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VS剣兎の女王《ブレイドラビット・クイーン》

 パーティーは冒険者ギルドの酒場に来て、掲示板に張り出されたクエスト発注書を眺めた。


 全部で4枚。ビッグ・ベル周辺でのクエストしか掲示されていない為、ルーキーレベル帯全域を扱っていたファンボーケンに比べると、数は少ない。ただしクエストは『フィンガーズ』の冒険者だけで消化する必要があるので、それでも十分な数であると言えた。山田は内容を順番に読み上げる。


「F級山岳迷宮攻略……F級剣兎(ブレイドラビット)の巣穴迷宮攻略……F級剣兎(ブレイドラビット)の巣穴迷宮攻略……F級剣兎(ブレイドラビット)の巣穴迷宮攻略……って、3つは同じクエストじゃねぇか!」

「本当。何かの間違い?」


 ドレミィは首を傾げた。


「いーや、それで合ってる」


 背後から男性の声。振り返ると、人間の男盗賊でキャッチャー、ヴィンスが立っていた。肩には鳥のモンスターの姿もある。


「あ……どうも」


 ルーチェはぺことお辞儀をした。


「おう。昨晩は連れが悪かったな」

「いえいえ……。それで、同じクエスト発注書が3枚も並んでいるのは、どういうわけなんでしょうか?」


「あぁ、それはな、ビッグ・ベル周辺に広がる森には、どういうわけか、剣兎の女王クイーン・ブレイドラビットが短い周期で頻繁に出現ポップするんだ。んで、そいつがせっせと掘る巣穴に魔力が流れ込んで、剣兎ブレイドラビットの巣穴迷宮がいくつも形成される。発注書それはだから、間違えて張ってあるんじゃなくて、巣穴迷宮が本当に3つ存在しているんだ。この街じゃよくあることさ」


 ヴィンスは肩をすくめた。


「なるほど。地域によって出現ポップする魔物が偏る場合もあるのは知っていましたが、随分と極端なんですね。もしかして、だからこの街には、野球道具工房が密集しているのですかね? 剣兎ブレイドラビットの皮は、冒険者が用いる魔力球マジック・ボールの中では、もっとも需要がある低級兎球ラビット・ボールの材料だから……」


 魔力球マジック・ボールとは、冒険者たちが使用する、中に魔核が埋め込まれた野球ボールのことを言う。中でも低級兎球ラビット・ボールは、山田たちがルーキーリーグで実際に使っていた球だった。Eランクまでの試合で使われる低品質な野球ボールだ。


「ま、そういうこったろうな。巣穴迷宮の中には当然、剣兎ブレイドラビットがうじゃうじゃいる。行って帰ってくると、大量の皮をゲットできるぜ? ま、大した金にはならねぇけどよ」


「うじゃうじゃですか……」


「なに、ビビるこたぁない。Fランク帯の魔力で多少は強化されてるが、剣兎ブレイドラビットなんて雑魚であることに違いはねぇ。普通にFランクに上がってきたようなパーティーなら楽勝だよ。ま、ただ、剣兎の女王クイーン・ブレイドラビット――ボスだけは、上がってきたばかりのレベルだと、ちょっと骨が折れるかもしれないがな。仮にもF級の女王クイーンだしよ」


「なるほど……。私たちで勝てるでしょうか?」


「まぁ、レベル20もあれば勝てるはずだ。アドバイスを送るとするなら、月並みにはなるが、しっかりと女王クイーンまでMPを温存するこったな。女王クイーンの皮は特に分厚くて、通常攻撃じゃなかなかダメージが入らねぇ。スキルや魔法で一気に畳みかけろ」


「わかりました。ヴィンスさん。色々と教えてくださり、ありがとうございます。私たちはライバルなのに」


「なに、良いってこった。ライバルであるのは違いないが、その前に俺たちはチームメイトだ。ウェンディにも、それはよく言っておいた。それに、俺たちはもう剣兎ブレイドラビットの巣穴迷宮は散々やってきて、飽きちまってよ。実のところ、お前らに率先してやってもらいたいというのもあるんだ。てなわけで、悪いが俺はこっちのクエストをもらっていくぜ? んじゃま、お互い頑張ろう。じゃあな」


