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工房街フィンガーズにようこそ?

 寮に帰ってのんびりとくつろいでいると、受付の男性が迎えに来て、山田たちはビッグ・ベル・スタジアムにある冒険者ギルドに向かった。


 酒場のような空間は貸し切りになっていて、山田たちが中に入ると、フィンガーズの冒険者とマギー監督、それから高級そうな衣服に身を包んだ中高年の男たち――スポンサー会社の重役たちが、拍手で出迎えた。


 会場の奥にある壇上には名札が置かれた机があり、その上には『工房街フィンガーズにようこそ』という横断幕。本日の主賓席である。山田たちは案内されて、各自の名札が置かれた場所に着席した。


 歓迎会は、先ほど受付の男性が「そんなに楽しいものではない」と言っていた通り、想像以上に堅苦しい退屈な時間だった。


 最初にまずマギー監督が挨拶を行った。スポンサーの人間に対して、日頃の応援と支援に対する感謝を述べ、リーグ戦の中間報告を行い、優勝するという目標を語って、最後に乾杯の音頭をとった。その後に山田たちが1人ずつ順番に、簡単な自己紹介と決意表明をした。

 それで終わりかと思いきや、今度は複数ある野球道具工房や、地元新聞社、鉄道会社など、街の有力会社の偉い人間たちが代わる代わる登壇して、激励と称して演説を行った。


 長いので要約すると、だいたいみんな以下のような内容だった。


 1つ。ビッグ・ベルはとても素晴らしい街である。野球道具工房の他にも家具や武器など様々な工房が密集しており、そこでは労働者が日々誇りを持って働いている。

 2つ。我が社は素晴らしい会社である。

 3つ。自分は野球が大好きである。だから頑張って欲しい。期待している。今年は優勝してくれよ。頼むよ本当に。


 1つ目について話す時はどこか義務的な表情を、2つ目について話す時は得意げな表情を、そして3つ目について話す時は、無邪気な子供のような表情をしていた。


 登壇した偉い人たちの中には、今日行った野球用品店を営業していたメーカー、『サンライト』の社長もいた。恰幅の良い男性だった。

 ボールやグラブ、バット等の野球道具と武器の製造を行う会社。サンライトという社名には、世界を明るく照らす光になりたい、という意味が込められているとのことだった。


 立派な意味だと、山田は素直に心からそう思った。そして素晴らしい会社であるとも思った。しかし話は長くて退屈だった。


 30分ほどして、ようやく一通り話が終わると、山田たちはマギー監督に連れられて、各テーブルを回って偉い人たちに挨拶をした。

 最初に向かったのは、サンライトの重役たちが座る席だった。


「どうも社長。本日は来てくださり感謝します」

「いやぁ。なに。当然じゃないか。君たちフィンガーズは我らが街を照らす光だ。そんなチームに、久々に新たな冒険者が来たとなれば、どこからだって駆けつけるさ」

「ありがたい御言葉です。おい、お前ら、なんか言っとけ」


 マギー監督に促されて、ルーチェが代表してペコリと頭を下げた。


「あ、はい、あの、頑張るので、どうか応援よろしくお願いします!」

「はは。初々しく、可愛らしい冒険者さんだ。グラウンド上で見せてくれるプレーを楽しみにしているよ。あとは日々のクエスト消化にも、もちろん期待している。まぁ、今日のところは、とにかくたくさん食べて飲んで、英気を養ってくれたまえ。ほら、麦酒エールをどうぞ」


 陶器ピッチャーに入った麦酒エールを勧められ、ルーチェはグビグビと飲んで少し減らしてから、木製ジョッキを差し出して新たに注いでもらった。


「はは。良い飲みっぷりだ」

「いいえ! それほどでも!」


 ルーチェは褒められてまんざらでもなさそうだった。


「ほら、他の皆さんもどうぞ」

「じゃあ、頂きます」


 山田たち他のメンバーも酒を飲んで減らして、ジョッキに注いでもらう。

 それを待ってから、マギーは『サンライト』の社長に言う。


「明後日からの職場体験では、こいつらが貴社にお世話になります。ご迷惑かけることもあるかもしれませんが、よろしくお願い致しします」

「もちろんですとも。きっと労働者諸君も、職場に冒険者が来るということで、やる気がみなぎることでしょう」

「職場体験って、なんですか?」


 山田は小声でマギーに尋ねた。


「この街の伝統でな。新しく入団した冒険者には、野球道具工房で働いてもらうことになっているんだ。明日はさすがにゆっくりしてもらうとして、明後日から来週末まで、試合のある日以外は職場体験に行ってもらう」


