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魔力の円環《レイライン・ドーナッツ》

 城門を抜けて中に入ると、そこは街のメインストリート。


 太い石畳の道の上を、積み荷を乗せた馬車や大勢の人々が行き交っていた。両サイドには飲食店や服飾店など、中世風の建物がズラリと並んでいる。その道のずっと先の方角には、巨大な時計塔がそびえ立っているのが見えた。


 山田はキョロキョロと周囲を見渡しながら、先頭を歩くルーチェについて行く。


「人が大勢いるなぁ。ファンボーケンの街みたいだ。なんて街なんだっけ?」

「『工房街ビッグ・ベル』です。野球道具を作る工房がひしめく街。ここでは大勢の労働者が暮らしています。今日は休日だから、余計にたくさんの人出がありますね」

「メイランド村に比べると、随分と都会だなぁ。種族も色んな人がいるし」


 亜人やダークエルフ、人間、ドワーフなどの、多種多様な種族が大通りを歩いていた。構成比率としてはダークエルフと亜人の割合が多く、ついで人間、ドワーフ。エルフはあまり見かけなかった。


「Cランク帯以下の街は、俗に人種のるつぼとも呼ばれる地域で、色々な種族が住んでいますからね。それと、これくらいは全然都会ってほどじゃないですよ。ルーキーレベル帯と違って、Fランク帯以上の街はみんなこれくらい栄えています。Fランク帯になると魔動機関車も走っていますしね」


 山田は首を傾げた。


「魔動機関車? なんだそれ?」

「その名の通り魔力で動く機関車ですよ。魔力の円環レイライン・ドーナッツの上に敷かれた線路を走っています」

「れいらいんどーなっつ?」


 山田が更なる疑問を口にした、その時である。


 プォォォォォという甲高い汽笛の音が、遠くから聞こえてきた。そちらに目を向けると、真っ白な煙が、市街の中空に尾を引いて進んでいた。

 蒸気である。細長く伸びる雲のようだった。


「うおお! 蒸気機関車じゃん!」


 山田のテンションは一気に上がった。


「良い音……」


 ドレミィもどこか陶然とした表情でそちらの方向を見ていた。


「なあおい! 見に行こうぜ! 見に行ってみようぜ!」

「賛成。そうするべき」


 ドレミィも「むふー」と鼻息を荒くして山田に賛同した。


「もう! そんなのわざわざ見に行かなくても、この街で暮らしていればいつでも見る機会がありますよ。それよりも今は何かを食べましょう! せっかく色んな飲食店がある街に来たんですから! 私、もうお腹ペコペコです」


 ルーチェは自分のお腹の辺りに両手を当てた。現在の時刻は11時半。パーティーは朝早くに携帯食料を口にしてから、何も食べていなかった。


 しかし山田はそんなルーチェの提案を無視して、とある建物を指差した。


「あっ! おい! あれ!」


 ルーチェはぷくっと頬を膨らませる。


「もうー。今度はなんですかぁ?」

「野球道具店って書いてあるぞ! しかも立派な建物だ! さすが野球道具の街!」


 山田は少年のように目を輝かせてダバダバと駆け出した。


「〈待ってください〉っ!」


 ルーチェが召喚士として命令すると、山田は体を淡く発光させて急ブレーキを踏んだ。


「なんだよ! いーだろ! 見に行こうぜ!」

「まったく。子どもですかあなたは! 後にしましょう、後に。野球道具店は逃げませんから。先にご飯を食べますよ!」

「ええー! いーじゃんか!」

「良くないです! お腹が減ったんです! 私は美味しいものを食べたいんです! さっさとご飯を食べちゃいましょう! みんなは何が食べたいですか?」


 ルーチェはパーティーメンバーを見渡した。


「俺は和食」

「ボクはパスタ」

「我は何でも良いから肉」

「ノアはピザ!」


 見事にバラバラである。

 ルーチェは「ふむ」と顎に手を当ててから、リーダーとして全員の意見を取りまとめる。


「では、ハンバーガーにしましょう」

「なんでだよっ!」

「私が食べたいからですっ!」


 〇


 扇の要(リーダー)強権わがままが発動し、パーティーは大通りに面したハンバーガーショップに入った。カウンターで注文した品物を受け取ると、屋外にあったパラソル付きの席に5人で座る。