 ヴィンスはF級山岳迷宮攻略のクエスト依頼書を剥がして、ひらひらと振りながら立ち去っていった。


 ○


 森の中、小高い塚のようになっている場所に、剣兎ブレイドラビットの巣穴迷宮は存在した。こんもりと盛り上がった土に掘られた大きな穴の周囲が、ユラユラと揺らめいている。


 ここまで案内してくれた守衛に別れを告げて、パーティーは円陣を組んで気合を入れてから、穴の中へと足を踏み入れた。

 巣穴迷宮は、周囲を土の壁が覆うトンネルのような迷宮だった。土に微量に含まれる魔光石の粒子が、迷宮内を風のように巡る魔力に反応して薄ぼんやりと光っている。


「天井が低くて、頭がぶつかりそうだな……」

「ふ。まるで土竜モグラにでもなったようだ」


 山田とブラットがパーティーの先頭に立って道を行く。


 しばらく細い道を進むと、開けた広い空間――『部屋』に辿り着いた。部屋とは迷宮内部にできた魔力が濃くなった広間で、魔物とエンカウントする可能性が高い場所だ。


 辿り着いた部屋の中には、早速10羽を超える剣兎ブレイドラビットの群れが待ち構えていた。

 鋭いつるぎのような前歯を持つ、小型の魔物。


「いきなりたくさんいますね! ブラット! イッキュー! 頼みましたっ! ヴィンスさんのアドバイス通り、スキルや魔法は温存で!」


 部屋への侵入者に気付いた剣兎ブレイドラビットたちは、一斉にこちらへと駆け寄ってくる。


「おらぁ!」

「はっ!」


 数こそ多いが、1羽1羽は弱い魔物だ。イッキューとブラットが、杖と双剣という各自の武器を振り回すと、一撃で次々に消滅していく。2人の前衛の間を抜けてきた数羽に関しても、ルーチェとノアが中列から攻撃して撃退。剣兎ブレイドラビットたちは瞬く間に全滅した。


 完封勝利。以前10羽を相手取った時には、ドレミィの魔法を使っても苦戦したことを鑑みれば、かなり成長したと言えるだろう。


「ふう。確かに楽勝でした。油断は禁物ですが、これならさほど苦労せずに、女王クイーンのもとまでは行けそうですね」


 ドレミィが落ちていた魔核とドロップ品を拾い集めてきた。


「見て。剣兎ブレイドラビットの皮が、こんなにたくさん」


 大量のドロップ品を両手で抱えていた。


「そういえば、魔力ランクが高い所に出現ポップする魔物は、ドロップ率が高いと本で読んだことがあります。もしかしたらこの迷宮の剣兎ブレイドラビットは、確定ドロップするのかもしれませんね」


 ルーチェはホクホク顔で、受け取った品を拡張鞄インベントリにしまい込む。


「さて、この調子でどんどん行きましょう!」


 ○


 その後もパーティーは剣兎ブレイドラビットたちを難なく倒し、迷宮を順調に進んだ。


 F級の魔力を帯びているためか、ルーキーレベル帯で見かけた個体よりも僅かに体格が大きいが、所詮は剣兎ブレイドラビットである。ルーチェの回復魔法を前衛にそれぞれ1回ずつ使用したくらいで、特に問題なく倒していった。ルーチェの拡張鞄インベントリはすでに、大量のドロップ品で溢れそうになっている。


 そうこうして、やがてパーティーは迷宮の最奥にある、通常の部屋よりも面積の広い大部屋に辿り着いた。


 そこにこの迷宮の主――剣兎の女王クイーン・ブレイドラビットが待ち構えていた。

 部屋の奥で優雅に毛づくろいをしている。


「で、でかいな!」


 体長はおよそマウンドからホームベースまでの距離――18メートルはあるだろうか。巨大魔獣ベヒーモスに比べれば小さいが、通常個体の体格とのギャップもあって、ことさらに大きく見えた。


