


 ○


 街についた山田たちは、球場近くの宿に荷物を置き、早速球場に入った。そこはビッグ・ベル・スタジアムに負けず劣らず、立派な球場だった。客入りも上々。まだ試合まで時間があるというのに、観客席はすっかり埋まっていた。観客に関しても、ダークエルフと亜人の比率が高い。どうやらこの街には、その2つの人種が多く住んでいるようだった。


 キャッチボールの前に、準備運動としてパーティーでグラウンドを走っていると、相手のブルペンに見知った顔がいるのを見つけた。

 金髪の長い髪をした、背の低い魔法使いの女の子。


「あ、エストじゃん」


 山田たちは足を止めた。

 エストはブルペン付近のフェンスに、腕を組んでもたれ掛かっていた。隣には戦士の男、ブレアの姿もある。入団テストで同期合格し、魔災ディザスターで力を合せて戦ったパーティーだ。


「奇遇ね。まさか、昇格して初めての試合が、あんた達とは」

「おう、イッキュー。一週間ぶり。意外とすぐに会ったな」

「ブレア! なんだ、お前たちも昇格してたのかよ!」


 山田はにこやかに歩み寄って、ブレアと握手をした。


「あぁ。実は、あの試合の後、俺たちも監督に昇格を言い渡されてな。一昨日、この街に到着したんだ」

「そりゃめでたい! またお前らと試合ができるの、楽しみだよ!」

「あぁ。俺もだ。ま、試合では、全力でやらせてもらうがな」

「ブレア、何当たり前のこと言ってるわけ? こいつらは基本的には敵なんだから! ちょっと一緒に戦ったくらいで、じゃれあってんじゃないわよ! あんた、先週の試合で、イッキュー相手に4タコだったでしょ!? たるんでんのよ!」


 エストはビシッと山田を指差した。


「ほら、あんたも! さっさと行きなさいよ! 私は今日、先発するんだから! そろそろ投球練習をしなきゃいけないの! 邪魔しないでもらえる?」

「昇格していきなり先発か、すげぇなぁ」


 さすがはエストであると山田は感心した。


「ふん。あんたんとこのチームと違って、うちは弱小だからよ。早めに新戦力を観客に見せたいってだけでしょ? ま、打たれる気はさらさらないけどね。それより、あんたもさっさとブルペンで投球練習してきたら? 新入団なんだから、監督にアピールしなきゃいけない立場でしょ?」

「たしかに! よし、ルーチェ! 早速ブルペン行こうぜ!」

「はいはい」


 山田たちは三塁側のブルペンへと駆け出した。


 ○


 試合が始まった。山田たちのパーティーは先日言われていたように、全員ベンチスタートである。


 フィンガーズの先発ピッチャーはエルフの召喚士が使役する妖精のモンスター・エフィル。彼女はどうやら、山田と同じく、外野手だけでなく先発投手もこなすらしい。いわゆる二刀流だ。

 スコアボードに表示された投手成績は、7勝2敗、防御率2.57という非常に優秀な数字だった。エースである。登板数が少ないのは、おそらく、今シーズンの途中から昇格してきたということなのだろう。


 エフィルは左投げで、風属性の大きく曲がる変化球を操る、軟投派のピッチャーだった。幼女の姿から繰り出される緩い球でタイミングを崩し、凡打の山を築き上げていく。まるでリトルリーグのピッチャーが、大人を掌の上で転がしているようだった。

 エフィルは結局、8回を投げて無失点。2塁すら踏ませない好投を見せて降板した。


 対する大農園バロメッツの先発は、土属性の重い球を操る小さな魔法使い、エスト。細かく左右に動く球で内野ゴロを打たせるのが持ち味のピッチャーだ。Fランクリーグに昇格して初の試合ということで、気合いに満ちた様子だった。


 しかしやはり、昇格したてでレベルが足りていないということもあり、エストは回の進行と共にじわじわと失点を重ねた。ゴロを打たせることに成功しても球足が速く、内野の間を抜けてしまうという場面が目立った。他にも、長打を打たれにくいことが持ち味であるにもかかわらず、5番に座る錬金術師のドワーフ・スラーインに、バックスクリーンに飛び込む2ランを浴びたりもした。