 ルーチェは早速、あーんと大口を開けてハンバーガーにかぶり付き、リスのように頬を膨らませてムグムグと咀嚼した。至上の幸福と言わんばかりの表情である。


「あのさぁ、そんなに食べられるのか?」


 ルーチェの前には、5人分はあろうかというハンバーガーが、こんもりと置かれていた。


「むぐ。これくらいすぐですよっ! 久しぶりなんです! 大好物なんです! ルーキーリーグの時は、ファンボーケンに遠征した時くらいしかハンバーガーを食べられなかったですからね。これまでの分も食べないとダメなんです! ……あげませんからね?」


 ルーチェは威嚇するような眼つきで山田を見た。ハンバーガーの為なら人を襲いそうな目だった。案外、食い意地の張った女である。


「とらねぇよ。ルーチェさぁ、ノア達とパーティー組んだ時もそうだけど、ハンバーガーが絡むと、なんかちょっと阿呆になるよな」

「阿呆ってなんですか! 阿呆って! 仕方ないでしょう! 昔から大好きなんですよ! ハンバーガーが! ……あむ」


 ルーチェはケチャップを口につけ、幸せそうな顔でモグモグとやった。小動物のような愛嬌があり、山田はその様に少し見惚れた。

 それから自分の分もパクと頬張りつつ、パーティー全体に問いかける。


「さっきルーチェが言ってた魔動機関車ってのは何なんだ? 蒸気機関車と違うのか? 正直、この世界に機関車とか走ってるの、めちゃくちゃ意外だったんだが」


 なにせファンタジーの世界である。

 山田としては、随分と近代的なものが存在するんだな、という印象だった。気になって仕方がない。


「ボクが説明してあげよう」


 ドレミィは机から身を乗り出して食い気味に言った。


「ルーチェ、少し地図を借りるよ」


 ドレミィは隣に座るルーチェの鞄から世界地図を拝借し、机の上に広げる。


「今、ボク達がいるのは、ここ」


 大陸中央、ファンボーケンの街から見て北西の辺りにある、小さな街のシンボルを指差す。机に顔を近づけてよく見ると、『工房街ビッグ・ベル』と書かれていた。


「そして魔動機関車というのは、この輪っか――通称『魔力の円環レイライン・ドーナッツ』と呼ばれている、円を成す魔力の流れ(レイライン)の上に敷かれた線路を走る、大型魔道具のこと」


 ドレミィは『工房街ビッグ・ベル』の上に置いた指を動かして、地図上に円を描いた。その指の軌道上には、『Fランク・レイライン』と書かれた太い線がある。その線の他にも、大陸の内から外に向かって、全部で6つの輪っかがあった。


 F~Aランクの『魔力の円環レイライン・ドーナッツ』。

 Fが最も内側にあり円周が小さく、Aが最も外側にあり円周が大きい。大陸の外に行くほど魔力が濃くなるという話を、山田は思い出した。


 どうやらFランク帯以上の街は全て、その線上に存在しているらしかった。ルーキーレベル帯だけが唯一の例外。


「……まず魔力の流れ(レイライン)ってもんが、よくわかってないんだが」

魔力の流れ(レイライン)は魔力が濃くなっている場所。この前、ライ麦畑を利用して戦ったけど、イメージとしてはずっと枯れないライ麦畑みたいなもの。断続的に魔力を放出しているから、魔力の流れ(レイライン)上なら、MPが少ない人間でも魔動機関車を長時間動かせる。魔力の流れ(レイライン)はそのまま放置すると迷宮の温床になるから、そうやって魔力を利用するのは、予防と実用で一石二鳥」


 ドレミィはVサインを作った。


「この『魔力の円環レイライン・ドーナッツ』は見てわかるようにA~Fの各魔力帯に1本ずつ走っていて、同じ魔力ランクの街同士は魔動機関車によって繋がっている。だからFランクリーグ以上は、チームの遠征にもこの魔動機関車を利用する。ルーキーリーグの時みたいに馬車移動しなくていいから、だいぶ楽ちんになるはず」