 ひと際目を引くのは、やはり身体と同様に巨大化した鋭利な前歯。

 もはや大剣である。


「あの前歯には特に気を付けてください! さすがに一撃ということはないでしょうが、食らえばダメージが大きそうです!」


 女王クイーンは山田たちの存在に気付くと、二度三度ピョンピョンとその場で跳ねまわり、それからヴモオオォォォという低い唸り声をあげて山田たちを威嚇した。


「光よ注いで壁を為さん。聖なる帳よ、護りそうらえ――」


 危険を察知したルーチェは事前に詠唱を始めた。彼女の読み通り、女王クイーンは発達した両足の筋肉に膂力を漲らせ、土の地面を蹴って飛び掛かってきた。


「はやっ!」


 猛突進。巨体だけあって一跳ねの幅が広い。


「遮れっ! ”聖護壁ホーリーベール“ッ!」


 しかしルーチェは冷静に、パーティーにぶつからんとする直前で、光の魔法壁を形成して巨体を遮った。剛速球を受け止めるのがキャッチャーの仕事である。壁にミシミシとヒビが入るが、一撃で粉砕はされなかった。幸い、巨大魔獣ベヒーモスよりは力が低そうだ。


「さて、では事前の打ち合わせ通りに行きますよっ! 作戦開始プレイボールですっ!」

「おうっ!」「ラジャー!」「承知っ!」「うん!」


 ルーチェの号令を受けて、パーティーはバラバラの方向に駆け出した。ルーチェが向かった位置をホームだとして、山田は一塁、ブラットは二塁、ノアは三塁の辺りに陣取る。ドレミィだけはルーチェの”聖護壁ホーリーベール“で守るために、彼女と共に移動して背後に立った。


 各自が持ち場(ポジション)につき包囲網ダイヤモンドが完成。

 女王クイーンはさながら、マウンドに立つ投手である。


 今回の作戦は単純明快。攻撃を分散するために散会し、各自隙を見つけてありったけのスキルや魔法を放つ。要するにそれだけだった。

 ヴィンスのアドバイスに従って温存したMPを惜しげもなくつぎ込み、早期決着を狙う。それが被害を減らす最善の方法。攻撃こそが最大の防御というわけだ。


「氷柱即ち刃の切っ先。冷たく突いて息の根止めん――」


 ルーチェの背後――主審の位置に立つドレミィが、試合開始プレイボールを告げるようにして、先制の魔法攻撃を放つ。


「――貫けっ。”氷柱穿槍アイシクル・ランス“っ!」


 かざした教鞭のような短い杖の先端から、極太かつ鋭利な氷柱が放たれる。

 氷柱は地面と水平に真っすぐ高速で飛んでいくと、女王クイーンの背中にずぶりと突き刺さった。HPが残っているため貫通するようなことはないが、大きなダメージを与えることに成功する。


