ビッグ・ベル・スタジアム
ハンバーガーを食べ終えた山田たちは辻馬車|(※タクシーのようなもの)に乗って、街の中心部――時計塔の方角へと向かった。メインストリートを風を切って走る。
「あれがこの街の野球場か……」
近づいてみると、時計塔と野球場が一体になっていることがわかった。
野球場の建物の正面部分は教会にもなっていて、その上から天に向かって、時計塔が真っすぐに伸びている。野球場の外周部には多種多様な飲食店も建ち並んでおり、教会前の噴水がある広場は、休日を楽しむ多くの住民たちで賑わっていた。
時計塔であり、教会であり、憩いの場であり、フードコートであり、冒険者ギルドであり、そして、当然野球場でもある。
ビッグ・ベル・スタジアム。
街の中心に位置する複合施設だ。
「でっかいなぁ」
馬車から降りると、山田は時計塔を見上げた。
レンガ造りの荘厳なデザイン。
時計塔は周囲にある1階建ての建物の十倍はあろうかという高さで、ざっと見積もっても50メートル以上はありそうだった。天辺付近には巨大な時計盤がはめ込まれ、さらにその上には、黄金に輝く巨大な鐘が吊り下げられていた。
ビッグ・ベル。
街の名前の由来にもなっている、この街のシンボルである。
塔の先端の屋根は鉛筆のように細く尖っていて、頂上には両翼を広げた鳥の石像が置かれていた。
「塔のてっぺんになんかいるな」
「あれは聖教のシンボルである守護鳥です。教会の屋根には必ずいるはずですよ。今まで気づきませんでしたか? ファンボーケンの教会にもいましたし」
「いや、ぶっちゃけ、全然気にしたことなかった」
山田は宗教というものにとんと興味が無い。
そんなものがいることに初めて気が付いた。
「ま、そうですよね。イッキューってば、全然信仰心というものがないんですから。ほら、立ち止まってないで、さっさと行きますよ」
視線を下へと戻し、山田はルーチェの後に続いた。
教会の入口の両開きの扉は外へ向かって解放されており、近寄ってみると、中からは子供たちが歌う聖歌が聞こえてきた。上手いというわけではないが、厳かで、とても可愛らしい歌声だった。
「いいねぇ。天使の歌声みたい」
ノアはうっとりとした表情を浮かべた。
「どうやらミサをやっているようですね」
「ちょっと聞いていこうよぅ!」
「そうしたいのは山々ですが、まずは冒険者ギルドに挨拶に行きましょう。3時から試合が始まります。あんまり悠長にしていると、会わせてもらえないかもしれません」
パーティーは弧を描く野球場の外周に沿って歩く。
途中、入場口の前に、長蛇の列ができているのを見かけた。
「なぁルーチェ、あれもしかして、球場の場所取りの為に並んでるんじゃないか?」
「そうですね。おそらく自由席のチケットを買った方々でしょう。これはもしかすると、今からでは入場できないかもしれませんね。うかつでした」
「えー。マジかよ」
「……まぁ仕方ないです。その時は諦めて、どこかの居酒屋に入って水晶映星でも見るとしましょうか」
それからしばらく進むと、ちょうど教会と正反対くらいの位置に、『冒険者ギルド』と書かれた看板の下がった入口があった。
ルーチェを先頭にパーティーは中へと入る。
内部はファンボーケンの冒険者ギルドと同じように、酒場になっていた。住民も利用ができるようで、昼間から酒を飲んでいる人間が大勢いる。そして店の中央にはやはり、巨大な水晶映星が置かれていた。野球中継を見る為の魔道具。
ルーチェは壁際にあるカウンターの1つに歩いていくと、ジャックに託された書状を鞄から取り出し、受付の男性に渡した。
「こんにちは。カウカウズからFランクリーグに昇格してきたパーティーです。これが書状になります。もうすぐ試合前練習が始まるかと思いますが、一度フィンガーズの監督さんやチームメイトの方に、ご挨拶をさせてもらえないでしょうか?」