「なんでそんなことするんです?」


「応援してくれるファンの人たちが、普段している仕事を実際に体験することで、より身近な存在になるというのが目的だ。地元の新聞社も来るから、失礼がないようにな。記事にしてもらって、街の住民に新人が入ったことをアピールするんだ」


「なるほど……」


「嫌か? まぁ、本来の冒険者の仕事ではないからな」

「いえ、そんなことないですよ。全然。むしろ楽しみです。野球道具がどうやって作られてるか、興味ありますし!」


 山田はむしろワクワクした。なかなか体験できることではないと思ったのだ。


「そうか。それは何よりだ」


 マギー監督は鷹揚おうように頷いた。


「君たち、本当に、これから頑張ってくれたまえ。期待しているぞ。優勝もそうだが、ぜひともメジャーリーガーになってくれ。この街出身のメジャーリーガーが出れば、私としても鼻が高い。デビュー戦、楽しみにしているからな!」


 サンライトの社長は最後にそう言って、山田の肩をバンバンと叩いた。

 そうやって席をいくつか回っていると、ルーチェの顔が真っ赤っかになってきた。


「……ひく」


 可愛らしいシャックリ。山田は危険信号であるとみなした。


「おいルーチェ。もう酒飲むな」

「そうだよー! ルーチェってば、お酒弱いんだから!」

「我も、止めた方が良いと思うぞ?」

「むぅ。みんなうるさいですよぅだ! これくらいへっちゃらなんですぅ! まだまだ飲みたいんですぅ!」

「もうダメ。没収」


 ドレミィがルーチェのジョッキに手を伸ばそうとすると、


「あーげないっ」


 ルーチェはジョッキを取り上げられないようにクルっと後ろを向いた。

 弱っちい癖に、どこまでも酒が好きな女である。


「こいつ、ダメそうだな」


 マギーはそのリアクションを見て呆れた顔をした。


「えぇ。ダメなんですよ」

「今度酒を勧められたら、お前が代わりに飲め。挨拶もお前がしろ」

「……はい」


 山田も同じくらい飲んでいたが、全く顔に出ていなかった。どうやら、酒に強い体質だったらしい。多少ふわふわとはするものの、思考回路は依然として至って正常だった。


「夜はまだ長いんだ。お前は潰れてくれるなよ? この後の2次会3次会が本番なんだ」


 マギーは眼鏡を持ち上げ、二ッと笑った。


「うっす」


 山田は忘れつつあった体育会系のノリで返事をした。

 テーブルを回り終えると、山田たちは主賓席に戻って料理を食べた。


「もうー。私のお酒はどこれすかー」

「ほら、これだよ」


 お茶が注がれたジョッキをルーチェの前に置いてやると、早速グビグビと喉を鳴らして飲んだ。


「ぷはーっ! 美味しいです! これは良いお酒ですね!」

「そりゃ良かった。今日はもう、ずっとそれ飲んどけ」


 その後は特に何事もなく時間が過ぎ、最後にマギー監督がもう一度締めの挨拶をして、街の有力者たちを集めた歓迎会はお開きとなった。


 ○


 そして現在、二次会の真っただ中である。会場は引き続き、冒険者ギルドの酒場。


 ドワーフ、エルフ、人間、そして山田たちの4組のパーティーと、監督のマギー、総勢19名が、3つの机に分かれて酒を酌み交わしている。

 山田とノアはドワーフパーティーに、マギーとドレミィはエルフパーティーに、ルーチェとブラットは人間パーティーに混ざって酒を飲んでいた。マギーの提案により、くじ引きで席を決めた結果である。