 ヴモオオォォォ。


 女王クイーンは苦悶の鳴き声をあげ、怒りに満ちた赤い瞳でドレミィを睨んだ。


「光よ注いで壁を為さん。聖なる帳よ、護りそうらえ――」


 突進してくる女王クイーンに対して、ルーチェはすかさず詠唱を開始。


「遮れっ! ”聖護壁ホーリーベール“ッ!」


 突進を再度、光の壁によって受け止めた。


「燃えろよ拳っ! 盛れよ炎っ! 赤より赤く、燃え盛れっ――」


 壁にぶつかった衝撃でよろめいているところへ、今度は”炎熱機関バーニング・エンジン“で身体能力を強化した山田が急速接近。


「――弾けろッ! ”赤熱拳クリムゾン・ブロウ“ッ!」


 女王クイーンの鳩尾目掛けて、燃え盛る拳によるアッパーカットを食らわせる。ドゴォという重たい響きと共に、女王クイーンの巨体は僅かに宙に浮いてから地面を転がった。


「闇より出でし対の刃よ。跳ねろ。刻め。切り伏せろ――」


 隙が生じた女王クイーンに、畳みかけるようにしてブラットが走り寄る。


「――食らえッ! ”終の連斬影シャドーズ・オブ・ジ・エンド“ッ!」


 目にも止まらぬ速度で繰り出される、無数の”連撃“が女王クイーンを襲った。

 念のために補足をしておくと、ブラットが行っているのはあくまでも”連撃“スキルによる攻撃であり、”終の連斬影シャドーズ・オブ・ジ・エンド“なるスキルは存在しない。「対の刃よ~」は、発動に必要な詠唱などではなく、あくまでも、ブラットが格好良いと思って口走っているだけの『台詞』である。彼女の技名は、その日の気分と調子メンタルによって変わるのだ。


 そして続いてはノアの攻撃。

 ギリギリと引き絞った弓の弦から手を放して木矢を放つ。


「えーいっ!」


 木矢は一直線に女王クイーンへと向かって行くが――しかし。

 女王クイーンの強靭な外皮に阻まれ、微塵もダメージを与えられなかった。あえなく跳ね返された木矢は、ぽきっと折れて地面に転がる。


「そ、そんなぁ!」


 女王クイーンはノアの攻撃を気にする素振りすら見せず、ブラットへと突っ込んで行った。


「ふ。遅いッ!」


 ブラットは咄嗟の判断であえて前進。跳躍した女王クイーンの下をスライディングで潜り抜けつつ、カウンターの”連撃“を発動して下腹部を切りつけていく。


「――貫けっ。”氷柱穿槍アイシクル・ランス“っ!」


 バランスを崩して地面に横たわったところへ、さらにドレミィが魔法攻撃を放ち、


「――潰えよッ! ”終の連斬影シャドー・オブ・ジ・エンド“ッ!」


 ブラットが三度みたび、”連撃“で背中を切りつけた。立て続けに繰り出される魔法とスキルによって、女王クイーンのHPはみるみるうちに減っていく。


「ノ、ノアも頑張らないとっ! え、ええぇいっ!」


 再び弓矢を放つ。しかしやはり、ただの通常攻撃ではノーダメージだった。


「燃えろよ拳っ! 盛れよ炎っ! 赤より赤く、燃え盛れっ――」


 パーティーの一気呵成の攻撃により、女王クイーンのHPは早くも残り僅か。止めを刺さんと、山田が詠唱をしながら駆け寄り、高々と跳躍した。


「――弾けろッ! ”赤熱拳クリムゾン・ブロウ“ッ!」


 ズガァァン!


 頭上から打ち下ろす炎の拳が脳天にめり込んだ。巨大魔獣ベヒーモスを討伐した時ほどの威力ではないが、それでも弱った女王クイーンを仕留めるには十分だった。


 ヴモオオォォォォォォォ!