 山田としては嬉しい情報だった。

 実際、馬車での遠距離移動は、試合をするよりも疲れるイベントだったのだ。


「そりゃいいな。実際に魔動機関車をこの目で見て、乗ってみるのが楽しみだ」


 山田はワクワクとしていた。子どもの頃、親に連れられて、蒸気機関車を見学に行った時のことを思い出した。


 黒い雄々しいボディから噴き出る白い煙。

 ロマンが走っているみたいだった。


「うん。ボクも楽しみ。イッキューは話がわかる。嬉しい。魔動機関車はロマン」


 ドレミィは「むふー」と鼻息を荒くした。


「なんだ? ドレミィは機関車好きなのか?」

「うん。まぁ、人並みには。良ければもう少し詳しく説明しようか? この街の魔動機関車について」

「おぉ。じゃあ、ぜひ頼むよ!」


 山田が言うと、ドレミィは無表情ながらもどこか嬉しそうに頷き、やたらと早口で説明を始めた。


「この街を走る魔動機関車は鉄道史の初期、伝説の勇者によってもたらされた技術革命(ブレイベイション)からおよそ10年後つまり今から数えて60年ほど前に魔法学園で製造された150形と言われるシリーズで実際に現役で稼働しているのはこの街の車両が最後のはず。魔法学園の博物館に飾られているのは前にボクも見たことがあるけれど実際に乗るのは初めてだからすごく楽しみにしている。ふふ。150形は伝説とも称される天才魔動技師スティーブネルが勇者の助言を受けて考案した機構が初めて使われた歴史的な意義が大きい車両で魔力によって熱された加熱石で水を蒸気に変えてピストンを駆動させる低魔力ランクで使われることを想定した高度な魔動式を用いない蒸気タイプの魔動機関車で――」


「ちょっと待ったぁ!」


 山田は叫んだ。

 ドレミィはビクッと身を震わせた。


「な、なに? 急に大きな声で。びっくりした」

「びっくりしたのはこっちじゃい!」


 山田の耳には何か恐ろしい魔法の詠唱文に聞こえた。

 ちなみに他のパーティーメンバーも、もれなくドン引き。ハンバーガーを口に運ぶ手を止め、マジかコイツという顔でドレミィを見ている。


「……か、簡潔に! 簡潔に頼む! できれば一言で!」


 山田がそう言うと、ドレミィは1分ほど目を閉じて口をつぐんだ。


 長い。まるで瞑想でもしているようだった。

 それからゆっくりと口を開いた。


「ロマン――」


 言いかけて、すぐにふるふると首を振った。


「――いや、とてもそんな一言では言い尽くせない。そうだ。イッキューにこれを貸してあげる」


 ドレミィは自身の鞄から分厚い辞典のような本を取り出した。受け取ると、表紙には『魔動機関車の歴史』と書かれていた。


「それを読めば基本は抑えられる。ボクが子どもの頃に愛読していた本。今はもう読むこともないから、なんならあげても良い」

「いやいや、その――」


 山田はすぐさま返品しようとしたが、


「機関車のことを話せる人がいて、ボク、とても嬉しい。イッキュー、また今度、ゆっくり話そ?」


 期待に満ちた目で山田を見ながら、ドレミィは小さく首を傾げた。


 そんな仕草でそんなことを言われてしまっては、とてもいらないとは言い出せなかった。

 山田は優しい男なのである。


「お、おう。じゃあ、今度時間ある時にでも、読んでみることにするよ」

「うん。ゆっくりでいいから」


 山田が渋々と受け取ると、ドレミィはこれまでに見たことがないほど嬉しそうに笑った。


(そんな顔できたのかよ。うぐ。活字なんて、ラノベしか読んだことないのに……)


『魔動機関車の歴史』はずっしりと重い。下手したら盾に使えそうだ。

 パラっと開くとぎっしりと文字が書かれていて、山田は暗澹あんたんたる気持ちになった。


 ――その時。


 ゴーンゴーンゴーンゴーン。


 鐘の音が街中に鳴り響いた。

 重厚感のある低い音。お腹にずっしりと響くような。


 山田にはそれが救いのゴングに聞こえた。すかさず話題を変える。


「この音は時計塔の鐘か?」

「そうですね。この街では日中、きっかり1時間おきに鳴るみたいです。今のは正午になったのを告げる鐘でしょう」


 ルーチェは4つ目のハンバーガーに手を伸ばしながら言った。


「確か今日は、3時からこの街でFランクリーグの試合が行われるはず。どうせなら一度観戦してみたいですし、食べ終わったらさっさと冒険者ギルドに挨拶に行きましょう」

「野球道具店は?」

「冒険者ギルドに挨拶して、試合が始まる前に時間があれば行ってみましょう。ほら、イッキューも話してばかりいないで、さっさと食べるのです。……あむ」

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