「いやー。それにしても、今日はナイスバッティングでしたよ! ベムブルさん!」

「ほんとほんと! ノアもう、打った瞬間に、やったーってなったもん! さすが4番って感じ!」

「せやろか?」

「せやせや! 大したもんやで!」


 ノアは何故か関西弁で肯定し、バンバンとベムブルの肩を叩く。そしてあっはっはと笑った。山田とノアは、ドワーフの連中とすっかり意気投合。特にノアとは波長が合うようで、しょうもないことでゲラゲラ笑っていた。

 ベムブルは4番に座っていた戦士のドワーフ。太っちょな体格をした、ドワーフらしいドワーフだった。


「あんま褒めたらあかんでぇ。こいつ、普段は三振ばっかりやで?」

「じゃかしいわ。こちとらフルスイングが信条よ。とにかく思いっきり振ることだけ考えといたらええねん。ホームランか三振かでええやろが」

「ノアもそう思う!」


 ビシッと挙手。


「せやんな! ノアは良くわかっとるやんけ! とてもエルフとは思えんわ!」

「あ、やっぱりドワーフって、エルフと仲悪いとか、そういう設定なんです?」

「設定ってなんやねんな。兄ちゃん、そらそうやで。ドワーフとエルフったら、そらもう昔っから仲悪いやんけ。なんで知らへんねん」

「イッキューは召喚獣だから、この世界の事あんまり詳しくないの!」

「そうか。そういや兄ちゃんは召喚獣やったな。ほな教えといたるわ。エルフとドワーフは領土が隣り合っとるさかい、昔っからバチバチやりあってて仲悪いんや。今はもう直接どうこうはあらへんけど、まぁそれでもあんまり仲良くないわな。だいたいからして、あいつら意地悪いねん。せこいし」

「聞こえてるんですけど! 何がせこいのか言ってもらおうかしら!?」


 ベムブルの背後の机で飲んでいた、遊撃手を務める祭司ドルイドのエルフ、メレスベスが声を荒げてカットイン。


「ほんなら言うたるわ! なんやねん! あの『森人エルフ領ディープグリーンズ』のホームグラウンド! 両翼120メートル、センター140メートルって、アホちゃうか? しかも『グリーンモンスター』とかいうフェンス、高さ15メートルって、どないなっとんねん。ありえへんやろ! 自分たらがホームラン打てへんからって、球場広くするとか、せこいやんけ! バントばっかりしおってからに!」


 メレスベスはバンと机を叩いて立ち上がった。肩に乗っていた妖精のモンスターエフィルが、ビクッと驚いて宙に飛ぶ。


「私たちは伝統的に、緻密な守り勝つ野球を良しとするだけよ! 長打力のあるバッターもちゃんといます! だいたいそれを言うなら、『山人ドワーフ領ハッピードランカーズ』のホームグラウンドもそうでしょうが! 山腹をくり抜いて作った、世界初のドーム球場だかなんだか知らないけど、狭いのよ! しかも変な穴ぼこが空いてるせいで、常に追い風が吹いてるし。あんたたちこそ、あんなイカサマドーム使ってて、恥ずかしくないわけ? まぁ、ホームランしか頭にない能足りんには、お似合いかもしれないけど?」

「なんやとう!」


 バチバチと2人の視線が交錯する。


「まぁまぁまぁまぁ」


 山田は立ち上がって仲裁した。


「なんか話を聞いてると、どっちの球場も楽しそうじゃないですか! 個性があって良いと思いますよ、俺は! 喧嘩は止めましょうよ」

「……ふん。ま、イッキューに免じて、許しといたるわ」

「あら。あんたが先に喧嘩を売ってきたんじゃない。まぁいいわ。ドワーフと話してると、せっかくのお酒がまずくなるし。これ以上は止めておきましょう」


 メレスベスは椅子に座りなおして麦酒エールを煽った。最後までチクチクと棘のある言葉だった。


(ホントに仲悪いんだな……)


 アニメ好きの山田としては、2人には申し訳ないが、エルフとドワーフの喧嘩というお馴染みのイベントを間近で見れて、軽く感動していた。


 ――その時である。


 パァン。


 不意に店内に乾いた音が響いた。何事かと音のした方に目を向けると、今日の試合で先発ピッチャーを務めた人間の女神官ウェンディが、ルーチェの頬っぺをビンタしたようだった。


 ルーチェは頬を抑えて、ウェンディをキッと鋭く睨みつけていた。

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