 断末魔が巣穴迷宮に響き渡る。女王クイーンの討伐により、周囲の景色がユラユラと揺らめいて迷宮が消失し、次の瞬間には、パーティーは森の中の小高い塚の前に立っていた。

 足元には剣兎の女王クイーン・ブレイドラビットの巨大皮と魔核がドロップしている。

 剣兎(ブレイドラビット)の巣穴迷宮、これにて攻略完了である。


 ○


 森の中、ビッグ・ベルへの帰り道を歩いている最中のことだ。ルーチェは思い出したように、隣を歩くノアに言った。


「ねぇノア、そういえば今日のボス戦、なんの役にも立ってませんでしたよね?」

「ぎ、ぎぎぎ、ぎくーっ!」


 辛辣な指摘に、ノアはオロオロと挙動不審になる。


「そ、そそそ、そんなことないよぅ! ルーチェってば、もう、やだなぁ!」

「いやいや、誤魔化すの下手すぎですか? あなたの攻撃、女王クイーンに対して、全くの無力でしたよね? 私、しっかり観察してましたから」

「うぅ。ばれたか……」


 ノアはがっくりとうなだれる。


「バレますよそりゃあ。ねぇノア、道楽師って、何か攻撃スキルとかは無いんですか? ちょっとスキルツリー、見せてくださいよ」

「え、えぇー。だ、ダメだよぅ! な、なんにもない! 道楽師には、攻撃スキルとか、なんにもないから!」

「むぅ。またまた……冗談でしょう? なんでそんなに、見せるのを嫌がるんですか?」

「だって、見せたら、ルーチェに内緒で作曲スキル取ったって、バレちゃうもん! イッキューに、ルーチェが怒るから、そのことは内緒にしてろって言われたの!」

「……おい」


 お馬鹿にもほどがある。

 ルーチェはそれを聞いて顔色を変えた。


「ちょっとノア! あなたまた、戦闘に役に立たないスキルを取ったんですか!?」

「あっ、しまった!」


 ノアは両手を口に当てる。


「しまったって何ですか!」

「お、怒らないでよぉ」

「怒りますよ! 戦闘スキル、取ってくださいよ!」

「で、でもでもでもぉ、実はそのぉ、すごく言いにくいんだけどぉ……」


 ノアはツンツンと指を突いた。


「なんですか? この際だから、はっきり言ってください」

「あのね。実はね。最近の道楽師のスキルツリーには、戦闘に使えそうなスキルって、パッシブスキルの”大舞台“しかなかったりするの……」

「…………は?」


 ルーチェは唖然。


「いやいや。でも、私、聞いたことありますよ? かつて道楽師は、各地を旅しながら歌っていたって。旅ができるということは、何らかの戦闘スキルがあるのではないですか? 私、そういう期待をしていたのですけど? というか、みんなそういう風に考えていたと思いますよ? ジャック監督とかも」


「ちょっと前までは、多分あったの。本当につい最近までは。でもクラスのスキルツリーって、『ことわりの水脈』で無意識化に繋がり合った人と、共有するものでしょう?」

「そうですね……。集合的経験則とも呼ばれる、まぁなんというか、『道楽師とはこういうものという概念』のようなものですね。でも、それがどうしました?」


「今の道楽師ってね、もう、戦闘スキルは必要ないと思っている人ばっかりなんだ。多分だけどね、実際に習得している人も全然いなくて、かつて習得していた人もみんな死んじゃったりして、だからその、戦闘スキルそのものが、今では道楽師のスキルツリーから、すっかり失われちゃってるの」


 それは時代の移り変わりによって、道楽師というクラスにもたらされた変化だった。今の道楽師は、すでに戦う必要などないのだ。わざわざ自分の足で旅をする必要がない。違う街で歌を歌いたいならば、鉄道に乗って移動すればいいのだ。

 無理からぬことだった。この世界で魔物と戦う必要があるのは、いまや野球を志す冒険者だけで、そして、冒険者を目指す道楽師など、普通は存在しないのである。


 ルーチェはこめかみを抑えた。


「ちょっと待ってください。ということは、ノアは道楽師である限り、戦闘スキルを習得できないということですか……?」

「……うん」


 衝撃のカミングアウトである。ノアは戦闘スキルを習得していないのではなく、そもそも、習得できる戦闘スキルが存在しなかったのだ。

 ルーチェはしばし呆けた。それからふつふつと怒りが湧いた。

 騙されたようだった。


 とはいえ、ノアとしては別に、隠していたつもりもなかった。聞かれていないから、答えていなかっただけ。そこに一切の悪意はない。

 ただただ、お馬鹿なエルフなのである。


「ちゃんと聞いていなかった私も迂闊でしたが、それが本当なら死活問題ですね……。ノア、あなた、この先どうするつもりなんです? ちゃんとパーティーの一員として、役に立てますか? もっとランクが上がっていったら、戦闘スキルがないと、雑魚戦でも役に立たなくなるかもしれませんよ?!」

