一緒にメジャーリーグ昇格を目指す話
パーティーはFランクリーグの常駐先へ向かう馬車に揺られていた。
山田とルーチェは馬車の後部座席に並んで座り、ぼんやりと空を眺めている。ルーチェはエノティラにもらったサインボールを、宝物のように握り締めていた。
ガタン。
馬車が石を踏んづけて大きく揺れる。
「あうー。揺らさないでくださいぃ。二日酔いで頭が痛いですぅ」
ルーチェは片手で頭を押さえた。
「ったく。懲りずに飲みすぎるからだよ」
山田は呆れた顔で横を見た。
昨日の試合の後、村をあげての送別会が行われ、夜遅くまでどんちゃん騒ぎを繰り広げていた。その席でルーチェは、またも酔いつぶれるまで飲みすぎ、山田に介抱される運びとなったのだ。おかげで二日酔い。酒に関しては本当に、微塵も学習能力のない神官である。
山田は昨日の送別会で、「私の酒が飲めないっていうんれすかー」と絡んでくるルーチェがあんまりにもうっとうしかったので、初めて麦酒を飲んだ。とは言っても、ほんの一口、なめるようにだが。山田が「にがい」と感想を漏らすと、ルーチェは「ふふふ。これらからおこちゃまはー」と言って、机に突っ伏して寝息を立て始めた。
ガタンゴトン。
馬車が揺れる。
「あうあうあう。響きますぅ。やめてぇ」
「まったく、おこちゃまなのはどっちだよ。ほれ、水飲んどけ、水」
山田は鞄から水の入った革袋を取り出して渡してやる。
ルーチェはくぴくぴと喉を鳴らして飲んだ。
「ぷはーっ」
水を飲んで一息ついたルーチェは、やはりぽけっと空を眺める。
とんでもなく長閑な時間だった。
昨日までの目まぐるしい日々が嘘のように。
女帝迷宮で決死の逃亡劇を繰り広げたのが3日前。
一昨日には魔災が発生。
昨日は村中がお祭り騒ぎになるリーグ戦が行われ、そしてその後の送別会では、村を挙げてのどんちゃん騒ぎ。
結果的に、山田たちがメイランド村で過ごした最後の日常は、コニーの誕生日――パンケーキを食べて、牧場でキャッチボールをした、あの1日だったことになる。
「なんだか、メイランド村にいたのも、あっという間でしたねぇ」
「そうだなぁ」
山田の脳裏にメイランド村での日々が巡る。
4月にやってきてからの、およそ2カ月。
それは風薫り麦萌ゆる皐月の思い出。
馬車が行く土のあぜ道の周りには、『あっち側』にあったライ麦畑が一面に広がっていた。『こっち側』にあったライ麦畑は枯れつくしたが、『あっち側』にあったライ麦畑は無傷だったのである。収穫作業に励む村民の姿も見えた。
さぁぁぁぁと風が吹いて、ライ麦の穂を揺らす。
「ルーチェさぁ」
「なんですかぁ?」
「あの時、私の為に、諦めてくださいって言ったじゃん?」
「そんなことも、言いましたねぇ」
「でもさ、一緒にメジャーリーグ昇格を目指す話だけは、絶対に諦めないってことで良いよな?」
「そうですねぇ。それを諦めるくらいなら、死んだ方がマシですよ」
今日は快晴。雲一つない良い天気。
群青色の空の下、2人を乗せた馬車は『あっち側』へと向かって進む。
黄金の海原を行く船のように。
「今日は野球日和ですねぇ」「今日は野球日和だなぁ」
2人は声を重ねて呟いた。
“I'm sick of just liking people. I wish to God I could meet somebody I could respect.”
J. D. Salinger『Franny and Zooey』より引用
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