 エストは6回1/3を投げて4失点。負け投手になった。レベルがFランクリーグの基準に満たない状態での登板と考えれば、これでも上出来と言って良い。実際、エストが降板を告げられた際には、観客席から大きな拍手が送られた。しかし当然、エストとしては満足などできない。悔しそうに唇を噛みながらマウンドを降りた。


 そうして、3連戦の初戦は、最終的に6対0でフィンガーズが勝利した。

 山田たちのパーティーで出番があったのは、最終回に四球で出塁したベムブルに、代走として送られたブラットだけだった。


 ○


 翌日の試合のフィンガーズの先発はドワーフの戦士、ドヴァリン。

 土属性のスピードボールを操る力特化型パワータイプのピッチャーだ。魔力のステータスは低いが土属性の特性で飛距離が出にくいという、弱点を属性で補う投球スタイルだった。9勝7敗で防御率は3.74。彼もまた、なかなかに優秀な成績である。


 160キロに迫る剛速球で相手打線をねじ伏せ、7回2失点の好投。試合もフィンガーズが5対2で勝利を収めた。さすがは首位を追いかけるチームだけあって、戦いぶりに安定感がある。

 1試合目も2試合目も、山田はブルペンに控えて出番を待っていたが、先発投手が好投したこともあって、登板の機会は訪れなかった。


 そして3日目、敵地遠征の最終戦、フィンガーズの先発マウンドには、人間の女神官・ウェンディが立っていた。前回6回5失点と打ち込まれた彼女にしてみれば、雪辱のマウンドである。防御率は4.68に悪化していた。


 山田というライバルの出現により、彼女は焦っていた。ここで不甲斐ないピッチングをしてしまえば、山田に先発ローテーションの座を奪われるかもしれないのだ。


(ここまで頑張ってきたのっ! メジャーへの夢は……諦めるわけにいかないっての!)


 ウェンディはいつも以上に気合を入れていた。


 ――しかし。


 それが逆に、彼女のピッチングを乱してしまった。入りすぎた気合は気負いに繋がった。初回に四球でランナーを貯めて、手痛い3ランを食らい、4回にも2アウトからツーベースを打たれて2点を失った。

 結果は4回を投げて5失点。炎上というほどではないが、試合を作ったとはとても言えない。ここまでチームも無得点に抑えられ、勝利の可能性はかなり低くなってしまった。


 敗戦処理の出番である。


「ウェンディ。お疲れ様。次の回から交代だ」


 マギーはベンチに引き上げてきたウェンディと目を合せずに、無表情に告げた。

 ウェンディは目を見開いた。


「――くそぉぉぉぉっ!」


 自分に対する苛立ちから、グラブを叩きつけようとして腕を振り上げる。


「おい、やめろ」


 その腕を盗賊でキャッチャーの男、ヴィンスがそっと握った。今日のヴィンスは彼女とバッテリーを組んでいた。ウェンディは振り返って、涙をにじませた顔で叫ぶ。


「あんたのリードがっ! あんたのリードが悪いのよっ! あたしの持ち味を、全然活かせてないっての! ばか! あほ! まぬけっ!」


 ドン。ウェンディはグーでヴィンスの胸を殴りつけた。


「…………悪かった。お前の言う通り、俺のせいだ。もっと考えてサインを出すべきだった。本当にすまん」


 ヴィンスは頭を下げた。それを見て、ウェンディは瞳から涙を溢れさせた。


「……情けなくなるからやめろっての! なによ! ふえ。言い返してきなさいよ! 今日はあたしが悪かったわ! うぐ。そんなことっ! 自分でもわかってるっての!」

「あんまり自分を責めるな……落ち着け」

「う、うるさいっ……! あほヴィンス!」


 ウェンディはずかずかとベンチの奥に引き上げていった。

 マギーは目を閉じながら、ふぅとため息を吐いて、隣に座っていたルーチェに言った。


「おいルーチェ、次の回から、お前とイッキューのバッテリーに代える。準備をしておけ」

「はいっ!」


 ルーチェは力強く頷いた。

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