受付の男性は書状を見ると、にこやかな笑みを浮かべた。
「ようこそいらっしゃいました。話は聞いておりますよ。案内します。ついて来てください」
パーティーをカウンターの中に招き入れると、受付の男性は関係者用の扉に入っていった。男性の後ろに続いて、魔光石でぼんやりと照らされた通路を歩く。やがて『控え室』と書かれた部屋の前で立ち止まると、男性はコンコンコンとノックをした。
「誰だ?」
中から女性の声が返ってくる。
「先日お話があった、ルーキーリーグから昇格したパーティーが到着し、挨拶をしたいとのことなので、お連れしました」
「そうか。ご苦労。入ってくれ」
「失礼します」
パーティーは男性が開けてくれた扉の中へと入る。
中には監督と思しき女性と、13名のチームメイト、2体の召喚獣がいた。
チームメイト――即ち山田たち以外のフィンガーズ所属のパーティーは、エルフのみで構成されたパーティー、ドワーフのみで構成されたパーティー、人間のみで構成されたパーティーの、全部で3組。エルフは女性4人、ドワーフは男性5人、人間は男女が2人ずつだった。
エルフはみな美しい容姿をしている。対してドワーフは胴長短足で背が低かった。そして人間たちのパーティーは、全員が思いつめたような顔をして、山田たちをじっと見ていた。
(なんか……あのパーティーの人たちには、あんまり歓迎されてる感じじゃないな)
山田はそのような印象を受けた。
2体の召喚獣の方は、小さな妖精と、大きなコンドルのような鳥のモンスター。前者はエルフに、後者は人間に、それぞれ使役されているらしい。山田にとっては、初めての召喚獣のチームメイトである。召喚獣の出場枠は2枠しかないので、彼ら(?)と切磋琢磨することになるのだろう。
山田は密かに闘志を燃やした。
監督と思しき女性は、部屋の中央に置かれたソファーの上に、膝を組んで座っていた。眼鏡を掛け、ローブに身を包んでいる。魔法使いの出で立ちだった。年齢は40前後といったところ。それまで読んでいたらしい本をパタンと閉じてサイドテーブルの上に置くと、立ち上がって山田たちを見渡した。
「私は『工房街フィンガーズ』の監督を務めるマギーだ。諸君の活躍はジャックからの手紙で読ませてもらっているぞ。なんでも女帝の巨大魔獣を討伐したらしいじゃないか。しかもイッキューは人間の召喚獣なんだとか? そこにいるでかいのがそうか?」
「はい。そうです」
マギーは山田を見上げた。
「ふむ。なかなか良い面構えだ。歓迎する。先日うちの主力がEランクに巣立っていってな。戦力が不足していたんだ。今シーズン、我々フィンガーズは調子が良くて、現在2位につけている。10年ぶりの優勝のチャンスなんだ。後半戦もなんとかこの調子を維持したい。お前たちの活躍には期待しているぞ。……さて、それじゃあ、せっかくだから全員、簡単に自己紹介をしてくれ。名前、クラス、ポジションだけでいい」
マギーに促され、山田たちはルーチェから1人ずつ順番に、自己紹介を行った。
ドワーフの集団は1人が話し終える度に、「いよっ!」「ええでぇ!」などと言って、拍手を送ってくれた。山田の耳にはどういうわけか、ドワーフの言葉は全て関西弁に聞こえた。やたらと陽気な連中である。
自己紹介は滞りなく進んでいったが、最後にノアが『道楽師』であると言うと、エルフのパーティーにいた1人から失笑が漏れた。
「なにそれ。エルフの恥さらしね」
「えぇ、まったく」
そんなことをひそひそと言うのまで聞こえてしまった。
「むー」
ノアとしては当然、面白くない。しかし初対面でいきなり、先輩相手に喧嘩をするわけにもいかないので、グッと堪えて抗議の視線だけを送った。
マギーは失笑したエルフを睨む。
「おいお前。笑うんじゃない。同じチームとして戦うことになるんだ。謝罪しろ」