「それは……そのぅ」


 ルーチェはかなりイライラしているようだった。

 見かねた山田が助け舟を出す。


「まぁまぁまぁ。そんなに責めてやるなよ。これからゆっくり時間をかけて考えて――」

「イッキューも!」


 ルーチェは両拳をギュッと握って叫んだ。


「ノアが新しいスキルを習得してたこと、知ってたんですよね! なんですか! 私をのけ者にしてノアと仲良くしちゃって! だからノアも、同じ部屋が良いって言ったんですね? べっ、別に! それ自体は、ぜんっぜん気にしてませんけど! でもイッキュー! あなた、ちゃんとパーティーのことを考えてるんですかっ!? メジャーリーガーになるには、戦闘もしっかりこなせないとダメなんですよ!? ノアが戦闘スキルを習得できないって、実は知ってたんじゃないですかっ!?」


 ルーチェは山田に詰め寄って一気にまくし立てた。そんなに言葉を荒げるつもりはなかったのに、何故だか、ノアと山田が秘密を共有していたということに対して、やたらとムシャクシャしてしまったのだ。


「それは俺も知らなかったよ。ていうか、仮にそうだとしても、今さらノアがいなくなったら悲しいだろ? またみんなで、何か対策を考えようぜ? そんなに怒るなよ。ルーチェ、ノアが可哀そうだろ?」

「な、なんですか! ノアの肩ばっかり持って! 私を悪者にしてっ! もうーっ! そんなに大きな胸が良いんですかっ!?」

「……はぁ?」


 なんでそこで胸の話になる。山田は混乱を極めた。


 ルーチェ自身も混乱していた。なぜ自分はこんなことを言ったのだ?

 顔が赤くなってきた。誤魔化す様にして、もう一度叫ぶ。


「このばかゴブリンっ! もう知りませんから!」


 ルーチェは山田から顔を背けて、ずかずかと先頭に立って歩いて行った。


「あいつ、なんであんなに、カリカリしてんだ?」


 山田は首を傾げた。


 〇


 その夜。

 山田はベッドで仰向けに寝転がりながら、天井を眺めていた。

 一方、ノアはベッドに座って、思いつめた顔をしていた。


「イッキュー……ノア、みんなと冒険続ける為には、道楽師であることを諦めなきゃいけないのかな? お歌、諦めなきゃいけないのかな?」

「……バカ野郎。そんなことしたら、ノアがノアじゃなくなっちまうだろうが。きっと、何か良い方法があるさ。のんびり考えようぜ」

「そうだと良いけど……。すごい不安だよぉ。胸が押しつぶされそう。こんなんじゃ眠れないよ」

「まぁでも、明日もあるし、横になってろよ。目を閉じてりゃ、そのうち眠れるさ」

「うん……ありがと、イッキューは優しいね」

 ノアは微笑んでから、もぞもぞとベッドに横になった。

「まぁ、ほら、あれだろ? その、なんだ? 一応、恋人ごっこしてるんだろ? 俺たち。だったら、励ますくらいのことはするさ。眠れないんだったら、話とかにも付き合って――」

「すぴー」


 隣から気持ちよさそうな寝息が聞こえてきた。

 山田はベッドから転がり落ちそうになった。


 ○


 一方、ルーチェはなかなか眠れないでいた。


 ゴロンと寝返りを打っても、そこに山田の姿が無い。その事実が無性に苛立たしかった。それに、ノアに対して辛辣な物言いをしてしまったことに、今さらながらに罪悪感が湧いてきた。

 ルーチェはガバリと体を起こし、ぶんぶんとかぶりを振った。青いツインテールが左右に揺れる。


(ダメです。眠れそうにない。素振りでもして、気持ちを静めましょう……)


 同じ部屋で眠るドレミィとブラットを起こさないよう、ルーチェはそろそろとベッドから這い出すと、バットを持って部屋から出て、雑念を粉砕するようにして月明かりの下で黙々と素振りをした。

 神官打法で素振りを繰り返す様は、何かに祈りを捧げているようだった。

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