「……すみません」
マギーに言われて、笑ったエルフの女は不服そうに謝罪をした。
「うちの馬鹿が悪かったな。気にしないでくれ。本当はこいつらにも1人ずつ自己紹介をさせるべきなんだろうが、もうすぐ試合前練習を始めるから、あいにく今は時間が無い。今夜には諸君の歓迎会を行うので、その時にでもゆっくりとしようじゃないか」
「わかりました。歓迎会、楽しみにしていますね」
「あぁ、そうしてくれ。それと今日、この後の試合は、見ていくつもりなんだろう?」
「はい」
「だったらチケットをやろう。お前たちが来ると思って取っておいたんだ。関係者席に通してやろうかとも思ったが、ま、たまには観客の視点で試合を見るのも悪くないだろう」
マギーは懐から5枚の紙を取り出してルーチェに渡した。
「いいんですか? これ、すごく良い席なのでは? ありがとうございます!」
「なぁに。気にするな。監督特権ってやつだ。今からじゃ立見席くらいしか入れないだろうしな。Fランク以上になると3連戦の全てを同じ街で開催するが、それでもビッグ・ベルは人口が多いから、指定席のチケットはいつも売り切れるんだ」
「この街だと、お金を取るんですね……」
山田はルーチェが受け取ったチケットを眺めながら、ぽつりと呟いた。
メイランド村では入場無料だったのだ。
「あぁ。Fランク以上のチームは全部そうだぞ。ルーキーリーグの村よりも人口が圧倒的に多いから、入場無料にしたらスタジアムが溢れちまう。無料で球場を開放しているのは、人口が少ないルーキーリーグの村くらいだ。そこの運営費は上位チームの収入で賄われている。ルーキーリーグの目的は収益を上げることではなく、新人冒険者に、人に見られてプレーをするという、機会を与えることだからな」
確かにマギーの言うように、メイランド村では村民全てが押しかけても、球場周囲の芝生にはまだまだ余裕があった。そもそもルーキーレベル帯の村はどこも人口が少ないのだ。だから点在する複数の村を本拠地にして、3連戦を各村で分散して行う。
しかしビッグ・ベルのような大きな街なら、その必要もない。同じ街で3連戦を行って金を取っても、ちゃんと球場が埋まるのだ。
あちらこちらの村に移動するのが地味に大変だったので、山田としては嬉しかった。
「さて、それじゃあ私たちは、そろそろ試合前練習に行く。お前たちはさっきの男に言って、先に冒険者の寮に案内してもらうといい」
「はい。ありがとうございます」
「それじゃあ、また後ほど。今日は応援、よろしく頼むよ」
マギーはひらひらと手を振って控室から出ていった。他の冒険者たちも、ゾロゾロと彼女に続く。
「頑張ってください! 応援してます!」
山田は出ていく冒険者たち全体に声をかけた。
「おうー。頼むでー!」「あんちゃんまかしときー」
ドワーフの連中は陽気に返事。
「言われなくても頑張るわよ」「よく見ときなさい」
エルフの連中はつっけんどんに返事。
「あぁ」「おう」
そして人間のパーティーは面白くなさそうな顔で、ぼんやりとした返事。
その中の1人、最後列を歩く、帽子を目深に被ったまだ若いのに随分とくたびれた顔をした女神官は、すれ違いざまに足を止めて、山田にだけ聞こえるような声で言った。
「あんたさ、能天気に他人を応援してる場合なわけ?」
「……え?」
山田はきょとんとする。
「あたしたちはライバルなのよ? 互いが互いを蹴落とすの。その辺わかってる? それとも召喚獣様の余裕ってわけ?」
女神官はひどく苛立った様子だった。
「はぁ……」
山田はなんと返して良いかわからず、曖昧な相槌を打った。
「おい、どうした。いくぞ」
「えぇ。今行くわ」
パーティーの男に声を掛けられ、女神官は立ち去っていった。
「……なんだぁ?」
山田は首を傾げた。




